【第九十二話】移り変わる運営権限
【登場人物一覧】
・瀬川 怜輝
配信名:セイレイ
役職:勇者
世界に影響を及ぼすインフルエンサー。
他人を理解することを諦めない、希望の種。
・前園 穂澄
配信名:ホズミ
役職:魔法使い
瀬川 怜輝の幼馴染として、強い恋情を抱く。
秋狐の熱心なファンでもある。
・一ノ瀬 有紀
配信名:noise
役職:盗賊
男性だった頃の記憶を胸に、女性として生きている。
完璧そうに見えて、結構ボロが多い。
・青菜 空莉
配信名:クウリ
役職:戦士
心穏やかな少年。あまり目立たないが、様々な面から味方のサポートという役割を担っている。
・雨天 水萌
元四天王の少女。健気な部分を持ち、ひたむきに他人と向き合い続ける。
案外撫でられることに弱い。
・another
金色のカブトムシの中に男性の頃の一ノ瀬 有紀のデータがバックアップされた存在。
毅然とした性格で、他人に怖い印象を与えがち。
・ディル
役職:僧侶
瀬川 沙羅の情報をベースに、ホログラムの実体化実験によって生み出された作られた命。詭弁塗れの言葉の中に、どこに真実が紛れているのだろうか。
・船出 道音
Relive配信として勇者一行と敵対する四天王。魔災以前は何の変哲もない女子高生として生きていた。
「本当に、皆。ありがとう」
結局、一週間ほどかけて魔災に巻き込まれた被災者の亡骸を弔い終えた俺達。
校庭に並ぶ、簡素に作られた墓場に向かい合う形で有紀は深々と頭を下げた。
「ま、それでおねーさん達が納得するならいいんじゃない?別にボクはどうでも良かったんだけどさ」
ディルはやれやれと言わんばかりに腰に手を当てながら、そう答えた。
常にいい加減なことを言っているディル。しかし、こうは言っているが、実際はぶつくさ文句を言いながらも俺達の手伝いに協力してくれていた。
なんだかんだ言って俺達に協力をしてくれる辺り、根っから悪いやつではないのだと思う。
船出は、その一面を埋め尽くすお手製の墓を見回してはぽつりと言葉を漏らす。
「……私さ、未来を信じることを拒んでただけだったんだよね。もう、二度とかつての楽しかった世界を見ることが出来ないんだ、って思いこんでた」
「みーちゃん……」
「でもさ。こうやって皆と居て初めて気づいた。まだ未来は描ける。まだ、諦めるのは早かった……すごく今更、だけどね」
自嘲の笑みを零し、それから真剣な表情を作って俺へと向き直る。
もう、逃げない。
彼女の瞳からは、そんな気持ちを如実に感じ取ることが出来た。
「セイレイ。追憶に残された感情を引き出す、希望の勇者。どうか、お願い。私も、君達の配信に連れて行って欲しい」
そう言って、船出は深々と頭を下げた。最初に出会った頃の彼女からは、考えられない行動だ。
「……元から、そのつもりだよ。頼りにしてる」
「ありがと。あ、あとね……ふふ」
すると突然、船出は突然いたずら染みた笑みを浮かべた。
何やら嫌な予感を感じ取り、つい後ずさりしてしまう。
だが、船出はそれを逃すまいと俺の右腕に自身の両腕を絡ませた。
「なっ……」
穂澄の表情が硬くなる。
「あっ」
有紀が何かを悟ったように、引きつった笑いを浮かべる。
それから、俺に向けてこっそりと親指を立てた。何なんだ一体?
