【第七十二話(1)】ずるい大人(前編)
【登場人物一覧】
・瀬川 怜輝
配信名:セイレイ
役職:勇者
勇者としての自覚を胸に、日々困難と立ち向かう少年。
責任感が強く、皆を導く役割を担う。
・前園 穂澄
配信名:ホズミ
役職:魔法使い
瀬川 怜輝の幼馴染。かつて瀬川に命を救われたことから、強く恋情を抱いている。
気弱だった彼女も、いつしか芯のある女性へと成長していた。
・一ノ瀬 有紀
配信名:noise
役職:盗賊
元男性としての過去を持つ女性。卓越した洞察力と、経験から勇者一行をサポートする。
どこか他人に対して負い目を感じることが多いのか、よく他人と距離を取ろうとする。
・青菜 空莉
配信名:クウリ
役職:戦士
心優しき少年。魔災以降、直近までの記憶が無く自分がどのように生き抜いてきたのかを覚えていない。
・雨天 水萌
元四天王の少女。寂しがりであり、よく瀬川に引っ付いている。
「姉ちゃん!どこに行ったんだよ!?」
「一ノ瀬さん!!戻って来てよっ!」
「有紀姉!返事して!!」
「一ノ瀬さーんっ!!どこですかぁーっ!?」
遠くから、皆が私を探している声がする。
私——一ノ瀬 有紀は惨めにも、路地裏の壁にもたれながら仲間達の視界から逃れていた。
そんな私の眼前に、一匹のカブトムシがやってきた。
桜の木々が埋め尽くす世界の中で、羽ばたくカブトムシ。
不思議なことに、それは甲殻が陽光に煌めき、金色に輝いていた。
——しかし、その長く、逞しい角は根元から折れてしまっている。
「……金色の……カブトムシ……」
かつて、私が幼馴染の鶴山 真水と探し求めたもの。
かつて、私が女性の身体へと変化する原因となったもの。
——しかし、何故十年も経った今になって、再び私の眼前に現れたというのだろう。
『随分と、図々しいんだな。一ノ瀬 有紀』
突如として、脳裏に声が響く。もう、その幻聴の声の主は分かっている。
「……また、あなたか」
『お前、自分がやってること分かってるのか?』
呆れたような声音で、過去の俺はそう尋ねた。
私は、その言葉に応えることが出来ない。
『分かっててやってるんだろ。あいつらが、お前を放っておく訳がない。それを知っていて、皆から遠ざかったんだ』
「……」
『最低だ。ずるい大人だよ、お前は』
幻聴だ。気のせいだ。
そう何度も耳を塞いで、目を瞑って、現実から逃げようとする。
しかし、その声はいつまで経っても消えなかった。
『何度お前は現実逃避をする。穂澄が言っていたこと、もう忘れたのか?』
脳内の奥深くに、直接叩き込まれる声。
うっすら目を開ければ、金色のカブトムシは私の眼前で空を舞っていることに気づく。
「……もしかして、私……?」
『はっ。ようやく気付いたかよ。そうだ。金色のカブトムシは、かつて見捨てたお前自身だ』
「別に、見捨ててなんかない。私は、この身体で生きていくって誓ったんだ」
『……”誓った”……ね』
金色のカブトムシの姿をした、過去の俺は含みを持たせた声音で私の言葉を反芻する。
「何が言いたいの?」
『本心から誓ってないから、お前は力を扱えないんじゃないのか?』
「……っ」
『もう一度言う。お前はただ自分を取り繕っているだけだ。他人の為、誰かの為。自分自身に存在価値を見出せないから、他人に自分のアイデンティティを押し付けているだけだ。お前はいつまで経っても子供のまま、変わらないままなんだよ』
「……うるさい」
もう、これ以上過去の自分の言葉だとしても聞きたくない。
だがそんな私の拒絶など気にもせず、過去の俺は言葉を続けた。
『一人で数多のダンジョンを攻略してきた。一人で沢山の魔物を屠り。たった一人で、世界を救う為に戦ってきた。それがお前の存在意義だったんだろ?だが、Sympassがリリースされた世界で、そのお前の行動は価値を失った。実存的空虚、ってやつかもな』
「うるさいっ、うるさいうるさいうるさいっ!!ほっといてよ、私の事なんか!!どうだっていいでしょ!!」
「……一ノ瀬、さん?」
思わず悲鳴の如く上げた叫び声に気づいたのだろう。雨天がひょこっと路地裏をのぞき込んでいた。
その傍らで、金色のカブトムシは私の眼前から飛び去っていく。
「……あっ、金色のカブトムシっ」
雨天はそれを興味津々に目で追っていたが、過去の俺は彼女には興味は無いらしい。そのまま空の彼方へと消え去る際に、最後に私に言葉を残した。
『穂澄がお前に与えた居場所の意味。ちゃんと考えろよ。でなけりゃ、お前はまた失うぞ——』
「……私は……」
どうやら、過去の俺の声は雨天には聞こえなかったらしい。彼女は首を傾げながら、私へと小走りに駆けよった。
「一ノ瀬さん。大丈夫ですかっ。皆の元へ戻りましょっ」
「……」
皆から逃げるように居なくなった手前、どこか気まずく私は彼女から力なく目を逸らす。
雨天は心配そうにじーっと私の顔をのぞき込もうとする。
「どうしたんです?何があったんです?」
「雨天ちゃんには、関係のないことだよ……」
