【第八十六話(2)】関連付けた理解(後編)
【登場人物一覧】
・瀬川 怜輝
配信名:セイレイ
役職:勇者
世界に影響を及ぼすインフルエンサー。
他人を理解することを諦めない、希望の種。
・前園 穂澄
配信名:ホズミ
役職:魔法使い
瀬川 怜輝の幼馴染として、強い恋情を抱く。
秋狐の熱心なファンでもある。
・一ノ瀬 有紀
配信名:noise
役職:盗賊
男性だった頃の記憶を胸に、女性として生きている。
完璧そうに見えて、結構ボロが多い。
・青菜 空莉
配信名:クウリ
役職:戦士
心穏やかな少年。あまり目立たないが、様々な面から味方のサポートという役割を担っている。
・雨天 水萌
元四天王の少女。健気な部分を持ち、ひたむきに他人と向き合い続ける。
案外撫でられることに弱い。
・another
金色のカブトムシの中に男性の頃の一ノ瀬 有紀のデータがバックアップされた存在。
毅然とした性格で、他人に怖い印象を与えがち。
・ディル
役職:僧侶
瀬川 沙羅の情報をベースに、ホログラムの実体化実験によって生み出された作られた命。詭弁塗れの言葉の中に、どこに真実が紛れているのだろうか。
・船出 道音
Relive配信として勇者一行と敵対する四天王。魔災以前は何の変哲もない女子高生として生きていた。
・鶴山 真水
船出が生み出した世界の中で、バックアップされたデータから復元した存在。元は魔災によって命を奪われた身である。
「他人を理解するならまず自分から、だよ。自分が他人からどう見えるのか考えてみて」
「……難しいな」
船出の指導の下、俺は自分に関連した物事を書きまとめていく。
最初こそ「こんなことが一体何のために」と思っていたが、徐々に広がる図を見ているうちにあることに気付き始めた。
「まるで、樹木みたいだな」
「やっぱりそう見える?」
俺がぽつりと漏らした感想に、船出は苦笑いした。
”セイレイ”という軸を取り巻く環境について纏めている内に気づく。
想像以上に俺に関連した事柄が世界の真相と繋がっていることに。
瀬川 沙羅の意思を宿したディル。
Sympassを開発した企業であるTenmeiの社長である、俺の父親……瀬川 政重。
「……ん?セイレイ、どうしたの?」
そして、この世界において重要な情報源である一ノ瀬 有紀。彼女は俺の視線に気づき、不思議そうに首を傾げた。
全ての情報が、俺を中心として取り巻いている。
「希望の種……か」
スペースがなくなるまで書いたマインドマップを見返すと、本当に大きく育った樹木のようにも見える。
船出は俺が書いたものを覗き込み、中心に描かれた円を指差した。
「マインドマップはね、中心を幹。そこから関連付けたものを葉として捉えるの。希望の種のさ、セイレイにぴったりだと思わない?」
「まさかそれを俺に伝える為に?」
「ただの偶然だけどね。知っておいて損はないし」
そう言って船出は肩を竦めた。本当に、中身の見えない女だ。
話がひと段落し、船出はうんと肩を伸ばす。
「さ。ある程度話もまとまったし……そろそろ始める?」
「あ?何を?」
唐突に切り出した話に、訳も分からず首を傾げると船出は呆れたようにため息を吐いた。
「あのね。何のためにここまで来たの、勇者ご一行様さあ……」
帰ってきた言葉に、どうやら”決戦”のことを差しているのだと気づく。
「いや、この空気感で気付けるかよ」
「あっ、それもそっか。まあ急がないからさ、ジュース飲み切っちゃいなよ」
そう言って、船出は俺のところへ置いたコーラを指差した。
雨天はじっと空になったペットボトルに視線を落としながら、ぽつりと呟く。いつの間に飲み切ったんだ。
「……船出先輩。あの、本当に戦わないと駄目なんですか……?私達、敵じゃないですよね……?」
「敵とか、敵じゃないとか関係ないよ。私は四天王。セイレイ達は勇者一行。これは、クラス対抗の勝負なの」
学校になぞらえた言い回しをしながら、船出は一足先に食堂に出る。
突き刺すような陽光の下、彼女は念入りに準備運動を始めた。
「戦わずに済むのならそれでいいよ。でも、それで視聴者は納得する?」
「……いや、しないな」
「でしょ。その為にも、白黒はっきりつけないと。私は過去を、君達は未来を描く存在だから」
そう言うと同時に、彼女の全身に大きくラグが生じ始める。
気づいた時には、船出は漆黒のドローンへと姿を変えていた。
『ホログラムを消されるわけには行かないし。それでもセイレイが進むのなら、やっぱり私達は戦う運命なんだよ』
「……みーちゃん」
俺の隣に有紀が並ぶ。彼女は不安そうな表情で空に浮かび上がったドローンを見上げていた。
きゅっと胸元で握りこぶしを作ってから、真っすぐな目で語り掛ける。
「私はみーちゃんと戦うことになっても、進まないと駄目なの。どれだけ辛い現実が待っていようと、進まないと……!」
『……ゆきっちは強いね……でも、私は強くなれない。どれだけピーターパン症候群と言われようが、この学校に浸っていたい』
「確かに、私は久々に真水とも会えた。懐かしい時間が帰ってきた……けど、それは現実じゃない。本物じゃない」
