【第五十四話(2)】四天王との邂逅を前に(後編)
【登場人物一覧】
・瀬川 怜輝
配信名:セイレイ
役職:勇者
花開いた希望の種。魔災以前の記憶が無く、青菜のことを知らない。
どうやら魔災よりも少し前に交通事故に巻き込まれたようだ。
・前園 穂澄
配信名:ホズミ
役職:魔法使い
幼馴染、瀬川 怜輝のことを案じ続ける少女。機械関係に強く、集落に訪れてからはスマホ教室を開き、人々にスマホの使い方を教えている。
・一ノ瀬 有紀
配信名:noise
役職:盗賊
元医者志望の女性。独学ではあるが、ある程度知識には自信があり集落に住まう人々の健康管理の手助けをする。
・青菜 空莉
配信名:クウリ
役職:戦士
山奥の集落に住まう一人の少年。
勇者一行の言葉に突き動かされ、彼は現実と向き合い始めた。
・雨天 水萌
四天王:Dive配信を名乗る、蒼のドローン。
どこか抜けているところがあり、ひょんなことから爆弾発言を放つ少女。
「ぜぇ、はあ……ほんと、すみません……」
雨天は申し訳なさそうな表情を浮かべながら、彼女を背負っている瀬川に言葉を掛けた。
瀬川はそんな四天王に対し、恨めしそうに言葉を返す。
「四天王とか関係なくお前それどうかと思うぞ、運動しろよ。穂澄を見習え穂澄を。こいつ俺らの配信について行く為に毎日ランニング欠かしてないんだぞ」
「それでもついて行くだけで精いっぱいだけどね」
話に触れられた前園は思わず苦笑を漏らした。
それから、思い立ったように雨天に言葉を掛ける。
「ねえ、雨天ちゃん。そういえば、四天王って雨天ちゃんと船出さん以外に誰がいるの?」
「へぁ……?」
瀬川におぶられたまま、雨天は彼の肩から顔を覗かせる。それから、息も絶え絶えの声で言葉を続けた。
「私、も……正直知らないんだけど……一回、赤のドローンの人と、会った事……あります。正直、苦手な、タイプ……」
「苦手なタイプ?どんな感じなの?」
「……怖い、おじさん、です……どこかの、お偉いさんらしい、けど……無理。あの人とは、話、合わない……ぜぇ」
「そっか、教えてくれてありがとね」
「あと、一人は、あー……分からない。うん、知りません……そういや、言ってよかったのかな……」
そこでふと思い出したように、雨天は不安げにきょろきょろと勇者一行を見回す。
一ノ瀬は考えなしにボロを零す雨天に、同情とも取れる苦笑いを浮かべた。
「遅かれ早かれ戦う相手だからね……そう言えば、魔王はどうしてるのか分かる?」
「分かってたら、私だってそっちを教えます……急に四天王なんて、言われてわけわかんないですもん」
「まあ、それもそうだよね」
納得がいっていなさそうな雨天は、不服そうに言葉を返した。
その言葉に嘘偽りはないと瀬川は直感的に感じる。
彼は軽く跳ねて雨天をしっかりと支え直した。
「よっと……色々と敵なのに教えてくれてありがとな。で、公道に出たら交差点を曲がるんだよな?」
「あっ、はい。どうせ配信が始まったら敵対関係ですし、そしたらあんまりお話しできなくなりますし……はあ」
げんなりとした声で雨天は項垂れる。
「水萌ちゃんは、勇者一行と戦いたいわけじゃないの?この前は居場所を奪われたくないから戦うしかない、みたいなこと言ってたけど」
青菜は率直な疑問を雨天にぶつけてみる。
すると、雨天はちらりと瀬川と並んで歩く青菜に視線を向けた。
「私の、世界が奪われるのは嫌だから、戦わなきゃいけないんですけどね……。セイレイ君も、皆。やっぱり私の世界を荒らした人達と違うから。どうしたらいいのか迷ってる……」
「……そっか。僕も、正直君を敵と思えなくて。どうしたらいいのか分からない」
「なあ。雨天」
戦うことに踏ん切りの付かない雨天に向けて、瀬川は背中越しに呼びかけた。
「どうしました?セイレイ君……」
「お前が守りたい水族館か?俺らが魔王を倒したら、その水族館を維持するために作り上げたホログラムが消えるかもしれないんだろ?」
「うん。だから、私は戦わなきゃいけないんです。守りたいから、私の世界を」
「船出も言ってたよ。”過ごした教室が違うだけ”ってさ。俺もお前も、過ごした場所の前提が違うだけなんだよな」
「……うん」
雨天は複雑そうな表情で、瀬川により一層強くしがみついた。
「……」
その光景を眺めていた前園の、雨天を見る目が細まる。
「……あっ」
青菜はそれに気づき、慌てて彼女の視線を遮るように立った。
「……はぁあ……」
