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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
④水族館ダンジョン編
137/322

【第六十七話】過去の追憶と、今いる自分達と

【登場人物一覧】

瀬川(せがわ) 怜輝(れいき)

配信名:セイレイ

役職:勇者

勇者としての自覚を胸に、日々困難と立ち向かう少年。

責任感が強く、皆を導く役割を担う。

前園(まえぞの) 穂澄(ほずみ)

配信名:ホズミ

役職:魔法使い

瀬川 怜輝の幼馴染。かつて瀬川に命を救われたことから、強く恋情を抱いている。

気弱だった彼女も、いつしか芯のある女性へと成長していた。

一ノ瀬 有紀(いちのせ ゆき)

配信名:noise

役職:盗賊

元男性であり、魔災以降は孤独に生きてきた過去を持つことから色々と拗らせた性格をしている。本音を取り繕うとすることが多く、その度にトラブルを引き起こしている。

青菜 空莉(あおな くうり)

配信名:クウリ

役職:戦士

心優しき少年。魔災以降、直近までの記憶が無く自分がどのように生き抜いてきたのかを覚えていない。

雨天 水萌(うてん みなも)

元四天王の少女。寂しがりであり、よく瀬川に引っ付いている。

一体、いつから見失っていたのだろう。

一体、どこで間違えたのだろう。

もう戻れないあの日。

もう話すことの出来ない人達。

「これが、追憶のホログラムの景色なんだね……」

僕達。

「うん。これが私達が戦いの中で幾度も見てきた、ダンジョン攻略の恩恵だ」

私達。

「……しっかり、目に焼き付けとけよ。俺達が魔災前の人々の生活を知る、貴重な手掛かりなんだ」

俺達。

それぞれの追憶を乗せて、そのホログラムはかつての世界を描き出す。


作業服を着こんだ中年男性が、工具売り場で商品を比較しながら選んでいる。

カップルが、新居に配置する家具を見比べている。

老夫婦が、園芸品売り場で話し合いながら、どの観葉植物を育てるか相談している。

主婦と思われる女性が、カートを突きながら手慣れた動作で日用品をかごの中へと放り込む。


その光景は、かつての世界にとっては当たり前で。

だからこそ、喪ってしまった今となってはどれだけ恵まれていたのか分かってしまう。

[こんな、些細な光景でさえ、もう見ることは出来ないんだよな]

[久々に見ると、やっぱり感極まってしまうよ]


「……これが、かつての姿だったんだよな」

流れるコメント欄に合わせるように。

セイレイは、辺りを見回してそうぽつりと呟く。

それから、noiseへと目配せをした。

「……もう、分かってたよ」

noiseは苦笑を漏らしながら、既に取り出していたスケッチブックと鉛筆を手渡す。

セイレイは床に座り込み、鉛筆を目の前へと突き出してアタリを取り始めた。

「ありがとう、姉ちゃん」

「もう何度見た光景だろうね」

noiseは困ったように、けれども嬉しそうに笑う。

セイレイは愁いを帯びた笑みを零し、それからスケッチブックに鉛筆を走らせる。

追憶の中に映し出される世界を描きながら、セイレイは言葉を続けた。

「桜の木々に世界が奪われた時さ。俺、もう何も描きたくない、って思ってしまったんだよな。俺の行いのせいで、皆が酷い目にあった。だから自分の行動の責任を取らないと、絵なんか描いてる場合じゃないってさ……」

「別に、セイレイ君のせいじゃないでしょ……」

ホズミは弱々しくも首を振り、セイレイへと慰めの言葉を掛ける。

「分かってるよ。全部、最悪の歯車が最悪の方向で噛み合ってしまっただけだった。そのトリガーを引いたのがたまたま俺だっただけでな」

スケッチブックのページをめくり、セイレイは再び鉛筆を走らせる。

群衆の他愛ない言葉を交わす声。店内放送の声。

そして、セイレイが紙をめくる音と、鉛筆の摩擦音が配信画面に響き続けた。

「俺が描く世界の先にさ。一体何が待ち受けてるとか、分からないけど。今はただ、皆と一緒に前に進みたい」

「……セーちゃんっ」

クウリは内に秘めた感情を堪えきれず、セイレイの背中にのしかかった。

驚いたセイレイは慌てて鉛筆から手を離す。地面に叩きつけられた鉛筆が軽い音を立てる。

「おわっ、クウリ。線がブレたらどうするん……」

むっとした顔でセイレイはクウリの行動を窘めようとした。しかし、クウリが肩を震わせて泣いていることに気づき、思わず口をつぐむ。

「……クウリ?」

代わりに、セイレイは心配そうにクウリの頭を優しく叩く。

「もう二度と、どこにも行かないでよ……いつの間にか居なくなってるなんて、ナシだからね……」

「……ああ」

かつて、クウリが語ったセイレイの過去。

交通事故に遭って、脳死状態に陥ったことからセイレイと二度と会えなくなったことを聞かされた——という話をしていたことを思い出す。

「大丈夫だ。もう、どこにも行かないし見失わない。大丈夫だ、俺は皆と一緒だよ」

「……信じてる」


[あの、ホズミちゃん。ちょっとドローン持ってもらえますか]

