【第八十七話(2)】大人になれない少女(後編)
【登場人物一覧】
・瀬川 怜輝
配信名:セイレイ
役職:勇者
世界に影響を及ぼすインフルエンサー。
他人を理解することを諦めない、希望の種。
・前園 穂澄
配信名:ホズミ
役職:魔法使い
瀬川 怜輝の幼馴染として、強い恋情を抱く。
秋狐の熱心なファンでもある。
・一ノ瀬 有紀
配信名:noise
役職:盗賊
男性だった頃の記憶を胸に、女性として生きている。
完璧そうに見えて、結構ボロが多い。
・青菜 空莉
配信名:クウリ
役職:戦士
心穏やかな少年。あまり目立たないが、様々な面から味方のサポートという役割を担っている。
・雨天 水萌
元四天王の少女。健気な部分を持ち、ひたむきに他人と向き合い続ける。
案外撫でられることに弱い。
・another
金色のカブトムシの中に男性の頃の一ノ瀬 有紀のデータがバックアップされた存在。
毅然とした性格で、他人に怖い印象を与えがち。
・ディル
役職:僧侶
瀬川 沙羅の情報をベースに、ホログラムの実体化実験によって生み出された作られた命。詭弁塗れの言葉の中に、どこに真実が紛れているのだろうか。
・船出 道音
Relive配信として勇者一行と敵対する四天王。魔災以前は何の変哲もない女子高生として生きていた。
・鶴山 真水
船出が生み出した世界の中で、バックアップされたデータから復元した存在。元は魔災によって命を奪われた身である。
船出の待つ体育館の扉の前で配信準備をする穂澄。背負ったリュックサックからパソコンとドローンを取り出し、普段通りの慣れた動きで着々と操作を行っていく。
そんな彼女の様子を見ながら、ディルはふと思い出したように語り掛けた。
「あ、そうだ。言うのを忘れていたよ。スパチャブーストを同時に使うことが出来るのは四人までだよ?」
「え」
さらりと出たその発言に、俺達は同時にディルの方へと視線を送る。
かなり重要な配信に関する情報なのだが、初耳だ。
さすがに言っていなかったことには申し訳なさを感じているのだろう、ディルは頬を掻きながら話を続けた。
「今までは言う機会なかったけどさ。僕含めて戦えるメンバーが四人を超えたからね。まースパチャブーストを皆で使ってたらお金がいくらあっても持たないし、妥当と言えば妥当だけどねぇ」
「じゃあ、誰か一人は控えに入る必要があるか」
問題は、誰が控えに入るかということだが。
何か案を出そうかと考えていた時、穂澄は手を挙げて意見を主張する。
「じゃあ私がドローン操作に入るよ。有紀さんは船出さんとの対決に必要不可欠だし。私ならスピーカーを介して意思伝達も出来るから」
「いつも悪いな」
「ううん、大丈夫だよ。雨天ちゃんも必要ならアカウント権限を切り替えるからそのつもりでね」
既に配信モードに入っている穂澄は、淡々とした口調で雨天へと視線を送る。
どこか冷え切ったような雰囲気を纏う穂澄の視線を受けた雨天は、ぎくりとした様子で固まった。
「……頑張ります。私だって、船出先輩の後輩ですしっ」
ふんすと鼻を鳴らして、気合を入れる雨天。
そんな健気な彼女へと、穂澄は笑みを零す。
「そこまで緊張しなくていいけどね?……なんだかんだと言っても、因縁の多い戦いだよね」
「全くですっ」
「で。やっぱり気になるのは……ディル。君のことだよ」
やはり配信を行う上での最も懸念すべき事柄は、ディルのことだった。
スパチャブーストを使うことは出来るのか。戦闘スタイルにも影響する問題である為に早々に確認しておきたい状況である。
だが、当の本人であるディルは相も変わらず他人事のように口笛を吹いていた。
「安心しなよ。仕事はちゃんとするからさ」
