【第六章】終幕
次から次へと、休む暇なく現れるゴブリンの群れ。
小柄な体躯を覆う、緑色の皮膚。その右手に持つのは、小柄な短剣だ。
「はっ!!」
セイレイはゴブリンが放つ無数の剣戟を紙一重で潜り抜け、隙を見ては顕現させたファルシオンの一撃を叩き込む。
「ギィッ……」
切り裂かれたゴブリンは、ずるりと力が抜けたように後方へと倒れ込む。
絶命するゴブリンをセイレイは、素早くドローンへと視線を送る。
[撃破数:25]
[残り:4]
[カメラ正面奥、弓持ち]
[ねえセイレイ。あまり危険な立ち回りは止めて。見ててひやひやするよ]
[陽動は一ノ瀬さんに任せるに限りますね……セイレイ君は反射神経で躱してるだけですし]
『勇者。瓦礫奥、弓兵』
「分かった!」
ドローンのスピーカーを介して、ホズミは簡潔に情報を伝達。
セイレイは頷き、姿勢を低くして瓦礫の奥へと飛び込んでいく。
「ギァッ」というか細い悲鳴と共に、灰燼が舞い散る姿が配信画面に映し出された。それと共に、セイレイは再び瓦礫を乗り越える。
「撃破数26、残り3だ」
コメントの代わりにそう情報を伝達し、仲間達の方へと合流。
すでに上位個体である赤色の体毛をしたゴブリンと対峙しているクウリとディル。彼らはセイレイが合流した姿に、安堵の笑みが零れる。
「二人とも、待たせた!」
「さっすがセイレイ君だねー。ま、ボク一人でも勝てたけどね?あははっ」
「何度もチャクラム弾かれて困ってたのは誰だか……」
すっとぼけたことを言うディルに対し、クウリは苦笑を漏らす。それから、大鎌を構え直して再び上位個体のゴブリンと対峙。
「僕がメインで引き受けるよっ」
「ギィッ」
クウリが勢いに任せて振るう大鎌の連撃。それら全てを、ゴブリンは紙一重で回避し続ける。
「まだまだっ」
しかし、クウリの猛攻の勢いは収まることはない。どこか緊張感のない、のんびりとした声音のまま鋭い連撃を打ち込んでいく。
横から入るように周り込んだディルは、右手で銃の形を作って宣告。
「スパチャブースト”青”っ。ばーん!」
[ディル:呪縛]
ふざけた宣告と共に、ディルの指先から漆黒の鎖が一気に伸びた。
放たれたそれは、瞬く間にゴブリンの全身を縛り上げていく。やがて、完全にゴブリンの動きを封じ込めることに成功した。
「さすがディル君。仕事してる」
「悪ふざけしても、仕事だけちゃんとしてればなーんも言われないからね。あははっ」
あまりに連携の取れた行動を見たセイレイは、困ったように苦笑いを零す。
ファルシオンを振り回しながら、セイレイは姿勢を低く構える。
「……俺を待つ必要あったか?」
「何言ってるの。やっぱりヒーローがかっこよくとどめ刺さないと」
「まだ二体残ってるんだけど、なっ!!」
そう言うと共に、セイレイは跳躍。もはや今となっては、宣告がなくともそれなりの跳躍力を持ち合わせていた。
大地を蹴り上げ、壁を蹴り上げてより高く跳躍。そのまま、位置エネルギーを加えて大きくファルシオンを振り下ろす。
「ぜあああああっ!!」
その一撃に、ゴブリンの姿が灰燼となると共に漆黒の鎖が弾け飛ぶ。
舞い上がる灰燼の中に着地したセイレイは、ちらりと残ったゴブリンを振り返る。
鬼神の如く戦い抜く勇者一行に対し、明らかな警戒の色を滲ませた上位個体のゴブリン達。
そんなゴブリンの背後から、ぬるりと這い寄る一つの人影が現れた。
「隙だらけだっ」
noiseは低い姿勢から躍り出て、的確にゴブリンの急所を貫く。
「ギッ……」
短い悲鳴と共に、喉元を貫かれたゴブリンの身体が崩れ落ちる。そのゴブリンの肉体は瞬く間に灰燼と姿を変えた。
noiseが金色の短剣を振るうと共に、短剣に付着した灰燼が舞い上がった。
「……さて。セイレイ。残り1だ」
「だな」
セイレイは、noiseの言葉に強く頷く。それから、ファルシオンを正面に構え、切っ先をゴブリンのシルエットに重ねる。
幾度となく繰り返した、”アタリを取る”行動だ。
そのまま、セイレイは強い想いと共に宣告した。
「——スパチャブースト”青”!!」
[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]
セイレイが宣告するのに連なって、彼の両脚に淡く、青い光が纏い始めた。
青色の一閃が、配信画面に映し出される——。
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「……本当に、すごいよ。セイレイ君は」
須藤は、ダンジョン化したターミナル・ステーションの最奥地である広場のベンチに腰かけていた。
船出から与えられたスマホを使って、のんびりと勇者一行のダンジョン配信を閲覧している。
もう、そこには魔物に怯えていたかつてのセイレイの姿はどこにも無い。
今配信画面に存在するのは、紛れもない世界の希望として戦い続ける勇者の姿だ。
「皆、成長している。なのに、俺は一体何をしていたんだろうな」
船出に力を与えられた後。ストーが行ったことと言えばほとんど、セイレイ達の配信に敵として立ちはだかったことくらいだ。
自分が特別なにもしたわけではない。ただ、世界の舞台装置として、与えられた役割を遂行したに過ぎない。
須藤自身が、何か目的をもって行動したわけではなかった。
その事実が、須藤を苦しめる。
「俺がしたいこと……俺は、一体何をしたいんだろうか……」
分からない。
分からない。
自分のことなのに、自分が一番理解していないといけないことなのに。
外面の存在として、海の家集落のリーダーをしていた。
勇者一行の敵としての役割を遂行する為に、自らの本心を押し殺した。
一体、何がしたいのか。
それらの行動を繰り返して、須藤は結局何も得られなかったのに。
「……」
感情を前面に出していた船出と、共に配信をしていたことが楽しかったのは本心だ。
思い付きで自分を振り回す彼女に辟易としたことはあったが、退屈したことはなかった。
そんな彼女も、未来を歩むことを選んだ。
「俺だって、本当は……皆と、一緒に進みたい」
分かっている。
これは、ただのけじめだ。
けじめの為だけに、それらしい言葉を連ねてセイレイ達と剣を交えようとしているに過ぎない。
「……どっちつかず、だな」
分からない、と分かっている、が混在する自分自身に思わず自嘲の笑みが零れる。
須藤はそんな自分に嫌気がさしながら、再び”勇者パーティ”の配信の続きを見るべくベンチに腰掛け直した。
To Be Continued……