「関係ないことなんてないですっ。皆が私に寄り添ってくれたように、私も皆に寄り添いたいんですっ」
「……健気だね、雨天ちゃんは……」
彼女も価値観を大きく歪められたはずなのに。純粋な瞳を私へと向ける雨天を目映いと思う。しかしそれに連なって、私の心には深く思い影が落ちていく。
どうして、こうも私は意地汚い、ずるい大人なのだろう。
そっか。
どうせ、落ちるくらいなら。
——とことん、堕ちてやろう。
「どうでもいいんだよ。私の事なんて、どうでもいいの。本当は、世界なんてどうでも良かった」
「え、一ノ瀬さん?」
雨天は、突然始まった私の自虐の言葉に目を丸くした。
「私は、私の存在価値を認めてほしかっただけ。私がここに居ていいんだ、私の能力は皆の役に立ってるんだ、そう思わせてくれる証明が欲しかっただけ」
「えっ、え。一ノ瀬さんの技術は皆の役に立ってます。何度も、一ノ瀬さんのおかげで乗り越えられた戦いもありましたっ」
懸命に雨天は困惑しながらも、フォローの言葉を投げかける。
だが、一度溢れてしまったどす黒い感情は止まることを知らなかった。
「皆の扱える力と比べたら私の技術なんてないも同然だよ。持ってる技術を皆に与えた後、私に残るのは何?何もないでしょ?ただ戦える能力があるから、私はここにいるだけ。他に私よりも有能な人が仲間に入った時、私は不要になるよ」
「そんなこと、そんなことないです……」
私の自虐の言葉に、雨天は涙を潤ませながら首を横に振る。
いつしか、私の話が聞こえていたのだろう。
視界の傍らに、瀬川達が同様にのぞき込んでいるのが映った。
ちょうどいい。もういっそ、全てを曝け出してしまおう。
私のどす黒い感情、全部。
「皆が思うほど、私は出来た人間じゃない。惨めでカッコ悪くて、いつも皆から距離を取りたいと思ってるよ。自分には価値が無い、どうでもいい人間だって思ってる。だから、せめて自分の価値を見つけたくて、持ち合わせた技術を振るうの。それしか私の存在理由はないから。存在価値なんて、所詮その程度だから」
「……一ノ瀬さん。ちょっといい?」
前園が路地裏に入り込み、私の前に立った。
彼女は雨天を見下ろし、「ちょっとどいて」と声を掛ける。前園の表情に雨天は一瞬硬直した後、逃げるように路地裏から出た。
「穂澄ちゃん。あなたなら私のみっともない部分を散々見て来たでしょ。現実なんか見たくない。こんな現実から消え去りたい——っ!?」
次の瞬間、私は前園に大きく路地裏から突き飛ばされた。
アスファルトの地面に躓き、バランスを崩して私は公道の上にへたり込む。瀬川達はぎょっとした様子で、私と前園とを交互に見比べる。
前園は、怒りを押し殺したような、涙に潤んだ瞳で私を睨んでいた。
「知ってるよ。何度も、一ノ瀬さんのダメな部分を見てきた。もう、とっくに私は一ノ瀬さんを大人として見てないよ」
「……随分な言葉だね。でも、間違ってない。私は、過去に縋り続けてる。現実なんて本当はどうでもいい。戻れるのなら、過去に戻りたいって何度も思ってるよ」
「私だってそう思ってるよっ!!」
次の瞬間、前園は私の胸倉を思いきり掴み上げていた。
瀬川は「おい穂澄!」と彼女を制止しに掛かる。しかし、前園は怒りを孕んだ涙に潤む瞳で、唇を震わせて叫んだ。
「何度だって夢に見た!!パパとママと、遊園地に行く夢を!!目が覚めたら、電車がやって来て、楽しみの続きがやってくるんだって!!でも戻ってこないの!!もう、夢の続きが訪れることは無いのっっ!!」
「——っ……」
「私だけじゃない!!セイレイ君も、空莉君も、雨天ちゃんも、視聴者の皆も!!戻りたかった魔災前の世界の事を思い出しながら前に進んでるの!!そこに誰一人例外なんてない!!一ノ瀬さんだけが特別だと思わないでっ!!!!」
前園の慟哭が、静寂の中に反響する。
突き刺すような叫び声を上げた前園は、それから大粒の涙を零す。
「もう、誰もいなくなって欲しくないの……ストーさん、センセー、森本さん……っ、う……」
「……穂澄ちゃん……」
私の胸倉を掴む手に籠る力が緩む。それから、前園は私の胸元にもたれ込むようにして、泣きじゃくり始める。
——強くなったふりをしているのは、前園も同じだった。
過酷な現実の中で。
失った者達の中で。
それでも、守りたいものがあるから。辛くても、苦しくても。
現実と戦い続ける。
小さな身体の中に、私は彼女の本当の強さを見た気がした。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
・セイレイ:
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
・ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
・noise
青:影移動
緑:金色の盾
・クウリ
青:浮遊
緑:衝風
黄:風纏




