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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
⑤高級住宅街ダンジョン編
149/322

【第七十三話】another

【登場人物一覧】

瀬川(せがわ) 怜輝(れいき)

配信名:セイレイ

役職:勇者

勇者としての自覚を胸に、日々困難と立ち向かう少年。

責任感が強く、皆を導く役割を担う。

前園(まえぞの) 穂澄(ほずみ)

配信名:ホズミ

役職:魔法使い

瀬川 怜輝の幼馴染。かつて瀬川に命を救われたことから、強く恋情を抱いている。

気弱だった彼女も、いつしか芯のある女性へと成長していた。

一ノ瀬 有紀(いちのせ ゆき)

配信名:noise

役職:盗賊

元男性としての過去を持つ女性。卓越した洞察力と、経験から勇者一行をサポートする。

どこか他人に対して負い目を感じることが多いのか、よく他人と距離を取ろうとする。

青菜 空莉(あおな くうり)

配信名:クウリ

役職:戦士

心優しき少年。魔災以降、直近までの記憶が無く自分がどのように生き抜いてきたのかを覚えていない。

雨天 水萌(うてん みなも)

元四天王の少女。寂しがりであり、よく瀬川に引っ付いている。

 閑静な住宅街だった。二度と賑わうことのない、人気のないひっそりとした世界。

 公園に元来の住人として聳え立っていた木々は、魔王が生み出した桜の木々に侵食されている。

 舗装されたアスファルトは大きく抉られ、ひび割れ。不安定な足場と化した通路を勇者一行は進んでいく。


「ねーっ、一ノ瀬さん。さっき、私が来た時……何ブツブツ言ってたんです?」

「ん、えっ」

 雨天にふと尋ねられ、一ノ瀬は思わず全身を硬直させた。

「あ、えーと……」

「有紀、何かあったのなら話してくれるか?」

 しどろもどろと目を逸らした一ノ瀬。そんな彼女を逃すまいと、瀬川は真っすぐに彼女を見て尋ねた。

 観念したように、一ノ瀬は大きくため息を吐く。

「……皆抱えてくれるって言ったもんね。分かった……雨天ちゃん」

「ん?はいっ」

 突然名前を呼ばれた雨天は、ぴしっと背筋を伸ばして彼女を見上げた。

「雨天ちゃんは、”金色のカブトムシ”の話知ってるんだったよね。写真とかは見たことある?」

「……と、言うかさっき飛んでましたよね。一ノ瀬さんがかくれんぼしてた路地裏にいましたっ」

「かくれんぼ……まあ、うん。よく見てるね」

 雨天の回答に一ノ瀬は頷き、それから彼女の頭をレインコート越しに撫でる。

 どこかくすぐったそうにしながらも、雨天はされるがままに身体を縮こまらせてそれを受け入れていた。

「んーふふっ……でも、一ノ瀬さん。何だかそのカブトムシとお話してるみたいでした」

「……本当に、良く見てるね……」

「大切な皆の事ですもんっ」

 雨天の指摘に、ついに誤魔化すことが出来ないと悟った一ノ瀬。彼女はちらりと青菜に視線を向ける。

「最近さ。男だった時の私が語り掛けてくることがあるんだ。最初は夢の中だけだったんだけどね……」

「……確かに、この間さ、有紀姉、自分の事を”俺”って言ってたことあった。悪い夢を見たって感じだったけど……もしかして、それが?」

 青菜は一ノ瀬の真意を確かめるように彼女の目を見据えた。

 一ノ瀬は、自らの身体を確かめるように見下ろしてから言葉を返す。

「……うん。あの日以降から、時々幻聴とか幻覚のように、男の頃の私が姿を現すんだ。気の迷いかと思ったんだけどね……」

「でも、気の迷いじゃなかった。実際に有紀姉の心を惑わせるくらいには語りかけてたんでしょ?」

 その指摘に、一ノ瀬はバツが悪そうに俯きながら言葉を続ける。

「そう。”お前はただ自分を繕っているだけだ”ってね」

「……確かに、それは否定できない言葉だよね」

 前園は納得したように頷いた。

「……でね。さっき現れた金色のカブトムシ。どうやら、あれに男だった頃の私が宿ってるみたいなんだ、さっきはそれに話しかけられた」

「ん?私聞こえませんでしたよ?」

 雨天は一ノ瀬の言葉が理解できないようで首を傾げた。

「私にしか聞こえなかったみたいだね。……そいつはね、”かつて見捨てたお前自身”……そう言ってた」

「かつて見捨てた、有紀さん自身……か。ねえ、有紀さん、改めて聞くけどさ」

「どうしたの、穂澄ちゃん」

 前園は思考するように顎に手を当てた後、真っすぐに一ノ瀬の前に立って問いかける。

 流れるような黒髪から覗かせる瞳が、彼女の明確な意思を示していた。

「あの時はうやむやになったけど、改めて聞くよ?有紀さんの心は、男なの?女なの?」

「……えっと、それは……」

 唐突に突き付けられた質問に、思わず一ノ瀬は口を濁す。

 だが、前園は確かめるように言葉を続けた。

「総合病院ダンジョンの時に、ディルに聞かれたよね。”おにーさんか、おねーさんか”ってさ。でも、どっちつかずな返答のままだった。有紀さんは、中途半端で終わらせることが多すぎるよ」