「せめて何か共有できる情報はないの?」
「ないよ。僕は僕の好きなようにやらせてもらうさ。僕に協調性を求めないで欲しいね」
いちいち鼻につく言葉を繰り返す彼に対し、徐々に穂澄の表情に苛立ちがにじみ始めた。
「……あのね。せめてちゃんと話をしてくれない?少しの連携のズレが私達の命に関わるの、分からないかな?」
「君達なら僕が居なくても臨機応変に戦えるでしょ?いつから魔法使いちゃんはそんなに慎重になったんだろうねーっ」
「……もう大丈夫です。ディルさんは好きなようにしてください」
「ディル、さん、ね。随分と嫌われたね、あははっ」
明らかに嫌悪感の滲んだ穂澄の言葉に対しても、ディルはあっけらかんと笑う。それからふと思い立ったようにチャクラムを顕現させ、人差し指でくるくると回して遊び始めた。
まるで気にした様子もなく、俺へと視線を向けて話しかける。
「ま、セイレイ君は好きなよう戦いなよ。合わせるよ」
「……別に好かれるように努力しろとは言わないからさ。あんまり人の神経逆撫でするような物言いは止めてくれないか」
「嫌だね。そいつが俺のやり方……ってね。さりげなく生きるだけさ」
「……?」
支離滅裂な言葉について行くことが出来ず、ひとまずディルを無視することにした。
こいつの言葉を聞いていると、どうにも感覚が狂わされる。
「……とりあえず、行こうか」
俺は思考を切り替えるべく頭を横に振って、体育館の扉に手を掛けた。
アルミで作られた重みのある扉が、鈍い摩擦音を響かせながら開いていく。
いつの間にか、俺の後ろには穂澄……ホズミが操作するドローンが付いていた。
『……いよいよ、決戦ですね』
「ああ。行こう、Live配信の時間だ」
ドローンのスピーカーから聞こえるホズミの声を背景に、俺は体育館の中へと歩みを進める。
体育館と言うのは本来土足で入るべきではないのだろうが、今は気にする余裕は無い。
「お邪魔します……わっ、広いね」
クウリは体育館の中に入るや否、ぎょっと目を丸くする。
魔災に伴う避難先として訪れたことはある。その時には、同じように逃げ込んだ人々でごった返していた。
しかし、誰も居ない体育館と言うのはこうも広々としたスペースをしているのか。何気に、初めて知った事実だった。
そして、その体育館の舞台の上に立つのは、ブレザーを身に纏った船出だ。
彼女は退屈そうに壇上に腰掛けてスマートフォンを触っていた。
「……あ。来た来た」
「みーちゃん、お待たせ。待った?」
「ううん。動画見て時間潰してた」
そう言って、船出は壇上にスマートフォンを置く。それから、さらりと俺達に向けてとんでもない事実を言い放つ。
「……実はさ。皆が学校で過ごしている姿、こっそりと配信させてもらったよ」
「なっ……」
特に何も悪いことをしている訳ではないのだが、突きつけられた事実に思わず体が硬くなる。
「よっ……と」
壇上から飛び降りた船出は、自身の目を指差しながら言葉を続けた。
「私達は、目がカメラの役割をしてるからね。伝えたい世界、広めたい世界。それを知らしめる為にドローンの姿になったの」
「……俺達の姿を撮影して、一体何を伝えようと思ったんだ」
プライバシーもへったくれもない船出の行動に、思わず苛立ちが募る。
鋭く敵意をむき出しにしても船出は怯むことなく、己の主張を述べ続けた。
「四天王だって、元は魔災前は普通の人間だった。でもさ、ゆきっち除いた勇者一行はさ、魔災以降の生活しかほとんど知らないでしょ?」
「それは……どうすることも出来ない問題だろ」
「うん。どうすることも出来ない問題。現実に世界はめちゃくちゃになったもん……だから私はこの世界を作った。少しでも拠り所を作りたかったから。心を休める場所を作りたかったから。その世界で過ごす、本来の学生としての君達を皆に見て欲しかったんだ」