「セイレイは私のこと、特別に道音って呼んでもいいよ?ね、頼りにしてるよ、世界を救う勇者様」
「…………お、おう……?」
彼女の肌の温もりが腕を介して伝わっていくのに対し、体の芯から冷え切っていく感覚を抱く。
男性陣に助けを求めようと思い、俺はディルと空莉の方へ視線を送る。
「まーた面白いことになったねえ?あははっ」
ディルは、案の定面白そうににやにやと笑っている。知ってた。ディルは元からこういう奴だ。
「ごめん、僕は恋愛とか分からないから……頑張って?」
空莉は早々に白旗を上げた。こんなところで冷静な戦況判断しなくていいから、何とかして欲しい。
「お前、敵だったろ。俺を殺そうとしたろ。おい、離れろ」
とりあえずこのまま船出……あー……道音を引っ付けたままにしておくのはまずい気がして、俺は彼女をひっぺがえそうとした。
「よっ」
だが、運動神経に優れた道音は俺の抵抗をさらりと潜り抜け、より一層身体を密着させる。
いくら恋愛に疎いと言えども、彼女の行動の意味が分からない訳ではない。
「君に負けた今は味方でーすっ。そりゃあんな希望見せられて、好きにならない理由なんてないでしょ?」
「いや、あの時は咄嗟の思い付きだし……つーかanotherのこと好きじゃなかったのかよ」
「一ノ瀬先輩イコールゆきっちじゃん。恋愛対象とはまた違うし」
「それもそうか……いや、そうじゃねえな。俺、何もかもが解決するまで恋愛とかする気ないんだって。なあ」
「アピールするのは止められてないからねー。今のうちに出来るだけ優位に立っておかないと」
道音がそう言った途端、続いて穂澄が更に俺の身体にしがみついてきた。
「おい穂澄まで」
すぐさまその行動を咎めるが、穂澄はまるで俺の言葉など聞いちゃいない。
「……船出さんの言うとおりだ。さすが、四天王は伊達じゃないね」おいそこで認めるな。
「ふふ。幼馴染ポジションに甘えてる穂澄ちゃんには負けないよ。これでも男の落とし方はある程度心得てるんだから」
「それ、今度聞いても良い?」
「もちろん」
俺を挟む形で、道音と穂澄は固い握手を交わしていた。
いいから、そういうのいいから。
ふと、俺のパーカーの裾が引っ張られた感覚を感じ、見下ろす。そこには、まじまじと俺を見上げる雨天の姿があった。
「英雄色を好むって言いますけど……本当なんですねっ」
「誤解だ、誤解」
「セイレイ君の女たらしっ」
そう言うと共に、雨天は小走りで有紀の所へと駆け寄る。
ひょこっと有紀の背後に隠れるように覗き込むようにして、べーっと舌を可愛く出した。
「セイレイ君のばかっ。期待させるだけさせるの、ずるいですっ」
「なあ、道音にも言われたけどさ、俺雨天のこと口説いた記憶ないぞ」
「そーやって皆にこれでもかと言わんばかりに希望を抱かせるんですねえ―っ、さっすが世界に希望を振りまく勇者様」
明らかに嫌みを言われている。
だが恋愛経験皆無なだけに、一体何が彼女達に誤解を与えているのか皆目見当もつかない。
また一つ、俺は解決しようもない課題を抱えてしまったのだった。
★★★☆
塔出高校の校門を出ると、俺は懐かしい人物と出会った。
彼はまじまじとスマホを触っては、その操作性を確かめているようだ。
締まった筋肉が特徴的な好青年といった風貌の彼の名前は——。
「……ストー……兄ちゃん?」
「ああ。セイレイ君か、久しぶり」
須藤 來夢。
いったい、どれくらいぶりだろうか。
最後に記憶しているストー兄ちゃんの姿は、全身を真っ黒なパワードスーツで覆った機械的なものだった。だが、今は完全に人間の姿として、俺達の前に立っている。
その姿には有紀も驚いたようで、俺と並ぶようにしてストー兄ちゃんに語り掛けた。
「……随分と、懐かしい顔だな。須藤」
「この姿でお前らの前に現れるのは、いつぶりだろうな」
ストー兄ちゃんは肩を竦めて笑う。久しぶりの感情を読み取ることの出来る姿に、思わず胸の奥が熱くなる。
気づけば、俺はストー兄ちゃんの胸元に飛びついていた。
「兄ちゃん……兄ちゃんっ!!」
「おっと」
がっしりとした肉体が俺を包み込む。
ストー兄ちゃんの顔を見ると、蘇るのはさざ波の音。
勇者になる前の俺に、親身に関わってくれたストー兄ちゃん。どれだけ、道音に取り入れられて敵となったとしても、抱いた恩だけは決して消えなかった。
「……まさか、こんな俺を今でも慕ってくれるなんてな。どう言い訳しようと、俺はセイレイ君を殺そうとしたのに」
「ううん……大丈夫。俺を殺すのが結果的に、皆の為になると考えてたからだったんだよね?」
「……本当に、ごめんな」
ストー兄ちゃんは、俺の問いかけには何も言わずに静かに頭を撫でてくれた。
安心感が、胸の奥から溢れてくる。一体いつ以来だろうか。こんなに、誰かに甘えることの出来る時間は。
ゆっくりと俺はストー兄ちゃんから離れた時。
