【第六十二話(2)】進むために(中編)
【登場人物一覧】
・瀬川 怜輝
配信名:セイレイ
役職:勇者
花開いた希望の種。魔災以前の記憶が無く、青菜のことを知らない。
どうやら魔災よりも少し前に交通事故に巻き込まれたようだ。
・前園 穂澄
配信名:ホズミ
役職:魔法使い
幼馴染、瀬川 怜輝のことを案じ続ける少女。機械関係に強く、集落に訪れてからはスマホ教室を開き、人々にスマホの使い方を教えている。
・一ノ瀬 有紀
配信名:noise
役職:盗賊
元医者志望の女性。独学ではあるが、ある程度知識には自信があり集落に住まう人々の健康管理の手助けをする。
・青菜 空莉
配信名:クウリ
役職:戦士
山奥の集落に住まう一人の少年。
勇者一行の言葉に突き動かされ、彼は現実と向き合い始めた。
・雨天 水萌
四天王:Dive配信を名乗る、蒼のドローン。
どこか抜けているところがあり、ひょんなことから爆弾発言を放つ少女。
「やっぱさ、あの魔物の姿はダメだと思う」
桜並木が蝕む山道を、勇者一行は上っていく。桜吹雪が向かい風となり、舞い散る花弁が彼らの衣服に付着する。
そんな中、瀬川は自身の背中におぶさる雨天に向けて語り掛けた。
肝心の彼女はと言うと、瀬川の背中が心地良いのか、うとうとと微睡んでおり話などこれっぽちも聞いていないようだ。
「……雨天?聞いてんのか?」
「ふぁ……?ん、んん……何ですか?」
「お前……」
瀬川は恨めしそうにぼやいた後、再び雨天を咎めるように言葉を続けた。
「いやさ、自分が守りたかった場所を荒らされたのが嫌で、Dive配信って姿を変えたんだよな?」
「ん、あ、はいっ」
「だからって、そこに居た人を魔物の姿に変えるというのはどうかと思うんだよ俺は。そこんとこの意味もちゃんとこれからは考えろよ」
どれだけ心を入れ替え、勇者一行の力になると言えども過去の過ちは消えることはない。
そのことを伝える為、瀬川は改めて雨天に説教をしたのだが。
彼女から帰ってきたのは予想外の反応だった。
「えっ」
「え?」
「え、それはさすがにしないです……」
最初はすっとぼけているのかと思ったが、雨天はまるで理解していないようでそのまま言葉を続けた。
「別に自分の場所さえ守れたらいいんですもん。むしろ、そんな居場所をめちゃくちゃにした人の顔なんて残したくもないですっ」
「……確かに……というか、雨天は魔物の姿とか、知らないのか?」
瀬川がそう聞き返すと、雨天はどこか気に食わなかったのか、鼻息荒く瀬川に強くしがみついた。
「いだだだっ、おい、雨天!!」
唐突な攻撃に瀬川は鋭い声で雨天を咎める。しかし自身の言い分を持つ雨天はそれに反論。
「私自身が魔物だったのに、魔物が出るわけないじゃないですかぁー!!」
「分かった、分かったから!やめろおいっ!!」
必死に雨天の攻撃から逃れようとする瀬川。そんな幼馴染の様子が見ていられなくなったのか、雨天の背中を優しく叩く人物がいた。
「雨天ちゃん」
張り詰めた、それでいて絶対零度のように冷え切った声音。
その声に、雨天の表情が固まる。
「……ハイ」
引きつった顔で振り向くと、前園は凄みのある笑顔を向けていた。
彼女はニコニコと張り付けた笑顔のまま、言葉を続ける。
「ねえ。今から歩こっか」
「え、やだ。私体力無いんですって……」
「ほら。雨天ちゃん。魔法の言葉だよ、スパチャブースト”黄”だよ?」
「それは穂澄ちゃんだけの能力じゃないですか、やだあーーーー!」
今は配信外の為、スキルが発動することが無いのだが。
再び前園は雨天をひっぺがえそうと、むんずと彼女のレインコートを引っ張り始めた。
どたばたと騒がしい彼らを他所に、一ノ瀬と青菜は言葉を交わす。
「ねえ。有紀姉」
「ん?」
「魔物の存在ってさ、ホログラムの実体化と、インターネットの情報を取り込んだ人工知能の暴走から生まれたもの……だったはずだよね?」
青菜が問いかけた内容は、勇者一行が商店街ダンジョン内の追憶のホログラムに映し出された映像に関係したものだった。
魔災を引き起こした原因であり、どういう訳か瀬川が”希望の種”として育てられるきっかけとなった一件である。
話の本質が見えない一ノ瀬は「それが?」と聞き返した。
「有紀姉とセーちゃんとがずっと前に戦ったゾンビ達といい……ちょっと姿かたちに悪意ありすぎじゃない?」
「……まあ。死者を弄ぶような真似ばっかりだし、いい気はしないね」
一ノ瀬も青菜の意見に同意するように頷く。
「雨天ちゃんはあんまり分かってなさそうだし。だとすると誰の意図が混じってるんだろう」
「順当に考えると、千戸……先生がそう仕向けていると考えられるかな……」
瀬川と前園の育ての親。そして、一ノ瀬の恩師である千戸のことだ。
彼は自身の姿を大きく書き換え、魔王セージへと生まれ変わった。その為、一ノ瀬としても彼を”先生”と呼ぶべきかはいまだに悩む部分がある。
だが、青菜は「うーん」とどこか納得がいっていない様子だ。
「ぽっと出の魔王にそんな権限あるようには見えないけど……でも、そう考えるのが順当、だもんね……」
「でも、そう考えないと、魔王よりも更に上がいることになっちゃうよ?」
「……大魔王?世界の覇者?とか?」
「絶対違う」
