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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
⑤高級住宅街ダンジョン編
146/322

【第七十一話(2)】姉として(後編)

【登場人物一覧】

瀬川(せがわ) 怜輝(れいき)

配信名:セイレイ

役職:勇者

勇者としての自覚を胸に、日々困難と立ち向かう少年。

責任感が強く、皆を導く役割を担う。

前園(まえぞの) 穂澄(ほずみ)

配信名:ホズミ

役職:魔法使い

瀬川 怜輝の幼馴染。かつて瀬川に命を救われたことから、強く恋情を抱いている。

気弱だった彼女も、いつしか芯のある女性へと成長していた。

一ノ瀬 有紀(いちのせ ゆき)

配信名:noise

役職:盗賊

元男性としての過去を持つ女性。卓越した洞察力と、経験から勇者一行をサポートする。

どこか他人に対して負い目を感じることが多いのか、よく他人と距離を取ろうとする。

青菜 空莉(あおな くうり)

配信名:クウリ

役職:戦士

心優しき少年。魔災以降、直近までの記憶が無く自分がどのように生き抜いてきたのかを覚えていない。

雨天 水萌(うてん みなも)

元四天王の少女。寂しがりであり、よく瀬川に引っ付いている。

 記憶を頼りにスケッチブックにその姿を描く度。姉である瀬川(せがわ) 沙羅(さら)との思い出が鮮明になっていく。

『怜輝。今日も空莉君と遊んできたのか。あんまり振り回さないようにな?』

 どうして、今まで忘れていたんだろう。

 何がきっかけだったんだろう。

『怜輝はゲームが上手いなあ。私だって結構頑張ってるんだけどな』

 一ノ瀬は、今や姉のように慕っている。

 そこに血は繋がっていないと言えども、紡いだ絆は間違いなく家族同然のものと言える。

 だが、それでも幼い瀬川と共に過ごしてきたのは、間違いなく実の姉だった。

『お前が成長したら、いつか一緒にネット配信でもしようか。お前のゲームスキルと、私の頭脳があればあっという間に有名配信者になれるさ』


「何で、俺は忘れていたんだ……何で、何で……このタイミングなんだよ……」

 瀬川は恨み言のように、何度もペンを走らせながら呟く。

「セーちゃん……」

 青菜は狂ったようにデッサンを続ける瀬川の名を呼ぶ。だが、その声は彼の耳には届かなかった。

「くそっ、くそっ、くそっ……!!」


 呼び起こされる、魔災の中で姉との最後の記憶。

 まだ生存者が多く、生活の名残が残っていた頃の話だ。命からがら逃げ込んだ先に形成されたダンジョン。

 遠くから、サイレンの残響が聞こえる。そこに逃げ惑う人々の声と、阿鼻叫喚の悲鳴が重なっていく。

 業火の炎の中、瀬川 沙羅は叫んだ。

『私の事は良い!逃げろ、怜輝!!』

 瀬川は、若き頃の千戸を抱きかかえられる。何度も、降ろして、待って、と叫ぶが千戸は話を聞いてはくれなかった。

『待って!まだ姉ちゃんが!!』

『もう助からない!!早く逃げるんだ!!』

 その時の千戸の行動は、善意によるものか。それとも、瀬川が”希望の種”だと知っての行動だったのか。

 今となっては、知る由もない。


 やがて瀬川はデッサンを描き上げた。

「これが、セイレイ君のお姉さん、なの?」

 前園はまじまじとそのデッサンをのぞき込む。

 そこに描かれていたのは、十もいかないような幼い少女。しかし、どこか大人びており、落ち着いた印象を受ける。

「僕は、覚えてるよ。セーちゃんを迎えに行った時によく会ったから」

 青菜は、俯いたままの瀬川と見比べてから頷いた。

 そんな中、雨天は不思議そうに首を傾げている。

「……水萌ちゃん?」

「何か、私この顔見たことある気がするんですよねぇー……水族館に居た人、なのかな?」