「……」
船出の言っていることは、間違っていない。
魔災に伴って、沢山の失われた世界を見てきた。沢山の絶望を見てきた。
そんな中で船出が生み出した、皆が心安らげる居場所。
「未来を描くことは、何かを切り捨てること。それが誰かにとって大切な居場所だったかもしれないってこと、考えたことあるかな」
「……俺は……」
ある、とは言い切れなかった。
俺が勇者として配信活動を行ったことで、奪われた命もあったから。失うものばかりで、何度自分の行動が正しいのかと迷ったことだろうか。
ちらりと、コメント欄を見れば、船出の言葉に共感する意見が流れていた。
[正直、俺は船出の意見を否定できません。どれだけがんばっても報われないことばかりで「この生活の先に意味なんてあるのかな」っていつも思ってます。魔災で何もかも壊れてしまって、その日を生きるだけで精いっぱいで。辛いことがある時、確かに心が落ち着ける場所が欲しいと思います]
[ごめん。今回は、セイレイ達の味方できないかもしれない。未来を描いているのは分かるけど、やっぱり強くなれないよ]
[安全に生きていたいです。辛いのは、怖いのは、もう嫌なんです]
[船出の配信見たよ。あんな世界が当たり前だったんだ。あんな何気ない日常が]
[船出先輩の意見、私も否定できません。何度も私も魔災前の世界に戻りたいと願いました。何度も、過去に縋りました……でも。でも……]
「……俺達は、正しいことをしているんだよな」
視聴者のコメントに、自分の行動が正しいのか分からなくなる。
ただ俺達を敵視する悪の四天王でいたのなら、こんなに戦うことに躊躇などしなかったのだろう。
剣を持つ力が、思わず緩むのを感じる。
迷い。
葛藤。
沢山の後悔に苦しめられてきたからこそ、今目の前に対峙する船出の言葉には説得力があった。
「勇者一行の言葉は、最もだよ。いくら現実を拒んでも、時間の流れは残酷だし。だったら進んだ方が良いのは事実……だけどね。失うのは、やっぱり怖いんだ」
「俺だって、怖いよ。いつ死ぬか分からない世界に身を置いてるんだ」
「でしょ。怖いなら剣を置けばいいと思う。無理に、現実と戦う必要なんてないんだよ?」
幻想だ。まやかしだ。
甘美な果実ともとれる船出の言葉に、思わず心が揺らぐ。
だが。
「セイレイ!!惑わされないでよっ。みーちゃんの言葉は間違ってない、けどね。何年、何十年進んだ未来を考えてよ!」
「……有紀」
有紀は腰に携えた短剣を抜き、低く構えた。
栗色のおさげ揺らしながら、彼女は毅然とした表情で言葉を続ける。
「何を選んでも、後悔はするし後悔はしない!!……でも一番後悔するのは”何も選ばないこと”なんだよっ!!」
「はは、本当に、ゆきっちは綺麗ごとが好きだね」
「私だって戻りたいって思ったよ!ずっとこの世界の中で過ごしたいって思った……!でも、いつかは卒業しないといけないの!ずっと、なんてないの!!」
何度も首を横に振って、有紀は思いの丈を叫ぶ。
その言葉の影に、どれだけ葛藤があったのか。元は塔出高校に通っていた学生である彼女は、より一層その思いが強かっただろう。
心を蝕む葛藤を乗り越えて、有紀は未来を描こうとしているのだ。
「……悪い。俺、弱気になってたよ」
改めて、ファルシオンを持つ手に力を籠めた。
大丈夫、俺は戦える。
「……僕だって、前に進むって誓ったんだよ。もう、変わることを恐れるわけにはいかないんだ」
俺の動きを真似るように、クウリは大鎌をしっかりと両手で握る。
