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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
⑥思い出の学び舎編
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【第六章】序幕

 寒空に煌めく朝だった。

 吹き抜ける風が、マフラーの縫い目を容易く突き抜ける。首筋から伝わる冷ややかな感覚が、私を冬の世界へと連れていく。

 思わず体を縮こまらせて、学校の校門を潜り抜けた先に彼女は待っていた。

「おはよう、道音ちゃん」

 艶のあるセミロングの黒髪をウェーブに巻いた女の子が、私の顔を見て安堵したように振り向いた。

 柔らかなその笑顔を見ると、思わず私も安心感を覚えることが出来る。

「うん、おはよう。紺ちゃん」

「有紀ちゃん見た?」

「え、見てない」

 紺ちゃんは、どうやらゆきっちのことを慕っているようだ。二人は文化祭の実行委員で知り合ってから、かなり親しくなった。

 どこかそのことが嬉しくもあり、同時に妬ける気持ちもある。

 私の返答に、紺ちゃんはムスッとした表情をして橙色のマフラーの中に顔をうずめた。

「また、寝坊してるなあこれは……前科何犯だよっ」

「文化祭当日も寝坊してたもんね」

 ふと、文化祭の頃のことを話すと、紺ちゃんは「そう!」と力いっぱいに振り向いた。

「そりゃ寝落ち通話けしかけた私も悪いけどっ!!ドジっ、ドジドジドジっ。ドジの有紀ちゃんなんだから、もう……」

 あんまりな言われように、さすがにゆきっちには同情する。

 一応紺ちゃんにとっては先輩なんだけどなあ、ゆきっち。あ、私にとってもか。

「昨日ゲームの招待送ったし、多分それでもやってたんじゃないかな」

「道音ちゃんのせいかあ!?」

 紺ちゃんはむっとした表情をして、私にのしかかってきた。

 彼女が着込むカーディガンのふわふわを感じながら、私は慌てて彼女から逃げようとする。

「わわっ、ちょっと!離れて、皆見てる!見てる!!」

「知らない、知らなーい!現行犯、逮捕するっ」

「ごめん!ごめんって!!」

「有紀ちゃんにゲームとか与えちゃだめだよ!あの子やり込み癖あるんだよっ」

 あ、そうなんだ。知らなかった。

 意外なところで初めて知ったゆきっちの一面に、私は思わず目をぱちくりさせながらも紺ちゃんの攻撃から逃げた。

 冬の寒さの中だというのに、はしゃぎまくったせいで体の内側が熱い。思わず滲み出た汗を拭いながら、紺ちゃんに引きつった笑みを向ける。

「はあ……はあ……朝から何やってるんだろ、私達」

「知りませんっ。あ、そう言えば一時間目の授業って何だっけ」

「ん?あっ、確か体育じゃなかったっけ」

 何の気もなしにそう答えると、今度は紺ちゃんが引きつった笑みを浮かべた。

「……私パスしていいですか」

「ダメだよー」

「いやだああああぁぁぁ……」

 運動音痴の紺ちゃんは、思わず逃げ腰になっていた。そんな彼女の手を引きながら、私と紺ちゃんは校舎へと向かっていく。


 ありきたりな毎日だった。

 こんな毎日が続くと信じていた。

 コピー&ペーストされたような、他愛ない談笑を繰り広げる。

 私達が築き上げた絆は永遠に変わらないものだと、分かっていた。

 ゆきっち——一ノ瀬 有紀先輩が、女性の姿に変わった時でも、絆は揺るがず、私の中でその自信は確たるものになっていたんだ。


 なのに。

 まさか、それ以上の出来事が待っているとは思わなかったよ。


----


 最後に覚えているのは……なんだっけ。

 校舎中を貫く、無数の尖った岩。もう、何度その岩に貫かれた学生服を着たマネキンを見たか分からない。

 マネキン。マネキン。マネキン。

 どれだけ血が滴っていようと、どれだけ臓物が貫かれた身体から零れていようと。

 これは、現実のものではない。現実で起こり得るものではない。故に、私はマネキンだと思い込んだ。

「ねえ……誰か、返事してよ。紺ちゃん、ゆきっち、真水先輩……!!」