「たまたまホログラムに映り込んでいたとしても、おかしくはないけど……」

 青菜は考えられる可能性を交えて返答するが、雨天は納得がいっていないようで「うーん」と唸っていた。


 難しい顔をしていたのは、一ノ瀬も同様だった。

 神妙な表情で、瀬川のスケッチをまじまじと見つめる。

「……これが、セイレイのお姉さん、か……」

「ああ……名前は瀬川 沙羅。俺の実の姉貴だ。今はもう、生きてはいないと思うが」

「穂澄ちゃんから、前に聞いたよ。将来、一緒にネット配信をしようって約束したんだってね」

 一ノ瀬の言葉に、瀬川はちらりと前園に視線を送った。

 前園は小さく苦笑いを零しながら、こくりと頷く。

「ごめん。言っちゃった」

「……まあ。いいけどさ」

 瀬川はため息を吐きながら、それから一ノ瀬に向き直る。

「実際、姉ちゃんを、俺の姉貴に重ね合わせて見ていたところはある。頭が良くて、いつも冷静沈着だった」

「私さ、セイレイのお姉さんの代わりに、なっていたかな?」

「……ううん。それでも姉ちゃんは、姉ちゃんだ。姉貴とは違う」

「そっか」

 そう言って、瀬川はゆっくりと立ち上がる。しかし、眩暈が残っているのか思わずふらつき、そこを前園に支えられた。

「あ、危ないよセイレイ君」

「悪い、穂澄。ただ、このタイミングで完全に思い出した事に意味がないとは思えないよな」

「にしても、魔災前の記憶がほとんどないのに、お姉さんの事だけ覚えてた……ってのも変な話だけどね」

「それだけ、俺にとっては大事な記憶だった、ってことかもな」

 前園は不思議そうに首を傾げるが、瀬川はその疑問には取り合う気はないようだった。

 改めて周囲を見渡し、それから一ノ瀬の家が映し出された方向へと視線を向ける。

「とりあえず、姉ちゃんの家を無視するわけには行かないな。塔出高校へと向かう前に姉ちゃんの家へと行くか」

「……ねえ。セイレイ」

 これからの方向性を語るセイレイへと、一ノ瀬はポツリと言葉を掛けた。

「どうした?姉ちゃん」

「私さ、ちゃんとセイレイのお姉ちゃん……出来てる、よね?」

 一ノ瀬の瞳に不安が宿っているのを瀬川は感じ取る。しかし、適切な言葉の返し方が分からず、瀬川は苦笑を漏らしながら言葉を返した。

「……さっきも言ったろ。姉貴とは違う。姉ちゃんは、姉ちゃんだよ」

「そっか、そうだよね」

 瀬川の回答に、一ノ瀬は長い栗色の髪を触りながらゆっくりと立ち上がる。

「うん。私の家から先に確かめなきゃ、だね」

「……そうだな。行こう」

 自身の返し方が正しかったのかは分からない。一ノ瀬が返した言葉から、瀬川は感情を読み取ることができなかった。


----


 自分が「ここに居ていい」と思える言葉が欲しかった。

 それが、例え誰かの代わりだとしても、自分の存在を証明してくれる言葉が欲しかった。

『私は、自分がいた痕跡を残したかっただけだよ。私は確かにここにいる、そう証明したかったんだ』

 総合病院で、私——一ノ瀬 有紀自らが発した言葉。

 その言葉に嘘偽りはない。自分が生きた痕跡を残し、後世へと伝えること。それこそが、私がこれまで生きてきた唯一の理由だったからだ。


『……本当に、お前が望むのはそれなのか?』

「——っ」

 脳裏に、男の声が響く。

 声の正体を探るより前に、脳裏に響く声は言葉を続けた。

『お前の本心は、どこにあるんだ?お前以外の皆は、自分自身の本音を曝け出してる。だが、お前は?』

 ——うるさい。

 神経を逆なでするような言葉の数々に苛立ちを感じると共に、私はその声の正体がかつての自分自身だと理解した。

 男だった頃の一ノ瀬は、脳裏に響く声だけに飽き足らず、幻覚として私の視界に現れる。

 幻覚として現れた男の一ノ瀬は、瀬川の傍らに立つ。

『勇者セイレイ。こいつはかつての俺に似ている、そう思わないか?』