適当に案を出す青菜。そこまで頭が回っていなかったのか、突然返事が適当になった彼に対し一ノ瀬は苦笑を漏らす。
そんな会話を繰り広げながらも、樹根がアスファルトを蝕む道のりを戻っていく。
彼らの背丈ほどはあろうかという樹根を乗り越え、徐々に見渡す限りに街並みを見下ろすことが出来る高さまでたどり着いていた。
雨天はそこで、瀬川の背中から飛び降りてガードレールに手を掛けながら景色を見下ろす。
数多の人々の歴史が紡いできた町並みは、瓦礫と桜の木々が覆いつくしている。そこには、もはやかつての面影を見ることは出来なかった。
「私……本当に、自分のことしか見えていなかったんですね。色んな人が積み重ねてきた歴史があって、その一つ一つが景色を生み出していたはずなのに……私は、私は……」
ぽつりと感想を漏らした雨天の、ガードレールを掴む手に力が入る。
それから突如として、膝から力が抜け落ちたように雨天はへたり込んだ。
「雨天ちゃん!?」
前園は慌てて雨天の元へと駆け出す。彼女は、肩を震わせてブツブツと力なく呟いていた。
目元に涙を潤ませながら、彼女は贖罪の言葉を続ける。
「ご、ごめんなさい……謝って許される、問題じゃ……ないけど……っ……私。私……っ……」
見下ろす景色が映し出す惨状の一環を、自身も担っていることに気づいたのだろう。
堪えきれなくなった罪悪感が、雨天を一気に蝕んでいく。
肩を震わせ、大声で泣きじゃくる、そんな彼女を前園は優しく抱きしめることしかできなかった。
「うん。大丈夫。雨天ちゃんは、気付いただけでも立派だよ……」
「私、自分のわがままを通したいためだけに、こんな、こんなっ……皆の居場所を……皆の……っ!!」
それ以上は言葉にならず、雨天はただ嗚咽交じりの慟哭を繰り返すのみだった。
声にならない贖罪を続ける彼女の元へ、瀬川はしゃがみこんで語り掛ける。
「雨天。別にお前だけの責任じゃねえ」
「で。でも、私が……」
「悪いのはどう考えたってお前に力を与えた……謎の声、っつーのか?そいつのせいだろ」
「……ううん。私だよ」
瀬川は慰めの言葉を与えるが、雨天は力なく首を横に振った。
「私は、変化を拒み続けたの。生きる為に、食べなきゃだめ、なんて普通のことなのに。私は、ただ自分の世界に執着していただけ……依存してただけだったの。だから、利用されたんだ……」
「雨天……」
「……本当に、後悔しているのならこれから、だよ」
青菜は、静かに語りかける。雨天はくしゃくしゃになった顔で、彼の方を見た。
「空莉、君……」
「過去に縋るのなら、いくらでもできるよ。ダンジョンの中に籠っていればいいんだから」
「……でも。それも環境が許してくれませんでした。私は、閉じこもる為だけにセイレイ君を打ちのめそうと思ったんです。私は、本当にわがままで、何も変えたくないって、そう思っていました……」
雨天の独白に、青菜はただ静かに頷くのみだった。
そんな彼の姿に安心したのか、雨天は己の後悔の言葉を続ける。
「ただ、話を聞いて欲しいだけ。それが私の唯一の願いでした。少しでも縋る場所が欲しかった。水族館の手伝いをして、感謝された時、私はようやく居場所を見つけたと思いました。でも、それも長くは持たなかったんです、居場所だと思っていたそこには、いつの間にか私一人しかいなかったんです」
「……それが、当たり前だと思われてしまったんだね」
「はい。私を認めてくれたと思っていたのに。誰もいなくなって……勝手に裏切られたって、そう思いました。気づけば見えるもの全てが、私の居場所を奪おうとする敵にしか見えなくなって。全部、私の独りよがりだったんです」
「そっか……話してくれてありがとうね」
青菜は、雨天の頭を優しくぽんと叩いた。雨天はそんな彼の手の名残を確かめるように、小さく自分の頭に手を当ててからゆっくりと立ち上がる。
そして、深々と頭を下げた。
「話を聞いてくれてありがとうございます。そして、お願いします。他の四天王の皆とも、沢山話をしてください。船出先輩も、赤のドローンの人も……あと、もう一人も。皆、自分の世界に閉じこもってしまっているんです。未来を描くのが怖いから。魔災の中で生きて行くのが怖いから……」
「……もちろん。そのつもり、だよ」
雨天は青菜の言葉に安心したように、胸をなでおろした。
「本当に、皆さんがいてくれて良かったです。私もできる限り、力になりますっ」
「じゃあさ。雨天ちゃんも改めて集落に案内するよ、色んな人と話をしてみないとね」
「……はいっ!お願いしますっ」
青菜の言葉に、雨天は目を輝かせる。そして、再び頭を下げた後に今度は瀬川の背中におぶさることなく、彼らと共に歩み始める。
「ぜぇ……ひぃ……すっ、すみません……今ならいける、って思ったんですけど……」
「少しずつ体力付けよっか……」
「ひゃい……」
……しかし、案の定というか。
直ぐに体力が底を尽き、ヘロヘロになった彼女の姿に一ノ瀬が呆れた声を漏らした。
To Be Continued……
小説外の告知となりますが、現在【セイレイvsディル】の棒人間アニメーションを鋭意作成中です。
セイレイの”雷纏”や、ディルの”浄化の光”などを模した表現なども取り入れて演出する予定です。
完成次第、後書きにリンクを添付いたします。