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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
④水族館ダンジョン編
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【第六十八話】新たな門出

【登場人物一覧】

瀬川(せがわ) 怜輝(れいき)

配信名:セイレイ

役職:勇者

勇者としての自覚を胸に、日々困難と立ち向かう少年。

責任感が強く、皆を導く役割を担う。

前園(まえぞの) 穂澄(ほずみ)

配信名:ホズミ

役職:魔法使い

瀬川 怜輝の幼馴染。かつて瀬川に命を救われたことから、強く恋情を抱いている。

気弱だった彼女も、いつしか芯のある女性へと成長していた。

一ノ瀬 有紀(いちのせ ゆき)

配信名:noise

役職:盗賊

元男性であり、魔災以降は孤独に生きてきた過去を持つことから色々と拗らせた性格をしている。本音を取り繕うとすることが多く、その度にトラブルを引き起こしている。

青菜 空莉(あおな くうり)

配信名:クウリ

役職:戦士

心優しき少年。魔災以降、直近までの記憶が無く自分がどのように生き抜いてきたのかを覚えていない。

雨天 水萌(うてん みなも)

元四天王の少女。寂しがりであり、よく瀬川に引っ付いている。

配信を終えて、ホームセンターの外に出た勇者一行。

ダンジョンに入る前はホログラムが映し出していたかつての賑わいの光景だった。

しかし、追憶のホログラムを消し去った今となっては、寂れてくすんだ色の商品の残骸しか彼らの視界には映らない。

青菜は風化し、ボロボロに破れたビニール袋の切れ端を掴み上げた。

「……これで、良かったのかな」

どれだけ周りを見渡しても、彼ら以外には誰もいない世界。虚像(ホログラム)だったとしても、そこには確かに生きていた人々がいたはずだ。

それを消し去った事に対して、青菜は罪悪感が消えなかった。

「俺だって、正しいとは思ってねえよ」

青菜の肩を叩き、瀬川はそう語る。

セーちゃん、と青菜は幼馴染の名を呼んだ。瀬川は商品棚の埃を拭い取りながら言葉を続ける。

「正しいか、違うかなんて、どうせ未来でしか分かんねーんだ。もしかすると、何百年も経ってからでしか分からないかもしれない……だろ、姉ちゃん」

瀬川はそう言って、かつてその言葉を語った一ノ瀬へと視線を向けた。

話を聞いていた一ノ瀬は頷き、それから二人の傍らに立つ。

「うん。失うものもあれば、得るものもある。何がプラスに働いて、何がマイナスに働くかなんて……その時の私達の価値観でも変わるんだ」

「やっぱ元男性だった姉ちゃんの言う事は説得力があるよ」

瀬川のその言葉に、一ノ瀬は思わず苦笑を漏らした。

「はは、まあね……実際、私を取り巻く環境も大きく変わっちゃったからなあ……本当に、色々と」


「あ。そう言えばちょっと聞いていいですか?このタイミングで何ですけど」

雨天が何か思い立ったように、一ノ瀬の隣にひょこりと顔を出した。

どうしたの?と一ノ瀬は小柄な彼女を見下ろして問いかける。

「一ノ瀬さんは、船出先輩と男の頃から知り合いだったんです?」

「ん?そうだけど、何で?」

「ちょっとふと気になっただけです。男だった時って先輩とどういう関係だったんですか?」

その問いかけに、一ノ瀬はどこかきまりが悪そうに「あー……」と虚空を仰ぎながら言葉を濁す。

しばらくして、観念したようにため息を吐いた。

「……みーちゃんさ、私の事好きだったんだよね。男性の頃の私を」

「……ほんと、です?」

「別に嘘を吐く理由もないからね。でも、どうしたの雨天ちゃん、急にさ」

疑い深そうに一ノ瀬はじっと雨天の顔を見る。彼女はハッとしたように、手をバタバタとさせて彼女から距離を取った。

「あ、あっ……。別にっ、元々四天王だったので気になっただけですっ。でも、そっか、やっぱり……それなら、合点が行く気が……」

雨天は何か考え事をするようにブツブツと呟く。

「……雨天?」

瀬川は雨天を見下ろして彼女の名を呼ぶ。

ちらりと雨天は瀬川の方を見た後、唇の先に人差し指を当て、「静かに」のジェスチャーを取った。

「……ん?……あ」

最初はその意味を理解できなかった。しかし、集落に居た頃に雨天が語った”船出がストーを誘った理由”に関係しているのだと突然脳内で結びつく。

瀬川の目が大きく見開くのを見た雨天は、こくりと頷き再び思考を巡らせ始めた。

一ノ瀬の疑惑の目が雨天に向くのを避けるように、瀬川は両手を叩く。

「……ま。何はともあれこれでようやく新たな門出の始まりだ。四天王との決着もそうだが、当面の目標は秋城、との再会だな」

勇者一行の使用している白のドローン。

——その正体である秋城 紺。

Sympass上でしか存在できない、ホログラムの存在だけとなってしまった彼女との邂逅が、次なる目標であると瀬川は確信する。


その名前に、一ノ瀬の表情が陰りを帯びたように曇る。

「……紺ちゃん……。何で、紺ちゃんを殺しちゃったんだろう、みーちゃん……」

「……ねえ。一ノ瀬さん」

様々な葛藤を抱く一ノ瀬に、前園が割って入る。