ふと、そんな時穂澄はゆっくりとストー兄ちゃんの前に歩み寄っていることに気づいた。
「……ストーさん」
——怒りを孕んだ、冷ややかな視線で。
そして、そのまま穂澄は、ストー兄ちゃんに向けて。
「……っ!?」
勢いよく、平手打ちを食らわせた。
思わず受けたダメージに仰け反ったストー兄ちゃんの頬が赤くなっている。
体重を乗せた一撃を与えた穂澄は、怒り治まらないといった具合に睨みながら言葉を掛けた。
「……セイレイ君が、あのタイミングで覚醒していなければ。本当に死んでいたんですよ」
「分かってる。本当に、君達には申し訳ないことをした」
ストー兄ちゃんは深々と頭を下げるが、穂澄の怒りは収まることはない。
「セイレイ君が許している以上、あまり事を荒立てる気はありません……ですが、もう二度と私は大切な人を失いたくない……もしあなたが、もう一度私達と敵対するというのなら、命を奪うことも考えないといけません」
「……穂澄……」
穂澄の言葉には、確固たる意志がにじみ出ていた。本当に、俺の為なら命を奪うこともやぶさかではないのだろう。
現に、彼女は過去に育ての親である千戸 誠司が、諸悪の根源であることを知った時。何の躊躇なく魔法を解き放った過去がある。
だからこそ、彼女の発言には十分な説得力を持ち合わせていた。
そんな穂澄の言葉を真摯に受け止めたストー兄ちゃんは、強く頷く。
「もちろん、それは分かっているよ。ただ、俺達は一度決着をつけるべきだとは思っている」
「……決着?」
「俺は、船出から運営権限を譲渡されたんだ。紺ちゃん……秋狐さんのことかな。とセイレイ君が出会えるようにサポートを……って」
「いや、もう出会ったけど」
至極もっともなツッコミを入れると、ストー兄ちゃんは困ったように苦笑を漏らした。
「まさか向こうから来るとは想定してなかったよ……どっちにせよ、秋狐さんとコラボ配信をするというのなら……俺も今のセイレイ君達の力を知りたい」
その提案に、物申したのは有紀だった。挑発するようにほくそ笑みながら、ストー兄ちゃんに語り掛ける。
「はっ、あんだけホブゴブリンに怯えていたお前がか?運営権限を手に入れたのかなんなのか分からないが、口が大きくなったな。借り物の力のくせに」
「それは……否定しない。俺が持つ力は、運営からの借りものだ」
「だけどな」そう前置きして、ストー兄ちゃんは有紀へと真っすぐに向き直る。
「どっちにせよ、俺は一ノ瀬と戦うのは避けられない……お前の”師匠”は恐らくだが……」
「……お前の親父さんかもしれない、か。戦い方が似ているんだったな」
「ああ。親父は口下手で、無駄を嫌っていた。だから、相手に行動を強制するような指導しかできなかった」
「……」
有紀はストー兄ちゃんの言葉に黙りこくる。これまでの経験からも、心当たりがあったのだろう。
彼女の沈黙を納得と取ったストー兄ちゃんは、俺達に背を向けた。
「この近くに、ターミナル駅がある。ダンジョン化は解いていないが、今のセイレイ君達なら大丈夫だと思う。そこで、君達の力を見せて欲しい」
「ああ。分かった」
真っすぐにストー兄ちゃんに向けて頷いた有紀。その彼女の返事に安堵の表情を滲ませながら、ストー兄ちゃんはスマホを操作した。
すると、瞬く間にその全身がホログラムによって大きく歪み始める。
気づいた時には、ストー兄ちゃんの姿は前に見たパワードスーツを纏った姿へと変わっていた。
「ソレデハ待ッテイル。オ前達ガ描ク希望ノ形ヲ、見セテクレ」
「ストー兄ちゃん……見せるよ。俺。兄ちゃんがこれ以上、不安にならなくていいように!」
「……流石、ダナ」
続いてストー兄ちゃんは背中から鋼鉄製の扁平状の翼を生やした。備え付けられたジェットエンジンから、空気が収束したような、耳をつんざくような音が響く。
「……スパチャブースト”青”」
「……っ!」
そうストー兄ちゃんが宣告すると共に、その姿は残像となり消えた。
流星の如く、飛翔した彼は音速となりターミナル駅へと移動したのだろう。
「……ストー。安心して、セイレイ達はちゃんと成長してるよ」
実際に俺達に敗北した道音は、既に消え去ったストー兄ちゃんへと向けて、ぽつりと呟いた。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
・セイレイ:
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
・ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
・noise
青:影移動
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:????
・クウリ
青:浮遊
緑:衝風
黄:風纏
・ディル
青:呪縛
緑:闇の衣
黄:闇纏