雨天と思われるコメントと共に、ドローンはふわりとホズミの方へと近づいた。

「え?うん、良いけど……」

雨天の意図は分からないまま、ホズミはドローンを大切そうに抱きかかえる。

「よっと」

次の瞬間、雨天はドローンのカメラの中から光の粒子と共に、追憶のホログラムが映し出す世界の中に降り立った。

身軽な動きで、雨天はセイレイの元へと歩み寄る。それから、ひょこっとしゃがみ、セイレイが描いたスケッチブックをまじまじと興味深そうにのぞき込んだ。

「わ、セイレイ君上手ですねっ」

「お前は下手すぎな。せめて字は読めるように書けよ」

「せっかく人がほめてるのに酷くないですかっ!?」

「ははっ」

セイレイは雨天のコロコロと変わる表情に笑いを零しながら、レインコートの隙間に手を入れて彼女の頭を撫でた。

「何でみんな撫でるんですかぁ……」

むくれた顔を作りながら、しかしどこか照れ笑いを隠すことも出来ずに雨天はぼやく。

「雨天も、クウリも。せっかく現実と向き合うって言ってくれたんだ。だからさ、勇者である俺がお前らに色んな世界を見せるのが道理ってもんだろ」

「色んな世界を、私や皆に見せてくれるんですか?」

「ああ。もう俺も、閉じこもりはしないよ」

そう言って、セイレイはにこりと柔らかな笑みを浮かべた。

雨天はセイレイの純粋な笑みを真正面に受けて、頬を赤らめながら目を逸らす。

「……本っ当に、セイレイ君は……」

だが、そんな時。

ホズミの冷ややかな声が雨天の頭上から振り掛かる。

「雨天ちゃん、24歳なのに随分と乙女なんだねえー……」

「うっ」

容赦ない事実を突きつける言葉に、雨天の表情が固まる。

そのまま俯いたままでいたい。

雨天は直感的に、そう思った。

だが、延々と鋭い視線は雨天の全身をちくちくと刺し続ける。

遂に逃げることが出来ないと判断した雨天は恐る恐るホズミの方を向く。


そこには、ドローンを大切そうに抱きかかえたホズミが、ニコニコと張り付いた笑顔を見せていた。表情こそ笑顔だが、そこには形容しがたい凄みがある。

「あの、ホズミちゃん……」

視聴者からはホズミの表情は見えないはずだが、彼女の冷え切った声音と、引きつった雨天の表情から尋常じゃない空気が流れているのを悟ったのだろう。

[女同士の戦い……?]

[ホズミちゃんって怒ったら怖いよね]

[あ。そっか雨天ちゃんって子供だと思ってたけど、魔災以降水族館ダンジョンに閉じこもってたから]

[10年分の年齢が+されるんだ]