「穂澄ちゃん、どうしたの?」

「やっぱりね。私達、一ノ瀬さんの過去の話をちゃんと聞かないといけない気がする。明らかに、一ノ瀬さんを取り巻く人たちにさ、この世界の中で重要な人が多すぎるよ」

「……それは……」

一ノ瀬は思わず口ごもる。だが、前園は一ノ瀬の誤魔化しを許さなかった。

「セイレイ君が希望の種として育ったように。一ノ瀬さんも、この世界にとってかけがえのない存在なのかな、って私は思うの」

前園の言葉に、一ノ瀬は顎に手を当てて物思いに(ふけ)る。

「……そう、かもしれないね。もしかすると、女性の身体になったのも、このホログラムだらけの世界と関係があるのかな」

「可能性はあると私は思う。少しずつでいいから……男の頃の話を含めて、一ノ瀬さんの身の回りの話を聞きたいな」

気付けば一ノ瀬は、一同の視線を受けていることに気づいた。

全員、同様の想いを抱いたのだろう。彼らのどこか期待の籠った視線に、一ノ瀬は観念したように項垂れた。

「……分かった。正直、思い出したくない話もあるけど、それが世界を救う旅に関係することなら……話をしていかないとね」

「うん、次の目的地であるショッピングモールまでの道のりは長いから、ゆっくりと話なら聞くよ」

「ありがとう」

話に一区切りがついたと判断した青菜は、決意を固めるように大きく腕を振り上げた。

「うんっ、皆でいっぱい未来へと進んでいこー……あれ?」

突如として、青菜は大きく腕を振り上げた姿勢からふらついた。あわや地面に倒れ込もうとしたところで、瀬川に支えられる。

「おい、空莉。どうした!?」

「あれ?あはは、力、出ないや……」

突然弱々しくなった声音に、瀬川はハッとして辺りを見渡す。

「……そう言えば、空莉ってさ。体力減ったままだよな?」

瀬川の言葉に、一同は見計らったかのように「あ」と声を漏らした。

「忘れないでよー……お腹空いたぁ……」

青菜は引きつった笑いを漏らしながら、そうぼやく。

一ノ瀬は腰に巻き付けた”ふくろ”から魔素吸入薬を取り出し、青菜へと差し出す。

「ほら、これを吸い込んでっ」

「やだ。薬嫌い。お菓子が良い」

「言ってる場合じゃないでしょ!?」

有無を言わせずに一ノ瀬は青菜の口元へと魔素吸入薬を突っ込んだ。

「むぐー!」と青菜は涙目で抵抗するが、成すすべはなかった。


「……恨んでやる、有紀姉。僕は有紀姉を許さない……」

動物病院に連れられたペットのように、恨めがましく青菜は一ノ瀬を睨む。

一ノ瀬はそんな彼の姿に苦笑を零す。

「そんなこと言われても、仕方ないでしょ。ほら男の子なんだからしゃきっとする!」

「うぅ……有紀姉だって元男じゃんか……」

ブツブツと文句を言いながら、青菜はゆっくりと立ち上がった。

それから、ちらりと二度と機能することのないホームセンターの方を振り向きながら呟く。


「……今までさ、ありがとね。魔災のない世界の中で、使いたかったよ」

青菜は感謝の念を伝えるように、深々とホームセンターに向けて頭を下げた。

瀬川はそんな彼の姿を見届けた後、青菜に語り掛ける。

「じゃあ、行くか。これから、長い旅になるな」

「うん。色んな世界を見に行こう」

その言葉と共に、勇者一行はホームセンターを後にした。


----


彼らは気づくことはなかった。

瓦礫の外に投げ出されたゴブリンロードだった灰燼。それに近づく一つの人影に。


上下黒のスウェットに身を包んだ、ぼろきれのようなスカーフを身に纏った少年——ディルだ。

「……随分と、成長しちゃってさ……はは……」

ディルは、自虐的に笑う。それから、灰燼を手のひらに乗せて自身の眼前へと持っていく。

「それに比べて、僕は一体何だろうね」

そう呟いてから、突然ディルの肩が大きく震え始めた。やがて、彼は笑いを堪えるように「くくっ」と声を漏らす。

しかし、笑いはついに堪えきれなかった。ディルは笑い声と共に、言葉を発する。


「あっはははははっっ!!!!一体っっっ!!僕は一体何なんだっ!!他人のことを引っ掻き回すだけ引っ掻き回して!セイレイ君も、誰も彼もが成長しているのに!!僕は何一つ成長しない!!運営が何だ!?Dead配信が何だ!?僕は、僕は、僕は……!!」

頭を抱え、ディルは蹲る。それから、ふと目についた電線に留まるカラスに向けて手を差しだした。

それから、静かに宣告(コール)する。

「……スパチャブースト”青”……」

以前であれば、ディルがそう宣告(コール)するのにつれて、光の帯が瞬く間に相手を拘束していたはずだった。


——だが、今はその宣告(コール)にも何も答えはしない。

空虚な時間のみが、ディルをさらに空虚な想いへと誘う。

「……はは、は……戦う力さえも、喪った……んだね……」

だらりと降ろす手。自らの期待に応えもしない手を恨めしく見下ろした後、ディルはよたよたとおぼつかない足取りでホームセンターを後にする。

「もう、僕は配信者ですらない……これから先、何を伝えられるんだろう、僕は……僕は……」

空虚な呟きと共に、やがて誰もその場から居なくなった。


To Be Continued……

次回。第四章終幕です。

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