【第六十二話(3)】進むために(後編)
【登場人物一覧】
・瀬川 怜輝
配信名:セイレイ
役職:勇者
花開いた希望の種。魔災以前の記憶が無く、青菜のことを知らない。
どうやら魔災よりも少し前に交通事故に巻き込まれたようだ。
・前園 穂澄
配信名:ホズミ
役職:魔法使い
幼馴染、瀬川 怜輝のことを案じ続ける少女。機械関係に強く、集落に訪れてからはスマホ教室を開き、人々にスマホの使い方を教えている。
・一ノ瀬 有紀
配信名:noise
役職:盗賊
元医者志望の女性。独学ではあるが、ある程度知識には自信があり集落に住まう人々の健康管理の手助けをする。
・青菜 空莉
配信名:クウリ
役職:戦士
山奥の集落に住まう一人の少年。
勇者一行の言葉に突き動かされ、彼は現実と向き合い始めた。
・雨天 水萌
四天王:Dive配信を名乗る、蒼のドローン。
どこか抜けているところがあり、ひょんなことから爆弾発言を放つ少女。
川のせせらぎの音が鳴り響く。涼しげな日差しが差し込む廊下の縁に座り、雨天は呆けた顔で池の鯉が泳ぐのを眺めていた。
ふと思い出したように、預かった餌を取り出す。
すると、鯉の群れはこぞって餌を認識し、忙しなく雨天に向けて口を動かし始めた。
「……ふふ」
雨天はその餌をせびる鯉の群を見て楽しそうに微笑む。それから「よっ」と掛け声とともに、土俵入りを彷彿とさせる勢いで餌を一気に振りまいた。
ぱしゃり。
水を叩く音と共に、鯉の群れは餌を求めて散り散りに泳ぎ出す。
「なんだか、たまにはこういう時間も大切ですね」
楽しそうに、けれどもどこか愁いの帯びた表情で雨天はぽつりと呟いた。
そんな彼女の元へと、傷んだ木材が軋む音を響かせながら一つの足音が近づく。
「雨天。そろそろ飯だってよ」
「あっ。セイレイ君」
瀬川は土の付いたシャツで汗を拭いながら、雨天の隣に腰掛ける。
拳一つ分くらいの距離の距離にいる瀬川に、思わず顔を赤らめる雨天。それを誤魔化すように、じっと庭の方へと真っすぐに視線を固定する。
「ち、近くないですか」
「あ?悪い、何も考えてなかった」
雨天の指摘に申し訳ないと思ったのか、腰をずらして距離を取る瀬川。思わず「あっ……」と雨天は縋るような声を漏らしてしまい、すぐさま両手で口を塞いだ。
涼し気な風が、木々を揺らす。
はらりと落ちた木の葉が、池に波紋を描く。
そんな静かで、なんてことのない時間を堪能するように、雨天は空を仰いだ。
「本当に、私一人じゃ見ることの出来なかった景色です」
雨天の言葉に瀬川は苦笑を漏らした。
「俺だって、最初から皆がいたわけじゃない。元々は、一人で配信を始めたんだよ。穂澄が操作するドローンはあったけどな」
懐かしむように、瀬川も雨天の真似をするように空を仰いだ。
それから、日差しを隠すように手を伸ばす。
「そこでさ、たまたまダンジョンに潜っていた姉ちゃんに出会ってさ。姉ちゃんもそれまでは一人で戦い抜いてきたらしいんだけどな」
「皆、最初は一人ぼっちから始まったんですね」
「ああ、奇妙な縁だとは思う。でも、みんなで助け合って、支え合って……悪いもんじゃねえだろ、なっ」
瀬川は、日差しに負けないほどの屈託のない笑みを、雨天に向ける。
濁りのない、その純粋な笑みに雨天は耳を赤くして表情を強張らせた。
「……本当に、セイレイ君は……馬鹿なんですからっ」
「誰が馬鹿だ」
思わず心の奥底が熱くなり、にやける顔を見せまいと雨天は顔を背ける。
しかし、冷静さを取り戻すにつれて徐々に雨天の表情は陰りを帯びたものになっていく。
「……あの。船出先輩は、どうしてストーさんを誘ったんでしょうね」
雨天が発した”ストー”の名前に瀬川の表情が途端に強張ったものになる。
「……どうして、か……」
「ドローンの姿を失ってから、時々考えるんです。船出先輩は、一人が嫌だったんじゃないかって。私は水族館を維持できていれば良かったんですけど、あの人はそうじゃなかった。取り戻したい人もいたんです」
「姉ちゃんと、自分で手に掛けたと言っていた、あいつの親友……秋城のことか」
瀬川の脳裏を、配信の際に用いている白色のドローンが過る。
前園が主体となって使用しているドローンであったが、その実態は”Live配信”をセイレイ達よりも前に謳っていた秋城 紺の身体だったと知らされた。
静かに雨天は頷き、それから言葉を続ける。
「昔、セイレイ君が生死の境目を彷徨ったストーさんに使った、大量の粉末魔素。あれだけの量なら、魔物化していてもおかしくないはずだったんです」
「……っ」
一ノ瀬の指示とはいえ、魔素吸入薬の包装を破壊し、ストーに取り込ませた当本人の瀬川は思わず声を詰まらせる。
だが、瀬川の胸中を理解したのか雨天は首を横に振った。
「別に、セイレイ君が悪い訳じゃありません。勿論、一ノ瀬さんが悪い訳でもないです。ただ、ストーさんには、魔物化……依存に屈しない強い何かを持っていた」あえて、雨天は魔物化を”依存”と言い換えた。
