【第七十八話(2)】全てのきっかけの場所(中編)
【登場人物一覧】
・瀬川 怜輝
配信名:セイレイ
役職:勇者
勇者としての自覚を胸に、日々困難と立ち向かう少年。
責任感が強く、皆を導く役割を担う。
・前園 穂澄
配信名:ホズミ
役職:魔法使い
瀬川 怜輝の幼馴染。かつて瀬川に命を救われたことから、強く恋情を抱いている。
気弱だった彼女も、いつしか芯のある女性へと成長していた。
・一ノ瀬 有紀
配信名:noise
役職:盗賊
元男性としての過去を持つ女性。卓越した洞察力と、経験から勇者一行をサポートする。
今日も彼女は仲間の為にその刃と技術を存分に振るう。
・青菜 空莉
配信名:クウリ
役職:戦士
心優しき少年。魔災以降、直近までの記憶が無く自分がどのように生き抜いてきたのかを覚えていない。
・雨天 水萌
元四天王の少女。寂しがりであり、よく瀬川に引っ付いている。
・another
金色のカブトムシの中に、一ノ瀬が男性だった頃の意思を宿された少年。本来であれば、一ノ瀬は彼の姿で生きていたはずだった。
豪邸の中に作られた吹き抜けの渡り廊下を渡っている最中、セイレイはふと思い立って問いかけた。
「なあ、有紀……あ、anotherの方な」
「俺はanotherで良い。その方がお前達も分かりやすいだろう」
セイレイなりに気遣いをしてのことだったが、目的優先のanotherにとっては自らの呼び名などどうでもいいことだった。
anotherは黙ったままセイレイの方を見つめ、話の続きを喋るように圧を掛ける。
「ならいいけどさ……どうしてこのタイミングで、お前は現れたんだ?」
「ん、どういうことだ?」
「いや、魔災前でも身体を取り返す方法はあったはずだろ?有紀とか学校に通ってたんだからさ」
セイレイの質問は至極当然ものだった。既に魔災より十年の月日が経過しており、今更と言うより他ない。
その質問は、一ノ瀬にとっても感じていたことのようだ。関心深そうに、ちらりと隣を歩く過去の自分の姿に視線を送る。
だが、当のanother本人はやれやれと言った具合に困った笑いを浮かべていた。
「情けない話だがな……魔災の後になって俺の自我が戻ってきたんだ。だが、魔災以降はnoiseの行方を辿ることは出来なかった」
「師匠と各地を転々としていたからね」
「だろうな。しかも、インターネット回線も使えなくなり、情報を得る手段は完全に失われた。そんな中で、Sympassがリリースされ、なおかつお前が勇者一行の盗賊となっていることは、俺にとっては僥倖だった」
そう言って、anotherは廊下から外の景色を見やる。豪邸の外から遠巻きに見えるのは、長い年月と共に風化してしまった瓦礫の積み重なった光景だった。
かつての姿を失った光景を見やりながら、anotherはどこか達観したように呟く。
「Sympassを介せば、いつでもお前らの行動先を把握できるからな……」
「……ちょっと、いい?anotherさん」
「何だ?」
白のドローンを抱きかかえたホズミは、anotherの言葉に疑問を抱いた。
「Sympassを閲覧するには、パソコンやスマホみたいな電子機器が必要だよね。あなたもそれを持っているの?」
「何だ、当たり前だろ」
当然と言わんばかりに、anotherは灰色のブレザーのポケットから一台のスマートフォンを取り出した。
長い年月が経っているにもかかわらず、それは風化することもなく綺麗な姿を保っている。
「……結構、綺麗に使ってるんだね。それは、”ホログラムの実体化”を介して手に入れたもの?」
ホズミの質問に対し、anotherは首を横に振った。
「いや、違う。Sympassがリリースされた時か?突然訳の分からない声が聞こえてな。『お前に力を授ける。伝えたい想いがあるのだろう』……と言って、それと同時にこのスマホを与えられた」
「……謎の、声……」
返ってきた返事と共に、ホズミはちらりと雨天の方を見る。
肝心の彼女はと言うと、最初こそはしゃいでいたが、徐々に歩き疲れてきたのだろう。へとへとになりながらも、気丈に勇者一行に付いてきていた。
彼女の視線を感じ取った雨天は、疲労の滲んだ笑顔でホズミを見上げる。
「ふへへ……私なら大丈夫なので……!」
「本当に健気というか、なんというか……まあいいや。雨天ちゃん、ちょっと聞きたいんだけどね」
「ふぇ?」
「雨天ちゃんも、謎の声に力を与えられた、って言ってたよね。その時のことって覚えてる?」
かつて、セイレイ達が当時四天王であった雨天と戦った際に語っていた言葉。
——”そして、私に力を与えた謎の声”。雨天は、確かにそう言っていた。
ホズミの問いかけに、雨天は足を止めて首を傾げる。
「あ、えと……ふぅ、ちょっと一休みさせてください……頭回らないので……」
