【第五章】終幕
後悔はしている。
どうして、あの日の私は”殺す”という選択肢しかとることが出来なかったのだろう。
『ねえ、君達。何をしたのか、分かってる?ねえ?』
静かに怒りを滲ませるディルの顔が記憶を過ぎる。
いつも中身が見えず、飄々としているイメージのあった彼があそこまで感情的になるとは思わなかった。
『あはあっ♪あはははははは!!死んだ!!死んだ!!勇者様、こーんなあっけなく死ぬんだ!!あははっ!!ざまあみろ、だっ!!正義なんか謳わなければ!!希望なんか、見なければ!!生きることだってできたのに!!あははっ!!!!』
滲む後悔を誤魔化すように、私はただ道化を演じるしかなかった。
——けれど、これは私自身に当てた言葉でもあった。
正義なんか謳わなければ。
希望なんて見なければ。
きっと、こんな醜い感情に蝕まれることもなかったのだろう。
何となく、ドローンの姿に戻る気になれなくて私は芝生の感触を確かめるように、静かに歩く。
一ノ瀬宅を出た先で、漆黒のパワードスーツを身に纏ったストーが私を待っていた。
「船出。オ前ハ……迷ッテイルノカ」
「ストー……余計なお節介だよ」
「言ワナクテモ分カル。一ノ瀬、大切ナ人ノ為……ダナ」
もう、ストーには完全に見透かされているというのか。つくづく、私は分かりやすい性格のようだ。
どこか自分自身へと感じ取った苛立ちを誤魔化すように、大きくため息を吐く。
「うん。ゆきっちにとっては、もうセイレイは欠かすことの出来ない大切な仲間。今更殺すという選択肢を取ることは出来ないもん」
「ダカラ……セイレイ達カラ戦ウ理由ヲ奪ウ方向ニ切リ替エタ。コレ以上、危険ナ戦イニ身ヲ置イテ欲シク無イカラ」
「……私の、わがままだよ。ストー……君だって同じでしょ。君自身も生死の境目を彷徨って、挙句ゆきっちも危険な目に遭った」
「アンナ想イ、モウ二度ト……御免ダ」
ストーは直接質問に答えることなくそっぽを向いた。フルフェイスに隠した素顔から、表情を読み解くことは出来ない。しかしそれは、明らかに決意の滲んだ言葉だった。
彼とは、全くの同意見だ。だからこそ、私達はここまで道を共にしてきた。
だけど。
「ストー……ごめん。セイレイ達とは私一人で、戦わせてほしい」
「ハ!?」
次の瞬間、ストーの全身を覆っていたパワードスーツがホログラムと共に姿を消していく。
私の意思で、彼に与えていた力を奪ったのだ。
久々に見た、須藤 來夢の素顔。どこか好青年といった風貌の、爽やかな印象を与える姿。
だが、そんな彼の表情は静かな怒りに滲んでいた。
「……っ、船出。おかしいだろ、なあ……」
「……ごめん」
「ごめんで済む問題じゃないだろ!!何で俺一人、お前ら子供のわがままに振り回されなきゃならないんだよ!!」
ストーの意見は最もだ。
最初の彼は勇者一行の配信に参加し、命の危険に瀕しながらも懸命に未来の為に戦った。
しかし、私のわがままでストーに力を与え、かつての仲間を殺させようとした。
——彼の気持ちを、最も蔑ろにしたのは私だろう。
「戻せよ。お前の力を、俺の元へ!責任を感じているのなら、最後まで自分の行動を貫き通せよ……!!」
「出来ない。塔出高校をダンジョンにしたのは、私の責任だから。この戦いに、ストーは関係ない」
「部外者だって言うのか……?散々俺を振り回して、かつて守りたかったセイレイ君さえも傷つけさせて!」
「ごめん、ごめん……」
謝ることしかできなかった。全て、ストーの言うとおりだ。
間違えているのは、私一人だけでいいんだ。最後まで、間違えたままで終わらせるのが四天王:船出 道音としての宿命だから。