「その強い何か、というのは目処がついているのか?」
雨天は、きゅっと強く口を結ぶ。
それから、吐息と共に言葉を続けた。
「……恐らくですけど。ストーさんは、一ノ瀬さんのことを——」
「セイレイも、雨天ちゃんも。ご飯って言ってるでしょっ」
いつまで経っても来ないことにしびれを切らしたのだろう。
二人の頭上から少しだけ怒ったような一ノ瀬の声がした。
思わずどきりとしながらも、瀬川と雨天は引きつった笑いを浮かべながら振り向く。
「あ、姉ちゃん。悪い……」
「あ、わわっ。ごめんなさい、私がセイレイ君を引き留めたんですっ。今行きますっ」
二人がすかさず慌てて立ち上がるのを見た一ノ瀬は、満足そうに微笑む。
「うん。一足先に行ってるね。パイプテントの下で待ってるから」
そう言って、軽快な足取りと共に一ノ瀬は姿を消した。
完全に彼女の姿が見えなくなってから、瀬川は脱力したようにため息を吐く。
「雨天。分かってるとは思うが、その仮説……姉ちゃんには言うなよ」
「わ、分かってますっ。あくまで憶測ですもん」
「ならいいけどさ……」
雨天の仮説に心当たりが無いわけではない。
だからこそ。
「……マジか」
瀬川はその雨天の仮説に、頭を抱えざるを得なかった。
★★★☆
パイプテントの下に作られた、集落の中心となる食堂。
集落に住まう人々が集い、食事を楽しむと共に談笑の場としてそこは成立していた。
勇者一行は一つのテーブルを囲い、食事を取りながら話を繰り広げる。
「もご……そういや、気になったんだけどさ」
「口に食べ物入れたまま喋らないの!」
食事の最中に話をし始めた瀬川を、前園が咎めた。だが瀬川は幼馴染の言葉など気にも留めず、口に含んだ食べ物を咀嚼した後に改めて青菜に問いかける。
「どうしたの、セーちゃん」
青菜は行儀よく、箸をお椀の上に置いて首を傾げた。
瀬川は隣でもそもそと食事を食べるのに集中している雨天に視線を向ける。
「いやさ、こいつがドローンに取り込まれた時さ。Dive配信の権限を貸与出来るようになった?っつーメッセージ出ただろ」
「ふぁへ?」
「お前の話だよ」
話の中心が自分になっていることに気づいた雨天は、口に含んだままのご飯をお茶で流し込む。
「んぐ……はぁ……。私の力を、使えるようになるってこと、です?」
「多分そうじゃないかって思ってる。次の配信ではいろいろと試したいことが多いな」
一足先に食事を食べ終わっていた一ノ瀬は、くるくると器用にペン回しをしながら話に割って入る。
「ドローン操作も、雨天ちゃんに任せれば私達四人で配信も出来そうだよね。前に青菜君の配信に参加した時みたいにさ」
「あ、それもそうだな。皆で戦うことが出来れば戦術の幅も広がりそうだ」
「ホームセンターダンジョンに入る時には、雨天ちゃんに操作を任せてみよっか」
うんうんと出したアイデアに満足げに頷く一ノ瀬。だが、そんな彼女とは正反対に雨天はどこか困り果てたように引きつった笑みを浮かべていた。
「……あのー。忘れてません?私、ドローンに入った時、コメント欄の一つになってた事……」
雨天の指摘した言葉。その言葉に対し前園は疑問を投げかける。
「雨天ちゃんとしては、あれで喋ってるような感覚だったのかな?」
「あ、はいっ。だから”聞こえますか”って言ったんです。だから、声を発しての意思疎通は正直期待しないで欲しいです……」
「そっかー……じゃあ、私がコメントを確認する役割を兼任することになりそうだね」
前園は、率先してコメント欄の確認を行う役割に名乗りを上げた。
その提案が理にかなっているからこそ、より一層申し訳なさがこみ上げた青菜は誤魔化すように苦笑を漏らす。
「や。本当に、ホズちゃん……色々と任せることになってごめんね。ありがとう」
「後衛の役割を担えるのは私だけだからね。もしもの時は空莉君のスキルで守ってくれると助かるかな」
「もちろん、そのつもりだよ」
前園の言葉に、青菜は真っすぐな瞳で頷いた。
そして、最後に代表として勇者セイレイが仲間たちに向けて言葉を掛ける。
「……それじゃあ。明日集落を出発しよう。それから、麓に降りてホームセンターダンジョンを攻略するんだ。決別の為に、進むために」
彼の言葉に、仲間たちは強く頷いた。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
・セイレイ:
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
・ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
黄:身体能力強化
・noise
青:影移動
緑:金色の盾
・クウリ
青:浮遊
緑:衝風