一ノ瀬はどこかハラハラしながら彼らの様子を見守る。
雨天はその視線に気づきもせず、瀬川の言葉をじっと待つ。
「俺は、知らなくちゃいけない。この戦いの先にある景色を。ストー兄ちゃんも、船出も、ディルも……魔王も。分からないことばかりで、俺はその前に立ちはだかる障害を打ち破っていかなくちゃいけない」
「うん。知ってます。いつかの配信で、ディル君に向けて言ってましたよね」
恐らく、雨天は総合病院ダンジョン内でディルと邂逅した時の配信内容を思い出しているのだろう。
「残酷だよな。どれだけ俺らが戦うのが嫌だって言っても、世界はそれを許しちゃくれないんだ」
「セイレイ君は、魔王を倒す為に立ち止まる訳にはいかないんですもんね」
「ああ。ライト……森本先生を殺されて、俺も魔王の良いようにされて。世界も滅茶苦茶にされて。その行動の意味を知らなきゃいけないからな」
「でも、私も居なくなるわけにはいきません。居なくなったら、私の守りたかったものは……沢山の人を傷つけてしまってまで、作った世界が……」
「知ってるよ。だから——戦おうぜ。俺らとお前。どっちの世界に対する想いが強いか、確かめよう」
そこまで言ったところで、瀬川の背中からくすりと雨天が微笑む声が聞こえた。小さく身体を捩らせて、もう一度瀬川に強くしがみつく。
「分かりました……。私は、Dive配信、雨天 水萌ですもん。決して勇者一行に負けない想いの強さ、見せてあげます」
「ああ、期待してるぜ」
「……ちょーっと雨天ちゃん?セイレイ君に引っ付きすぎじゃないー?」
話に一区切りついたと判断した前園は、雨天を引っぺがそうと彼女のレインコートを引っ張り始めた。
「あっちょっと、ホズミさん!?やめて、落ちる、落ちる!!」
「いってぇ!?引っ張んな穂澄っ!?いだだだだっ」
前園に引っ張られた雨天が大きく仰け反る。そして、さらにより雨天が一層強く瀬川にしがみついた影響で彼も悲鳴を上げた。
「ホズちゃん、ストップストップ!セーちゃんにまで被害が及んでる!!」
「セイレイ君は渡しはしないもんっ、奪おうとするなら雨天ちゃんは私の敵だっ!!焼き払ってやるーっ!!」
「穂澄ちゃん、落ち着いて!?ね!?一先ず冷静になろう!?」
青菜と一ノ瀬は慌てて前園を引き留める。
まるで、誰が敵で誰が味方なのか分からないまま、勇者一行と四天王の雨天は、水族館ダンジョンへと到着した。
★★★☆
その水族館は、例えていうなれば体育館ホールほどの大きさだ。
真っ白なコンクリートで塗装されてはいるが、経年劣化によるものか所々にヒビが入っている。蔦が外壁を蝕み、更に水族館の周辺を囲うように桜の樹根が這い巡っていた。
雨天はすたりと瀬川の背中から降りる。それから、くるりと勇者一行に向けて振り返った。
「本当に、おぶってくれて助かりました」
「雨天ちゃんなら、別にドローンの姿で移動できたよね?知っててセイレイ君におんぶされてたんだよね?」
深々と頭を下げる雨天に向けて、前園は全く異なる理由で敵意をむき出しにしたまま問い詰める。
「……あはは」
「否定してほしいなあ?」
前園は鋭く雨天を睨む。水面下で女性としての戦いを挑もうとしている二人の前に、慌てて青菜が割って入る。
「と、とりあえず!僕達はダンジョンに入ったらいいんだよね!?水萌ちゃんはダンジョン奥で待っているの!?」
「あ、はいっ。私の世界をしっかり見てほしいのであんまり場所とかは言えないんですけど。正直、皆さんなら道中の戦いとかは心配しなくても大丈夫そうですし」
「随分と信頼されてるんだね……」
青菜は思わず苦笑を漏らした。
そんな会話をしている最中、雨天の体がふわりと舞い上がる。
雨天の全身にラグが走り始め、姿を徐々にドローンの姿へと変えていく。
『それじゃあ。待ってますね。セイレイ君筆頭に、勇者一行。私だって、世界を壊されるわけにはいかないもん。絶対に、勝って見せる』
気付いた時には、彼女の全身は透き通るような蒼のドローンになっていた。
ふわりと宙を舞い上がり、水族館のドアを潜り抜けて中へとその姿を消していく。
それを見送った勇者一行。
次に、配信準備をするべく一ノ瀬は前園から受け取ったリュックサックの中からパソコンとドローンを取り出した。
だが。
「……」
じっと、彼女はそのドローンを見つめる。
その理由がなんとなく理解できた瀬川は、一ノ瀬に言葉を掛けた。
「姉ちゃん。そのドローンが気になるのか?」