 ——似ている訳が無い。自分を偽り続けた、こんな嘘偽りだらけの存在と同じであってたまるものか。

 だが、私の反論も意に介さず、過去の一ノ瀬はくすくすと楽しげに嗤う。

『随分と自虐的じゃないか。どれだけ自分に自信が無いんだよ』

 ——黙れ。

 苛立ちに満ちた視線を、他の仲間に訝しげに思われないように俯きながら向ける。

『黙るものかよ。過去に縋り続けるくせに、一丁前に大人ぶってるんじゃねえよ』

「……っ」

『お前だけじゃなく、俺だって一ノ瀬 有紀だ。姿かたちは違えど、本質は同じだ』

 そう言うと同時に、過去の一ノ瀬の幻影は虚空に消えていく。

『いい加減自分と向き合えよ、一ノ瀬 有紀——』


「……私は……私の価値は……」

 幻影だ。

 私の記憶から生み出されただけのただの幻影だ。

 そう信じたかった。けど、幻影の言葉に私は大きく心を揺さぶられていた。

 強者になり切れず。

 他人を率先するリーダーにもなり切れず。

 大切な仲間の、家族の代わりにもなり切れず。


 ふと、私は自分の先を行く彼らに視線を送る。

 瀬川 怜輝。

 前園 穂澄。

 青菜 空莉。

 雨天 水萌。

 自分以外の皆には、スパチャを介した強力なスキルが与えられている。

 視聴者の、期待に添えるだけの覚悟を兼ね備えている。

 「気にしないでゆっくりと追いついたらいい」とは言われたものの、焦燥感を拭うことは出来なかった。

 もし、自分以外の強力なスキルを持った配信者が味方となった時。自分は足手まといになってしまうのではないか。

 いつか、トカゲの尻尾切りのように、見捨てられてしまうのではないか。

 彼らがそんなことをするような人間ではないと知りつつも、心の奥底には拭えない不安が溢れては止まらない。


「……有紀姉。どうしたの?」

 ふとした時、青菜が心配そうにのぞき込んでいることに気づいた。

 いつも仲間を心配そうに気に掛ける彼の心優しい姿に、私は思わず頬が緩む。

「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」

「そっか。ま、でも色々と考えちゃうよね。大丈夫、なるようになるよ」

 楽観的な言葉と共に、青菜はうんと大きく欠伸をする。

 そんな呑気な彼の姿に、私は少しだけ救われた気がした。


 けれど。完全に救われたくないと思ってしまう自分も心の内からは消えなくて。

 「……ごめん。ちょっと放っておいてもらっていいかな」

私は思わずそんなことを言ってしまった。

「……僕じゃ、そんなに頼りない?」

「いや、そんなことないよ」

「じゃあ、なんでそんなこと言うの?」

 突き放されたと感じたのだろう。青菜はどこか低いトーンで、私にそう尋ねる。

 険悪な雰囲気を感じ取ったのか、先に進んでいた瀬川達がいつしか私の方を振り返っていた。

「……姉ちゃん。どうした?」

 周囲からの視線が、私を責め立てるような気がして。

 そんなはずはないのに、冷え切った視線のように思えてしまう。

 思わず、足が竦んだ。

 吐息が震えるのを感じる。


「……っ、ごめん」

 そんな彼らからの視線に耐え切れず、私は思わず逃げ出してしまった。

 後ろから瀬川達が私を呼ぶ声がする。

 けど、私は振り返ることもせずに彼らから遠ざかることしかできなかった。


To Be Continued……

【開放スキル一覧】

・セイレイ:

 青:五秒間跳躍力倍加

 緑:自動回復

 黄:雷纏

・ホズミ

 青:煙幕

 緑:障壁展開

 黄:身体能力強化

・noise

 青:影移動

 緑:金色の盾

・クウリ

 青:浮遊

 緑:衝風

 黄:風纏

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