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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
⑤高級住宅街ダンジョン編
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【第五章】序幕

『おい、目を覚ませよ。一ノ瀬 有紀』

誰かが私を呼んでいる声がする。いつの間にか眠っていたのだと気付き、私は重い瞼を開けてゆっくりと机から体を起こす。

——机?

ふと、今自分がいる居場所に違和感を覚えた。寝る前は確かにダンジョン攻略を終えて、雨風を凌ぐ為に店舗の中で睡眠を取っていたはずなのだが。

私が目覚めた場所は、かつて私が通っていた塔出高校の教室の中だった。

橙色の夕日が差し込み、空いた窓から吹き込む涼しげな風がカーテンをふわりと揺らしている。遠くからは、吹奏楽部のチューニングの音が鳴り響く。

そして自身の姿に意識を向けると、女子用の学生服を身に纏っているのが目に映る。


「……ん……?」

ふと、肩に意識を向ければおさげに降ろした栗色の髪が視界の端に映った。

間違いなく、高校生の一ノ瀬 有紀の姿そのものだ。

「……ここは……」

夢だったのか?

魔災からこれまでの戦い全て。これまで皆と歩んできた道のり全ては。

そう思わせるほど、目に見える世界全ては懐かしいあの日のままで。十年経った今でも、まるで昨日の出来事のように思い返すことの出来る光景だった。

ふと、窓からその景色を見下ろせば、野球部が声を掛け合いながら守備練習をしている姿が映る。

何気ない日々の記憶。

ずっと、永遠のようにも思えた高校生活。その何もかもを、あの日すべて失ってしまった。


だが、今目の前に映る景色は、そのかつての追憶を鮮明に映し出す。

「……っ」

思わず、目頭が熱くなる。嗚咽が喉の奥からせりあがって来て、堪えることが出来なくなる。

「っあ……あ、あ……」

目から、鼻から、口から、とめどなく感情の奔流が溢れては形となって零れていく。

「私、私は……」

どれだけ戦いに身を移そうと、消えることのなかった後悔が全身を駆け巡る。

何度も、何度も制服の裾で涙を拭う。それでも、それでも——。


『……もういいか?満足したか』

「……お前、いや、あなたは……」

私は、泣き腫らした顔でその声のする方へと視線を向ける。


『はっ、情けない顔してやがる』

そこに居たのは、栗色の無造作に伸びた髪から覗く切れ長の目付きの男性。


彼の姿には見覚えがある。

というか、幾度となく鏡でその姿を見てきた。

「……あなたは……私自身、か」

『まあ、感動の再会……という訳でもないけどな』

そこにいたのは、崩落事故に巻き込まれ、今の姿へと書き換えられる前の、男性だった頃の一ノ瀬 有紀。

他人と過干渉になることを拒み、一匹狼と呼ばれ続けたかつての私——いや、俺だ。

確かに、自画自賛するようだが。かつての自身の姿を見れば、整った顔つきをしているようにも見える。ファッションモデルのスカウトに声を掛けられたということにも納得がいく立ち振る舞いだ。