「そのことは言わないでくださいっ!?」

流れるコメントもコメントで酷い物言いの意見が流れる。雨天は堪えきれず、思わずツッコミを入れた。

「あははっ、私のセイレイ君を奪おうって言ったってそうはいかないよ」

「俺、ホズミのものじゃないんだけど」

「セイレイ君は黙ってて」

「はい」

ぴしゃりと、有無を言わせないホズミの物言いに、セイレイも何も言い返すことが出来ずに黙りこくる。

「雨天ちゃんがセイレイ君を心から慕ってるのは分かるよ?でも、ちょっとだけ近づきすぎー」

「えぇー……」

反応に困り、眉を(ひそ)める雨天。だが、ホズミは突如としてむくれたように頬を膨らませた。

「……えいっ」

するといきなり、ホズミはそのドローンを雨天へと引っ付ける。

「わっ——」

瞬く間に、雨天の全身は光の粒子となり、やがてドローンへと吸収された。

ぱたぱたと困惑した様子でカメラを右往左往させる雨天が入り込んだドローン。それにちらりと視線を送った後、ホズミもセイレイの元へと正面から飛びついた。

「私だって我慢してるのに!!みんなしてずるい、ずるい!!構ってっ、セイレイ君っ!!」

「おわっ、お前ら止めろよ、前からも後ろからも!?」

困惑しながらも必死にセイレイはクウリとホズミを振りほどこうとする。だが、身じろぎ一つできず、セイレイはされるがままとなった。

ホズミはセイレイの胸元に顔をうずめながら、マーキングするように顔をこすりつける。

「むぅー……新しい女の子にへらへらしちゃって……絶対負けないんだから」

「ヘラヘラしてねえよ!?第一恋愛にうつつ抜かしてる余裕ないって言ったろ!?てかほら、配信中!配信してるから!!」

「知ってるもんっ。見せつけてるんだっ」

相も変わらずどたばたとしたやり取りを繰り広げる彼ら。


そんな彼らを遠巻きにnoiseは眺めていた。

「皆……成長してるんだよね……」

普通に会話を繰り広げる分には、普通の少年少女と何ら変わりのない彼ら。だが、そんな三人はnoiseよりも先にスパチャブースト”黄”の能力を開花させた。

クウリは「自分のペースで進めばいい」とは言ってくれたが、それでも考えざるを得ない。

「私の、”黄”が発現する為には、一体どんな気付きが必要なんだろう……」


配信の始まる前から、ずっと孤独に戦ってきたnoise。

誰と関わるでもなく、ただ己の持つ技術と知識のみでダンジョン攻略を行ってきた彼女だからこそ、どこか劣等感を感じざるを得なかった。

ふと己の持つ短剣にちらりと視線を送る。

長年愛用してきた、かつて自ら殺めた恩師から与えられた短剣だ。

「……師匠。私は、今のままで本当に良いのでしょうか。ただ、持つ技術のみを振るい続けるだけが、本当に正しいことなのですか……」

かつて、noiseに戦闘技術を教えた師匠。

noiseが自身を殺すように仕向ける為、道化を演じた彼。

そこまでして”完成した”彼女は、目の前に生まれた見えない壁に阻まれていた。


かつては自分が持つ技術や知識を、ダンジョンのことを何も知らないセイレイ達に与えていた。

だが、それらを与え終えた今はきっと、これからの自身の役割と向き合わざるを得ないのだろう。

「……その話は、今度考えるか……」

自虐的な思考が強くなっていると自覚したnoise。

彼女は邪念を振り払うように首を振り、セイレイ達に声を掛ける。

「なあ。そろそろ、追憶のホログラムを融合させよう。クウリの過去との決別の為にもさ」

「あっ、うん。ごめんね」

クウリはnoiseと、それからドローンを介して配信を観ている視聴者に向けて頭を下げた。

「セーちゃん、大丈夫?」

「ああ。俺も大丈夫だ」

続いて確認のために、クウリはセイレイへと視線を向けた。

呼びかけに対し、セイレイは立ち上がってスケッチブックを畳み、脇へと抱える。

その行動を見届けたクウリは、雨天が操縦するドローンへと視線を向けた。

「水萌ちゃん。お願いしていいかな」

[わかりました。このまま、追憶のホログラムに近づけばいいんですね]

「うん、頼んだよ」

クウリが頭を下げると、ドローンはふわりと空を泳ぎ、追憶のホログラムへと近づいていく。

[えっと。追憶のホログラムと、融合します]

雨天はそうコメントを流した後、操縦するドローンを追憶のホログラムへとぴたりと密着させた。それに連なり、光がより一層世界を覆いつくす。

徐々にドローンに吸収される光と共に、追憶のホログラムが映し出す映像は元の世界へと戻っていく。


[information

サポートスキル ”光源開放”を獲得しました。

※操縦者を問わずスキル使用が可能です]


ふわりとセイレイ達の前に降り立った雨天が操縦するドローン。そのシステムメッセージが表示するスキル名に、ホズミは関心深そうに目を見開いた。

「誰がドローン触ってても、同じスキルを使えるというのは大きいね。名前の通りなら、総合病院ダンジョンの時のように、常に電灯がつくのかな」

「だとしたら、かなりダンジョン攻略が捗りそうだ」

「うんっ。それじゃあ、そろそろ戻ろっか」

「ああ。皆、ありがとうな」

そう言って、勇者一行はダンジョンを後にした。


--当配信は終了しました。アーカイブから動画再生が可能です。--


To Be Continued……

【開放スキル一覧】

・セイレイ:

 青:五秒間跳躍力倍加

 緑:自動回復

 黄:雷纏

・ホズミ

 青:煙幕

 緑:障壁展開

 黄:身体能力強化

・noise

 青:影移動

 緑:金色の盾

・クウリ

 青:浮遊

 緑:衝風

 黄:風纏

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