『……じゃあ、説得して見せてよ。勇者一行お得意のね』
まるで聴く耳を持たないと言わんばかりに、ドローンは俺達の視界から遠ざかっていく。
徐々に、学校内を取り巻いていた空気感が変わっていく。
『とりあえず、前園ちゃんと青菜君を呼んでくるね』
そう言って、ドローンは俺達の視界から姿を消した。
やがて、取り残された俺達が最も気になっていたのは、鶴山のことだ。
「……鶴山。お前は良いのか?」
「だから初対面だよね?僕達」
無礼な物言いなのは事実なのだが、口調を気にするよりも今は彼のことの方が気になっていた。
船出を倒した時、ホログラムの消滅に伴って鶴山自身も消滅するかもしれないのだ。
だが、俺の心配をよそに鶴山は声を上げて笑う。
「あははっ、心配性だな。セイレイ君は」
「そりゃ気にするだろ。だって、消えるかもしれないんだぞ?」
「むしろここまで生かしてもらったんだ。道音には感謝してる」
そこで、鶴山は真剣な表情を作る。杖を両手で支えながら、真剣な眼差しで俺を見据えた。
「僕のことなら気にしないで良いよ。過去と未来、どっちの方を優先すべきかなんて一目瞭然だよね」
「……ありがとう」
鶴山は次に、有紀へと視線を送った。先ほどまでは気丈に振る舞っていたが、それでもやはり考えずにはいられないのだろう。
涙目で、鶴山をじっと見つめていた。
「……真水。ごめん」
「良いんだよ。僕の方こそごめんね、君と未来を歩めなかった」
「……ううん」
ふるふると有紀は首を横に振る。それに伴って、栗色のおさげが大きく左右に揺れた。
そんな涙に滲む有紀の頬を、鶴山は優しくなでる。
「ずいぶんと、弱くなったね……いや、強さの種類が変わったのかな」
「分かんない。分かんないよ。皆と進まなきゃ、それしか考えられなくて……」
「……楽しかった。十年ぶりの同窓会は、すごく楽しかったよ」
「……私も」
突き刺すような日差しが、まるでスポットライトのように二人を照らす。
有紀の滲む涙が、陽光に照らされて一層強く光り輝く。
鶴山は、そんな有紀の姿にくすりと笑みを零した。
「本当に、眩しいね。ずっと光だったよ。僕にとっては男の頃からずっと……」
「うん……うん……!!」
鶴山の言葉に、有紀の瞳からより一層涙が零れていく。
そんな彼女を鶴山は優しく抱き寄せた。
「——!!」
「あわ、あわわ」
雨天は両手で口を覆って、目を丸くしていた。どこかいけないものを見てしまったように、俺と有紀を交互に見やる。
俺も二人の空気を邪魔してはいけない気がして、少しだけ空を仰ぐ。
「有紀の想いに応えられなくてごめんね。どうしても男の頃の有紀が居なくなっちゃう気がしたからさ」
「……私は、ここにいる。いるの」
有紀は鶴山の背中に腕を回し、強く抱きつく。二度と、感触を忘れないように、と言わんばかりに。
「うん。知ってる。君の心の奥底にいるのはいつだって見せかけの有紀だもんね」
「本当は、強くない。怖い。失いたくない、でも……」
「分かってるよ。自分を押し殺そうとするのは有紀の悪いところなのも」
「……行かなきゃ」
ゆっくりと、有紀は鶴山を突き放すように身体を離す。
ブレザーの袖で涙を拭い、じっと鶴山と視線を交わした。
次の瞬間。
「最後にプレゼントね」
不意打ちと言わんばかりに、有紀は鶴山に口づけした。
「っ……!?」
瞬く間に、鶴山の顔が紅潮していく。
同じく頬を赤く染めて、照れ笑いを浮かべた有紀。それでも、はっきりと笑顔で言葉を続ける。
「忘れないよ。真水と過ごした思い出を抱えて、私は前に進むよ」
「……分かった。行っておいで」
「うん!行こう、セイレイ」
突然声を掛けられて、思考の整理が追い付かない。
「あ、ああ」とぎこちない返事しか出来ないままに、俺は有紀について行く。
ちらりと鶴山の方を振り返れば、彼は柔らかな笑みと共に俺に頭を下げていた。
「頼んだよ、瀬川君。未来を有紀に、皆に見せて欲しい」
「……久々にセイレイ以外の呼び方をされたよ」
思い返せば、皆決まって俺を”セイレイ”と呼んでいた。
本名で呼ばれたのはいつ以来だろうか。
”勇者セイレイ”。かつての俺が、そう呼ばれることを望んだ。
まだ何も知らず、ただ思い付きで付けたはずのその名前は、いつしか大きな意味を持つようになっていた。
この世界の中で最も人々に認められた存在なのは、今更否定のしようがないだろう。
だが、ふと思う。
ただ、俺を”瀬川 怜輝”一個人として認められる日はいつか来るのだろうか、と。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
・セイレイ:
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
・ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
・noise
青:影移動
緑:金色の盾
黄:光纏
赤:????
・クウリ
青:浮遊
緑:衝風
黄:風纏
・ディル
青:????