「もう、俺はお前を仲間だと思っていたのに。目的を共にする同士だと……思っていたのに……」
「ストー」
でも、最後に一つだけ。私は正しいと思う行動をとらなきゃ。
これまで、勇者一行の敵としてストーと行動を共にしてきたRelive配信。きっと、私の敗北でアカウントは消滅を迎えるだろう。
そう確信するまでに、あまりにも勇者一行は成長しているから。
だからこそ、私は大切な先輩の為。そして、彼女を生かしてくれる勇者の力になってくれるように、託さなくちゃ。
「これを受け取って」
ストーに、一台のスマートフォンを手渡した。Sympass運営のみが所有を許されたものだ。
「……これは……」
恐らくスマートフォンを触った経験もほとんどないであろうストーは、物珍しそうにまじまじと見つめている。
どこかその姿が親戚の子供のように見えて、思わずクスリと笑みが零れた。
「扱い方は分かるかな。私が勇者一行に負けた時、運営権限がそのスマホに移るはず。君には、私の後任を頼みたい」
「Sympass運営権限……」
「そう。紺ちゃんとセイレイ達が出会えるように、君にはそのサポートをお願いしたいの」
「無理だ。俺一人では、なにも出来やしない。見せかけだけの……」
ストーは情けないと言わんばかりに首を横に振った。
唐突に責任を押し付けられて、彼自身もかなりの葛藤を抱いているのだろう。だけど、ストーにしか頼めないことだった。
「君は見せかけなんかじゃない。立派な、勇者一行の武闘家だった。それは私が保証する」
「……四天王様のお墨付きか」
「まーね。ストーが果たしたい目的もあるだろうし、荷が重いと思うけどさ。今までありがとうね」
「……」
そう言って、私は自身が管理する塔出高校へと歩みを進めるべく、ストーに背を向けた。
もう振り返るわけには行かない。もう一度、彼の姿を見たらわがままを言ってしまいそうだったから。
敵でいなくちゃ。勇者一行の敵として、涙を流すわけには行かないの。
「っあ、ああ……ごめん、ごめん……っ」
だから、零れないでよ、涙。拭っても、拭っても、とめどなく溢れる想いが形になっていく。
沢山の後悔が過る。
どうして、私は紺ちゃんを殺したのだろう。
どうして、私はセイレイを殺そうとしたのだろう。
どうして、ストーを私のわがままで引っ掻き回したのだろう。
どうして、どうして、どうして。
正しいと思っていた。正しいと思い込んでいたのに。
魔災前には、皆がいた。
他愛ない言葉で笑い合える、大切な皆がいた。
それなのに、魔災で何もかも失って。私は何が正しい行動なのか分からなくなって。でも、決してくじけるわけには行かなかったから、正解を探した。
この暗雲を切り開く答えを探していた、それだけだったのに。
結局、私はまた一人ぼっちになった。
付いてきてくれたストーさえも自分で切り捨てて、見放して。
寂しい。寂しいよ。
「……船出!!」
そんな時、ストーは私の名を叫ぶ。
やめて、呼ばないで。
振り返りたくなってしまうから。過去に執着し続ける魔物でいなきゃいけないのに。
私は懸命に首を横に振って、その声に聞こえないふりをした。
だけど、ストーはそれを知ってか知らずか、言葉を続けた。
「お前と共に配信出来てさ、良かったよ!!」
本当に、馬鹿だ。武闘家と言うのは脳みそまで筋肉で出来ているのだろうか。
もっと、言葉選びもあっただろうに。
つい思わず振り返って、最後にストーと言葉を交わしてしまった。
「……私も!!」
それを最後に、私はストーと行動を別にした。
過去と未来。
間もなく訪れる、勇者一行との戦いの障害となるものは、もう何もない。
To Be Continued……