【第六十一話(2)】願っていた、けども望んでいなかった再会(後編)
【登場人物一覧】
・瀬川 怜輝
配信名:セイレイ
役職:勇者
花開いた希望の種。魔災以前の記憶が無く、青菜のことを知らない。
どうやら魔災よりも少し前に交通事故に巻き込まれたようだ。
・前園 穂澄
配信名:ホズミ
役職:魔法使い
幼馴染、瀬川 怜輝のことを案じ続ける少女。機械関係に強く、集落に訪れてからはスマホ教室を開き、人々にスマホの使い方を教えている。
・一ノ瀬 有紀
配信名:noise
役職:盗賊
元医者志望の女性。独学ではあるが、ある程度知識には自信があり集落に住まう人々の健康管理の手助けをする。
・青菜 空莉
配信名:クウリ
役職:戦士
山奥の集落に住まう一人の少年。
勇者一行の言葉に突き動かされ、彼は現実と向き合い始めた。
・雨天 水萌
四天王:Dive配信を名乗る、蒼のドローン。
どこか抜けているところがあり、ひょんなことから爆弾発言を放つ少女。
・船出 道音
四天王:Relive配信を名乗る、漆黒のドローン。
しきりに、勇者一行の持つドローンを気にかけているようだが……?
・須藤 來夢
配信名:ストー
船出に力を与えられた、全身をパワードスーツで身に纏った男性。その行動の真意は読むことが出来ない。
『……紺ちゃん……』
noiseは、船出が発した秋城 紺の名前を反芻する。
その情報は、よほど衝撃だったのだろう。ドローン操作が疎かとなり、ゆっくりと、しかし確実にそれは地面に降下し始める。
「わ、わわっ。一ノ瀬さんっ!?」
危うく地面に落下するかという所で雨天がすかさずそのドローンに手を伸ばす。雨天の手がドローンに触れた瞬間、瞬く間に彼女の姿が光の粒子と消えた。
それと同時に操縦権を得た雨天がドローンを操作。地面に叩きつけられるのを未然に防ぎ、再浮上する。
[ふぅ……危ないところでした。ええっと。知り合いなのですか?その、秋城 紺という人は?]
再びコメント欄へと姿を変えた雨天の質問に、noiseはハッと息を呑んだ声をスピーカーから漏らす。
『あ……ごめん。雨天ちゃん。ありがとう……そうだね。紺ちゃんは、私の後輩の女の子、だよ……』
[そう、だったんですね……]
認めざるを得ない真実を拒むように、noiseは時間をかけて言葉を返した。
その明らかに時間のかかった返事に、ホズミは確信を得る。
「一ノ瀬さん。前に話した、おおよそ見当がついていたこのドローンの正体って、その子の事なの?」
『うん……うん。ずっと、会いたかったけどね。まさか最初から、こんな形で……出会っていた、なんてね……』
信じられないとばかりに、noiseは何度も言葉を詰まらせる。
——それよりも、だが……撮影しているのか?随分変わったドローンなんだな。
——明らかに異質だ、このドローンは……。
noiseは、かつて自身がそのドローンに向けて発した言葉を思い返す。
だが、同時にnoiseには合点の行く理由も見出していた。覚悟を決めたように、咳払いをしてホズミに問いかける。
『……ホズミちゃん。確か、このドローンはショッピングモールで見つけたものだ、って言ってたよね』
「え?う、うん。場所で言ったら、都心部の駅から数駅離れたところのショッピングモールだよ」
『同じだ』
「えっ」
何が同じなんだろう。
ホズミはnoiseの真意を理解できず、思わず疑問符と共に聞き返した。
『私がね。魔災前に、紺ちゃんとよく出かけたところなんだ。その施設は』
「……じゃあ。船出さんの言う事は、全部真実だってこと?」
「最初から信用してほしいなあ」
船出はホズミの失言に対し、呆れたように苦笑を漏らした。
それから、続いて真剣な表情を作って言葉を続ける。
「ね?行かないといけないところでしょ?今の紺ちゃんは、ホログラムだけの存在だもん」
「という事は、その秋城とかいうやつは……まだ完全に姿を消していないということか?」
セイレイが話に割って入り、疑問を投げかけると船出は露骨に怪訝な顔をして振り向いた。
「君に紺ちゃんの名前を気安く読んで欲しくないんだけどね。あの子は、今はSympass上でしか存在できないの」
「つまり、アカウント自体は存在するんだな」
「そ。もしかしたらSympassをよく触ってる魔法使いちゃんは知ってるアカウントかもね。まあ教えないけど」
「でも。お前はその秋城に手を掛けたのか」
かつて雨天との決戦前の会議に割って入った時、船出は親友に手を掛けたことについて話していた。そのことを思い出したセイレイは敵意をむき出しにして、船出を睨む。
だが、船出との間に割って入るように、ストーは立ち塞がった。
「落チ着ケ。セイレイ、今ハ争ウベキ時デハ無イ」
「ストー兄ちゃん……。っ、兄ちゃんは一体何なんだよ!なんで、こんな女の肩ばっかり持つんだよ!?」
諭すように語るストーに対し、怒りの募ったセイレイはすかさず食って掛かった。
だが、ストーは一切態度を崩すことなく、淡々と答える。
「ソレガ、世界ノ為、ダカラダ」
「ストー。いいよいいよ私なら大丈夫。気にしないで」
毅然とした立ち振る舞いを続けるストーを宥めるように、船出は手をひらひらとさせた。それから、ストーを押しのけてセイレイの前に立ちはだかる。