「うん。大丈夫だよ」
体を休めるように雨天は大きく深呼吸を繰り返し、それからぽつりと言葉を返す。
「……えっと、anotherさんの言葉と、似たような感じでしたね。私がDive配信としてドローンの姿になった時も、似たような言葉を言われた気がします……」
「雨天ちゃんは、スマホとかは受け取らなかったの?」
ホズミの更なる問いかけに雨天は首を横に振った。
「ううん……私はドローンの姿になっただけ、でした。Sympassの情報とか、ドローンの姿になってたら勝手に見えるんです」
「……ホログラム、として。だよね?」
「はいっ。そこで色んな人の動画見てました。セイレイ君の動画とか、秋狐さんの音楽とか、有名どころは特に」
さらりと語った雨天の言葉に食いつくように、ホズミは目を輝かせた。
「ちょっと待って、え、えっ。雨天ちゃんも秋狐さんの音楽聴いてるの!?」
突然様相の変わった彼女に、雨天はぎょっとした表情をして後ろずさる。
「え、あ、うん。貴重な音楽を配信してる人なので……」
「私も!私もファンなの!なんというか透き通るって言うのかな?あの人の声好きなんだ~……っ……また今度語ろ、ね?」
「は、はぁ……」
「おい本題から話ズレてるぞ」
二人の会話に割って入るように、anotherはぴしゃりと言い放つ。
彼の指摘に、ホズミと雨天はバツが悪そうな表情を浮かべて前へと向き直った。
「……ごめん、その話は後で、だよね」
「分かってるなら良い。俺と雨天、共通するのはドローンやスマホと言った”電子機器”だな。ホログラムと言い、とことん一貫しているのが気になるが……」
そう言って、物思いに耽るようにanotherは顎に手を当てた。
だが、物思いに耽っているのはanotherだけではなかった。
「……音楽……うたう、歌う?……いや、でも……」
クウリは、以前に船出が語っていたことを思い出していた。
——紺ちゃんは、勇者達と同じくLive配信をうたっていたの。ずっと前から、皆に希望をもたらそうとしていた。
”うたっていた”のイントネーションに抱いた違和感。その時は、ただの気のせいかと思っていた。
しかし、”音楽”という視点からクウリは一つの可能性に辿り着く。
もしも、Live配信、という意味合いが勇者一行と、秋城 紺とで、そもそも異なっていたとしたら?
Live配信を、歌う。
そう考えると、辻褄の合う話だった。
だが、現段階では仮説に過ぎない話でもある。
「……あくまで、可能性の一つ、だもんね」
「クウリ、どうかしたか?」
考え事をしていることに気づいたセイレイは、心配そうにクウリに問いかける。
突然かけられた声に、クウリは慌てて首を横に振った。
「や、ううん。ちょっとだけ考え事してた」
「そっか、何か分かったら教えてくれよ」
「うん。分かってる。あ、有紀姉」
思い立ったように、クウリは一ノ瀬に声を掛ける。
「どうしたの?」
「配信の後で、秋城さんに関係した話を色々と聞いてもいい?」
「うん?今じゃなくていいの?」
「今は有紀姉のお父さんに関する情報から、でしょ。またanother君に優先順位を間違えるなって怒られちゃう」
ちらりとanotherの機嫌を伺うように視線を向けて、クウリは答えた。
彼の問いかけに満足したようにanotherは頷く。
「クウリは素直で助かる。ほら、そろそろ見えて来たぞ。ここからは手分けして探そう」
長々と話をしながら、ようやくたどり着いたかつての一ノ瀬の住み家。
まさか、自分自身が世界の命運を握るカギになると思っていなかった一ノ瀬は思わず生唾を飲み込んだ。
震える手を抑え込むように、強く手を握りしめる。
「……こんな形で、久々に実家に帰省するなんてね」
「全くだ」
彼女の言葉に、anotherも困ったように笑う。
二人の一ノ瀬は、お互いに頷き合った。それから、改めてかつての自身の家の全体像を見上げる。
管理者がいなくなり、家の壁面を伸びきった蔦が覆いつくす。雑草は派手に伸びており、足場などろくに確保できそうになかった。
雑草に覆われた中でも、明らかに存在感を放つその家屋の扉に一ノ瀬は手を伸ばす。
「……ただいま。忘れ物を取りに来たよ」
そう言って、一ノ瀬は扉を開けた。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
・セイレイ:
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
・ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
・noise
青:影移動
緑:金色の盾
黄:光纏
・クウリ
青:浮遊
緑:衝風
黄:風纏