「……うん。改めて考えれば、最初からおかしかったよね。追憶のホログラムを吸収してスキルを覚えたり、配信画面をホログラムで映したり」
「そうだな。まるで、配信の為に生まれた存在みたいだ」
「……配信の為、か。配信って、いったい何だろうね」
一ノ瀬の呟きに、瀬川は首を傾げた。
「ん?配信は配信じゃないのか?」
「森本さんもいつかさ、似たような見解を言ってたでしょ?この世界には意味があるって。雨天ちゃんも、みーちゃんも。ドローンの姿として、配信者として、存在するのには理由があると思うんだ」
「理由……か」
瀬川は顎に手を当て、一ノ瀬の言葉の意味を考え始めた。
だが、青菜は水族館の正面玄関のドアを眺めたまま、二人の会話に割って入る。
「配信はさ、僕達の持つ世界を表しているんだと思う」
「どういうこと?」
一ノ瀬は青菜の言っていることを理解できず首を傾げた。
そんな一ノ瀬に苦笑を漏らしながら、青菜は再び言葉を続ける。
「僕達だって、皆に伝えたい世界がある。理解してほしい世界がある。僕個人だって、集落という僕が生きる世界を守る為に、スキル目的とは言え配信していたから。なんとなく分かる気がする」
「……つまり。私達は、私達の守りたい世界を分かってもらう為に、配信しているってこと?」
「僕はそう解釈してる。だから、僕達勇者一行の持つ白色のドローンの持ち主さんも。きっと伝えたい世界があったはずなんだ」
青菜の言葉に、一ノ瀬は神妙な表情をして手に持った純白のドローンに視線を落とした。
「——ちゃん……」
「姉ちゃん、何か言った?」
ぽつりと一ノ瀬が漏らした言葉を聞き取った瀬川は、不思議そうにじっと彼女を見やる。
だが、一ノ瀬は慌てて瀬川から視線を逸らし、いそいそと誤魔化すように配信の準備を始めた。
「う、ううん。何でもないよ。さて、水族館ダンジョンの配信準備をしなきゃね」
「……ああ。そうだな」
恐らく、一ノ瀬はドローンの正体について、判明するまでは頑なに話そうとしないだろう。瀬川はそう割り切って、水族館の中へと続くガラスドアの前に立った。
彼に並ぶように、青菜と前園もじっとそのガラスドアを見やる。
「セイレイ君。恐らく、今回のダンジョンは毛色が違う気がする……あの雨天ちゃんは、ホログラムを”生み出した”って言ってたよね」
「……そうだな。そこは入ってから考えるか」
前園は、気を引き締めるように両手杖を顕現させ、それを強く握りしめる。
青菜もそれに合わせるように、大鎌を顕現させてしっかりと握った。
「セーちゃん。僕、頑張るよ。勇者一行のダンジョン配信の妨げにならないようにするね」
「期待してるぜ。新人の戦士クウリ君」
「茶化さないでよ!?」
「ははっ」
困惑したようにツッコミを入れる青菜に、瀬川は声を上げて笑った。
それから、真面目な顔を作ってガラスドアに手を掛ける。
「それじゃあ。始めるぞ、Dive配信の雨天が待つ、ダンジョン配信を。姉ちゃん、頼んだ」
瀬川の声に、一ノ瀬は強く頷いた。流れるようなタイピングの音と共に、彼らの後ろにふわりとドローンが浮かぶ。
既に、一ノ瀬の口調は配信時のそれに変わっていた。
「そうだな、始めようか。勇者一行のダンジョン配信を開始する」
To Be Continued……
【ダンジョン配信メンバー一覧】
①セイレイ
青:五秒間跳躍力倍加
両脚に淡く、青い光を纏い高く跳躍する。一度に距離を縮めることに活用する他、蹴り技に転用することも可能。
緑:自動回復
全身を緑色の光が覆う。死亡状態からの復活が可能である他、その手に触れたものにも同様の効果を付与する。
黄:雷纏
全身を青白い雷が纏う。攻撃力・移動速度が大幅に向上する他、攻撃に雷属性を付与する。
②クウリ
青:浮遊
指定した物質を空中に留めることができる。人間は対象外。
緑:衝風
クウリを中心に、大きく風を舞い上げる。相手を吹き飛ばしたり、浮遊と合わせて広範囲攻撃に転用することも出来る。
③ホズミ
青:煙幕
ホズミを中心に、灰色の煙幕を張る。相手の視界を奪うことが出来るが、味方の視界をも奪うというデメリットを持つ。
緑:障壁展開
ホズミを中心に、緑色の障壁を張る。近くにいる味方も同様に守る事が出来る。
魔法:炎弾
ホズミの持つ両手杖から鋭い矢の如き炎を打ち出す。
一度の炎弾で3000円と魔石一つを使用する。火力は高いが、無駄遣いは出来ない。
ドローン操作:noise
[サポートスキル一覧]
・斬撃
・影縫い