「紺ちゃんは、勇者達と同じくLive配信をうたっていたの。ずっと前から、皆に希望をもたらそうとしていた」
「——ん?」
クウリは、船出の「うたう」のイントネーションに違和感を抱く。それを指摘するべきか逡巡したが、気のせいだと思い直し、問い詰めることを止めた。
そんなクウリのことなど気にも留めず、船出は言葉を続ける。
「でもさ。まあ魔災で皆元気のない時に、必死に励まされても苛立ちしかなかった。だから、私は感情に身を任せて紺ちゃんを殺した。あの子が希望を振りまく度、私が惨めに感じたから。たった、そんな理由でね」
自嘲に満ちた笑みを浮かべながら、船出は言葉を紡ぐ。
その瞳には涙が潤んでいたが、それでも彼女は話すことを止めなかった。
「勿論後悔はしてる。でも今の私はSympassの運営だし、四天王だし。もうこんな一個人の感情で止まるわけには行かなくなっちゃった。だから、勇者達にお願いをしたいの」
言葉を切り、船出は勇者一行へと頭を下げる。長い黒髪を大きく垂らし、彼女は懇願の言葉を告げた。
「ごめん。こんなこと言える立場じゃないのは分かってる。だけど、あの子に身体を返してあげて欲しい」
「……それは、散々俺達の行動を妨害した上での言葉というのを理解した上、だよな?」
セイレイはじっと頭を下げ続ける船出へと問い詰める。
「うん。最初は目的のためにドローンだって奪おうとした」
「だから、早々にセイレイ君を殺そうとした……。このドローンを利用している私達のことが許せなかったから、というのもあるのかな?」
ホズミはじっと船出を恨めしそうに睨む。一触即発の雰囲気が途端に巻き起こる。
そんなホズミに対し、船出は顔を伏せて彼女から目を逸らす。
「そう。うん。そうなの……けど、君達が実力を得る度、気づきを得る度。最初に考えていたプランが通用しなくなってることに気づいたの」
「俺達の成長が、唯一の想定外……か」
セイレイの言葉を聞いた船出の頬に、涙が伝う。
「……もう。私は君達の行動に期待するしかできないの。敵でもいい、嫌われていてもいい。ただ、紺ちゃんがもう一度、戻ってくるのなら……」
『……うん。いいよ。どっちにせよ、ショッピングモールには行かないといけないと思っていたし』
noiseは、確認も取らずに船出に返事する。
その言葉に、セイレイは思わずドローンのカメラに向けて突っかかった。
「姉ちゃん!?勝手にそんなこと、決めていいのかよ!?」
『どっちにせよ。このドローン自体借り物でしょ?だったら、紺ちゃん自身に返すべきだと思うけど。ね、ホズミちゃんはどう思う?』
そう言って、雨天を介してドローンのカメラはホズミへと向いた。
十年来、ドローンと行動を共にしてきた彼女は葛藤するように俯く。しばらく唇を噛んだ後、覚悟を決めたように頷いた。
「……返そう。本来の持ち主へ。きっと、同じLive配信を描いていたなら、協力し合えるはずだし」
「それは親友の私が保証するよ」
船出はホズミの決断に、嬉しそうに笑った。それから、彼女の姿がホログラムへと消えていく。
姿を漆黒のドローンへと変えながら、彼女は言葉を続けた。
『ショッピングモールもダンジョンになってるはず。それも、かなりの難易度の、ね……”ないと困る施設”ほど、強力な魔物が生まれるから』
「そこに行けば、秋城を取り戻すヒントがあるんだな?」
『あくまでも憶測だけど、私は確信してる。じゃあ、また今度ね』
そう言って、完全に漆黒のドローンへと姿を変えた船出。彼女はストーの傍にまとわりつくように空を泳ぐ。
ストーは、セイレイの方を一瞥した。
「セイレイ。コンナ事ヲ言エル義理デハ無イト分カッテイルガ……スマナカッタ」
「……!」
深々と頭を下げるストーに、セイレイは思わず息を呑んだ。
「ダガ。俺ニモ止マレナイ理由ガアル。ナア、一ノ瀬」
『……なんだ?』
突如として名前を呼ばれたnoiseは怪訝な声音と共に呼びかけに答えた。
「オ前トモイツカ、決着ヲ付ケナケレバナラナイ。オ前ノ戦イ方……俺ハ、心当タリガアル」
『どういうことだ?』
「俺ノ父ハ、魔災ガ起キテ直グニ消息ヲ断ッタ。”意思ヲ引キ継グ人間ヲ探シニ行ク”……ソウ言イ残シテ」
『——っ!!』
ストーの話す言葉の内容に、noiseは絶句したように息を詰まらせる。
それと同時に、セイレイは目を丸くしてストーに食い掛かった。
「ストー、兄ちゃんっ。待って。それは……姉ちゃんの師匠の……!!」
「……イツカマタ……決着ヲ、付ケヨウ」
これ以上は何も語るまいと、ストーは勇者一行に背中を向けた。
ストーは、それから淡々とした口調で宣告する。
「——スパチャブースト”青”」
[ストー:CORE JET]
次の瞬間。
ストーの背中から、突如として扁平状の翼が伸びる。
すると、徐々にエンジンが唸るような音が響き始めた。同時に、ストーを中心として竜巻でも巻き起こったかのように、砂煙が舞い上がり始める。
「……ストー兄ちゃん……っ」
「……マタ、会オウ。天明ノ勇者ヨ」
そうぽつりと呟いた後、激しく空気を穿つような轟音と共にストーの姿は瞬く間に消えた。
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To Be Continued……