 誰も、返事をしない。

 何故、私だけが生き残っているのか分からない。

 もしかしたら、ゆきっちだけは学校にまだ到着していなかったのかもしれない。でも、責任感の強い彼女のことだから、分からない。

 可能性や希望が、幾度も脳裏を駆け巡る。

 生きているかも。みんな無事かも。これは夢かも。

 でも、血生臭い夢なんて、嫌だなあ。

「はは……」

 目の前に起きている世界が、どこか遠くの世界のように見えた。ポップコーンをかじりながら映画を見ているような感覚にとらわれて、私は思わず苦笑を零す。

 そんな中、彼女は私を現実に引き戻した。

「……みち、ね……ちゃ……ん」

「紺ちゃん!?」

「なに……が、っ……た、の……」

「喋らないで!紺ちゃん怪我してるじゃないっ!!」

 岩の隙間からゆっくりと、身体を覗かせたのは紺ちゃんだった。

 奇跡的に、岩に貫かれることなく生き延びたようだ。だが、岩肌の摩擦によって大きく皮膚を傷つけられたのだろう。

 よく見れば彼女の皮膚と言う皮膚から出血していた。痛々しい傷跡が、破れた制服の隙間から見える。

 けど、紺ちゃんは私の表情を見て安堵の笑みを浮かべた。

「よか……った。道音ちゃんが……無事で……」

 こんな時に、自分のことではなく私のこと……?

 そんな彼女の笑みがあまりにも儚く見えて、私は必死に彼女を抱き寄せた。もう、今更制服が汚れることなんて気にしている余裕はない。

「っ……死んじゃ駄目!!保健室に行こう、ねっ!?」

「あり……が……と……」

 もう、まともに動けるのは私一人だけだ。

 元々運動能力には自信のあった私は、無理矢理紺ちゃんを抱き寄せて保健室へ連れていくのを目指す。

 その道のりで、私達以外に生きている人を見つけることは出来なかった。

 亡骸で作られた道の中。私は、ある人物の亡骸を見つけてしまう。

「……真水……先輩?」

 ゆきっちの幼馴染であり、かつて私の部活の先輩でもあった鶴山 真水先輩。ゆきっちと崩落事故に巻き込まれ、杖での生活を余儀なくされながらも学生生活を共にしてきた彼。

 そんな彼の身体が、鋭く尖った岩に貫かれてぶらりと垂れ下がっていた。

 滴る血が、動かない身体が、彼の死を如実に伝えている。

 床には、彼と共に歩みを刻んできた一本の杖が床に転がっていた。

「……あ。やだ、やだ……」

「……みち、ねちゃん……みちゃ、だめ」

 紺ちゃんは、息も絶え絶えになりながら私に声を掛ける。

 彼女の声は、確かに私の耳には届いていた。届いていたけど、受け取った電気信号を情報として処理することが出来なかった。


「やだっ!!やだよっ!!ねえ、目を覚ましてっ!!!!ねえ、死んじゃやだあああっっっ!!あああああああああああっ!!!!」

 その声が、自分の喉から発せられたものとは思わなかった。

 こんな、あっけなく人は死ぬのかと。こんな、理不尽に人は死ぬのかと。

 紺ちゃんも、気付けば静かに顔を伏せて涙を流す。


 そんな中。紺ちゃんは絶え絶えの声で、突然歌を紡ぎ出した。


「……君が……代……は。千代……に、八千代に……さざれ……石の。巌となりて……苔の。むす……ま……で」

 どうして、このタイミングで国家を歌うのだろう。

 訳も分からず、私は紺ちゃんの方を見た。彼女は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、静かに言葉を紡ぐ。

「君が代はね……ずっと、あなたの命が……長く、長く……続いてね……って意味なん、だよ……だから。生きよう、ね……私達……だけ、でも」

「……っ……」

 私と紺ちゃんは、涙に滲む声でただひたすらに、”君が代”を繰り返し歌い続けた。

 静寂と化した、血液と土埃が埋め尽くす校舎の中。私達の寂しげに歌う声だけが、ずっとそこには響く。

 生きなきゃ。生きて、生きて。

 

 ——そうやって生きた先に、何があったのだろう。


To Be Continued……

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