「男とか女とか関係なく、私は一ノ瀬 有紀だよ。それだけじゃダメかな……?」

「んー……駄目じゃないけど……なんというか、自分の中でもちゃんと割り切れてないんだろうな、って感じはする」

「割り切れてない、かあ……」

 前園の指摘に、一ノ瀬は首を傾げた。

「あんまり深く考えたことなかったな。ただ、この身体になってから気づけたことも多くて、そういう気づきを大切にしなきゃ、とは思ってたけど……」

「まあ、一旦それくらいにしとこうぜ」

 話が膠着状態に陥ったことを悟った瀬川は両手をパンと叩く。

 空気がはじける音に伴って、彼らの視線が瀬川に注目する。

「今焦って答えを出す必要は無いだろ。その、金色のカブトムシか?それが有紀と関係してるのなら、また目の前に現れるさ。ほら、こんな風に」

 そう言って、瀬川はガードレールの柱の上に降り立った金色のカブトムシに視線を向けた。

 何気なく会話の中に現れた金色のカブトムシ。

「……ん?」

 瀬川は、自身が発した言葉を思い返し、目をぱちくりさせる。

「あ。これ、これですよっ。青菜君。てっきり私はカナブンかと思ってましたけどっ」

「へえ。有紀姉の言っていたように確かに、角折られてるんだね。メスみたい」

 雨天は、興味津々といった具合に青菜に語り掛ける。

 青菜も興味深そうにまじまじとそれを眺めていた。


『……お前ら。随分な言い分だな』

「喋った!」

 突如金色のカブトムシから発せられた声に、雨天はぎょっとした様子で後ろずさりする。

 しかし、一ノ瀬は異なる理由で驚いていた。

「……聞こえるの?わた……俺?えっと、カブトムシの声が」

『仲間達にも聞こえた方が都合が良いのだろう?俺の方で調整させてもらったよ』

「便利な能力を持っているんだね。……もう一度聞くけど。あなたは、男だった頃の私、だよね」

『ああ。これで証明になるか?』

 次の瞬間、ふわりと金色のカブトムシは空へとはばたき始めた。

 瞬く間に、その姿にラグが生じ始めて、小さな甲殻類の身体を覆いつくしていく。

「なんだか、ドローンの時の私みたいですね」

 その目の前に映し出された光景に、雨天は率直な感想を漏らした。

 やがて、光の粒子となったそれは、徐々に人の形を生み出す。


「……久しぶり。私自身」

 光の粒子が生み出したシルエットの中に顕現したのは、一人の少年だった。

無造作に伸びた栗色の髪。そこから覗かせる、切れ長の目付き。

 すらりと伸びた身体を纏うのは、かつて一ノ瀬が通っていた塔出高校の制服である灰色のブレザー。

 全体的にクールな印象を受ける少年が、勇者一行の前に対峙する。

「ま、勇者様ご一行からすれば、俺は初めましてと言ったところか。俺は、かつての一ノ瀬 有紀だ」

「……お前が、有紀の元の姿か」

 瀬川は、警戒するようにかつての一ノ瀬有紀を睨んだ。

 だが、かつての一ノ瀬は物思いに耽るように顎に手を当て、それから提案する。

「ああ……そうだな、俺のことは”another”とでも呼ぶがいい」

「名前の決め方が安直なとこまで有紀そのものだよ」

 瀬川は思わず苦笑を漏らしながら、かつての一ノ瀬——改め、anotherに言葉を返した。

 そんな傍らで、前園はじろじろとanotherの全身を見渡す。

「へえ。あなたが、有紀さん、ね。確かにクール気取りなところはそっくりだね」

「穂澄が与えてくれた居場所のおかげでこいつは皆と居れるんだ。それに関しては感謝している」

 anotherは前園に向けて深々と頭を下げた。だが、前園は困惑した様子で後ろずさる。

「あなたに馴れ馴れしくそう呼ばれても困るよ。私がずっと慕ってきたのは、あくまでもこっちの有紀さん」

 そう言って、前園はぴたりと一ノ瀬にくっついた。

 一ノ瀬は前園を抱き寄せるように肩を組みながら、じっとanotherに視線を送る。

「……で。あなたがもう一度私の前に現れたってことには、何か意味があるのよね」

「そうだ。お前が一向にスパチャブースト”黄”を開花しないものだから、助言に来たまでさ」

「余計なお節介ね」

「別に、お前さえよければ、元の身体に戻せるんだがな?」

「……」

 anotherの提案に、一ノ瀬は俯いて黙りこくる。

 刹那の逡巡が、彼女の脳裏を支配しているのを仲間達は感じ取った。

 だが、一ノ瀬は気丈に首を横に振る。

「……ううん。いい」

「そうか……だが、俺だって、俺の存在を無かったことにされたくはないからな」

 そう言って、anotherは勇者一行から距離を取る。

 続いて、ちらりと彼は視線を遠くへと投げた。それは、ちょうどかつての一ノ瀬の家があった方向だ。

「俺自身は、かつての家でお前達を受けて立つ。そこで、決着を付けよう。一ノ瀬 有紀は、男か、女か、どっちの姿で存在するべきか」

「……」一ノ瀬は静かに、anotherを睨む。

「じゃあな」

 そう言って、再びanotherの全身にラグが迸る。

 気づけば、彼の姿は再び金色のカブトムシとなり、勇者一行の前から姿を消した。


To Be Continued……

年明けの三が日は実家に帰省するので、もしかすると更新できないかもしれません。

ご理解ください。

↓以下テンプレート


【開放スキル一覧】

・セイレイ:

 青:五秒間跳躍力倍加

 緑:自動回復

 黄:雷纏

・ホズミ

 青:煙幕

 緑:障壁展開

 黄:身体能力強化

・noise

 青:影移動

 緑:金色の盾

・クウリ

 青:浮遊

 緑:衝風

 黄:風纏

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