「……久しぶりだね。相変わらずカッコつけてるの?」

だが、かつての俺は、私を見下すようにせせら笑った。

『他人事のように言うなよ。カッコつけの癖は今も変わってないくせにさ』

「あなたほどじゃないと思うけど」

『いつも自分自身を見失ってるくせに。取り繕うしか能がないお前が何言ってんだ』

「人のこと言えた義理じゃないでしょう?」

淡々と言い放つ過去の自分に腹が立ち、思わず私は強い言葉で言い返す。

「……」

だが、過去の俺はそれ以上言葉を返さずに黒板の前へと移動し始めた。

そして、教壇の上に立って私を見下ろす。

『じゃ、授業でもしようか』

「……授業?」

自分自身の言葉のはずなのに、私は彼を理解できない。話を促すようにじっと過去の俺を見つめるが、彼は黙って「座れ」と言わんばかりに机の方を見て顎でしゃくる。

随分と(しゃく)な行動を繰り広げる彼だったが、何となく従った方が良い気がして渋々従うように着席した。

『総合病院ダンジョンでディルとした話のこと。お前は覚えているか』

「……どの話を指し示しているの?」

『お前が触れたい話で良い』

過去の俺にそう返事され、私は思考を巡らせる。

しばらく逡巡した後、私は彼に語りかけた。

「……そうだね……。”全ての言葉に意味がある。人間の想いは、どんな形であれ言葉に現れる”と言ってたかな」

『そして、こうも言っていた。”自分の素性を隠そうとした嘘の権化”……と』

「……っ」

『図星突かれた部分の話を誤魔化すなよ』

過去の俺の指摘に、私は思わず口ごもる。その心情を察していたかのように、彼は侮蔑の目を私へと向けた。

『自分自身の言葉に責任を持つことも出来ず。自分の存在が周りにとってどれほどの価値を持っているのか理解も出来ず。どれだけ目を逸らし続けるんだよ』

「別に目を逸らしてなんか……!!」

『……じゃあ、聞くけどよ』


突如、過去の俺は教壇を強く叩いた。

「ひっ」

大きく鳴り響く音に、私の身体は思わず委縮する。だが、そんな私をも気にも留めず、彼は眉間にしわを寄せて叫号の声を浴びせた。

『何でお前はいっつも一歩皆から身を引くんだよっ!!穂澄も言ってただろっ、一緒に悩みたい、一緒に考えたいってさ!!なんでいっつもいっつも自分と他人に壁を作るんだお前はっっ!!』

「……関係ない」

『何が?』

過去の俺は苛立った様子で私を睨む。

だが、私も思いの丈を過去の自分へとさらけ出した。

「男のあなたに関係ないでしょ!?私がどれだけ傷付いできたと思ってるの!!どれだけ、他人と距離を作って生きて来たのか知らない訳じゃないでしょ!?何度この身体になってから自分を見失ったと思ってるの!何度自分の存在について考えてきたと思ってるの!!ねえ!!」

おさげにした髪を大きく振り乱しながら、私は再び滲む涙をも気にせずに叫ぶ。

「何も知らないくせに、知ろうともしないくせに!!何にも興味を持とうともしなかったあなたに言われる筋合いはないっっっっ!!」

声が、教室に木霊する。


——再び、静寂に満ちた教室内に、遠くから吹奏楽部のチューニングの音が響いた。


『なあ。一ノ瀬 有紀』

過去の俺は黙って私の話を聞いた後、どこからともなく一冊のノートを取り出す。

『取り繕ってきたのは、何も女性の身体になってからじゃないだろ』

「……それは」

ボロボロになったノートだった。一ノ瀬 有紀と書かれた表紙のノートを、過去の俺は見せつけるように開く。

そこには、びっしりと何度も復唱するように書き連ねた、努力の痕跡が垣間見えた。

過去の俺はノート一面を埋め尽くす筆跡を叩きながら、言葉を続ける。

『これはお前が小学生の頃に使っていたノートだ。だが、お前はそれを誰にも見られないように隠していた。何故だ?』

「……”他人が羨む、才能ある一ノ瀬 有紀”という偶像を作ろうと、した……」

『そうだ。俺、ひいてはお前自身は、昔から自分を偽っていたな』

「……」


その時、教室内にチャイムの音が鳴り響く。

ちらりと黒板上の時計に視線を送った過去の俺は、寂しそうにため息を吐いた。

『……今日はここまでだな。次の授業の日は、未定だ』

すると、過去の俺の全身に大きくノイズが走り始める。

「……待って!私は、まだ話が……!!」

『それ■で、しっかり■自分の本心■考えてお■よ、一ノ■ 有紀——』

その言葉を最後に、過去の一ノ瀬 有紀はホログラムとなり、教室から姿を消した。


----


「——っ!!」

一ノ瀬は思わず跳ねるように寝袋から体を起こす。思わず全身に伝う冷や汗を触り、一ノ瀬は苦悶に満ちた表情を浮かべた。

ふと、辺りを見渡せば瓦礫と砂埃に満ちた、鬱蒼とした廃墟の姿が彼女の視界に映し出される。

そこにはかつての面影などどこにも無く、ただ空虚な静けさだけがその場を支配していた。

「……そうだよね。これが、現実……」

「……有紀姉?」

隣で寝袋にくるまった青菜は、その彼女の様子を不思議そうに見つめる。

だが、一ノ瀬はこめかみを抑えながら首を横に振った。

「……大丈夫だ。()は、なんともない……」

「俺?」

青菜の言葉に、一ノ瀬の目が大きく見開かれた。

それを誤魔化すように一ノ瀬はすぐさま再び横になる。

「……何でもない。明日も早いからね、おやすみ」

「うん。おやすみ……」

何も答える気はない。そう言いたげに寝袋に包まった一ノ瀬の姿を不審に思いながらも、青菜は彼女の真似をするように寝袋に包まった。


「……俺……いや、私、私は、取り繕ってなんか……だって、だって……」

度重なる戦いの中で。一ノ瀬は、徐々に自分の本心は何か、どうするべきなのか。

渦巻く葛藤が、彼女の求める答えを遠ざけていた。


To Be Continued……

第五章開幕です。よろしくお願いします。

……ちょっとした、ネタ小説も同時更新していますので、一応こちらでも告知だけしておきます。

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