「相も変わらずメンタル強いね、おねーさん。ま、だからこそ勇者一行の盗賊……ってね?あははっ」
ディルは大きな欠伸をしながら、チャクラムをくるくると回して遊ぶ。
『セイレイ君。視聴者の皆さんも、今回は迷っています。本当にセイレイ君が未来を描くことが出来るのか……と』
「……だろうな」
ホズミは口には出さなかったが、今回はスパチャの支援は思うようには集まらないだろう。
船出を倒すことに皆迷っているからだ。俺達の行動が正しいとは頭で理解しつつも、そう簡単に憩いの場所を切り捨てることなど出来ない。
不利を強いられる戦いに、額に汗が流れる。
そんな俺達と対峙する船出。
徐々に彼女の全身に、漆黒のオーラが迸り始めた。
「大人になんてなりたくないよ。ずっと、子供のままで良いの」
はためくブレザーやスカートも気にせず、彼女はブツブツと何かを呟き始めた。
彼女の姿に、ラグが迸り始める。
「大人になれない人達のことを”ピーターパン症候群”って言うでしょ?それでいいの。現実と向き合うって、怖いことだから。変わらなくていい、変えなくていい」
やがて、彼女の左手にホログラムを介して、ワイヤーフックが構築されていく。
その身体に羽織るブレザーが、漆黒と赤に彩られた大きなコートへと変わっていく。
まるで海賊のような姿へと変わった彼女は、腰に巻かれた鞘から湾曲刀を引き抜いた。
「そう、だね。私の姿は”フック船長”とでも言うのかもね」
「……船出……」
「もうこれ以上の言葉はいらないね……それじゃあ、始めようか。過去と未来、この世界に残るのはどっちの船か、さ」
[追憶の守護者:船出 道音]
そのシステムメッセ―ジが表示されると共に、船出——フック船長は、俺達へとその湾曲刀の切っ先を向けた。
ついに、Live配信とRelive配信。二つの配信が衝突する。
To Be Continued……
総支援額:24000円
[スパチャブースト消費額]
青:500円
緑:3000円
黄:20000円
【ダンジョン配信メンバー一覧】
①セイレイ
青:五秒間跳躍力倍加
両脚に淡く、青い光を纏い高く跳躍する。一度に距離を縮めることに活用する他、蹴り技に転用することも可能。
緑:自動回復
全身を緑色の光が覆う。死亡状態からの復活が可能である他、その手に触れたものにも同様の効果を付与する。
黄:雷纏
全身を青白い雷が纏う。攻撃力・移動速度が大幅に向上する他、攻撃に雷属性を付与する。
②クウリ
青:浮遊
特定のアイテム等を空中に留めることができる。人間は対象外。
緑:衝風
クウリを中心に、大きく風を舞い上げる。相手を吹き飛ばしたり、浮遊と合わせて広範囲攻撃に転用することも出来る。
黄:風纏
クウリの全身を吹き荒ぶ風が纏う。そのまま敵を攻撃すると、大きく吹き飛ばすことが可能。
③noise
青:影移動
影に潜り込み、敵の背後に回り込むことが出来る。また、地中に隠れた敵への攻撃も可能。
(”光纏”を使用中のみ)
:光速
自身を光の螺旋へと姿を変え、素早く敵の元へと駆け抜ける。
緑:金色の盾
左手に金色の盾を生み出す。その盾で直接攻撃を受け止めた際、光の蔦が相手をすかさず拘束する。
黄:光纏
noiseの全身を光の粒子が纏う。それと同時に、彼女の姿が魔災前の女子高生の姿へと変わる。
受けるダメージを、光の粒子が肩代わりする。
④ディル
[スキル詳細不明]
ドローン操作:前園 穂澄
[サポートスキル一覧]
・支援射撃
弾数:2
クールタイム:15sec
ホーミング機能あり。
・熱源探知
隠れた敵を索敵する。
一部敵に対しスタン効果付与。
[アカウント権限貸与]
・消費額20000円
・純水の障壁
・クラーケンによる触手攻撃




