【第五十三話(1)】次なる配信に備えて(前編)
【登場人物一覧】
・瀬川 怜輝
配信名:セイレイ
役職:勇者
花開いた希望の種。魔災以前の記憶が無く、青菜のことを知らない。
どうやら魔災よりも少し前に交通事故に巻き込まれたようだ。
・前園 穂澄
配信名:ホズミ
役職:魔法使い
幼馴染、瀬川 怜輝のことを案じ続ける少女。機械関係に強く、集落に訪れてからはスマホ教室を開き、人々にスマホの使い方を教えている。
・一ノ瀬 有紀
配信名:noise
役職:盗賊
元医者志望の女性。独学ではあるが、ある程度知識には自信があり集落に住まう人々の健康管理の手助けをする。
・青菜 空莉
配信名:クウリ
役職:戦士
山奥の集落に住まう一人の少年。
勇者一行の言葉に突き動かされ、彼は現実と向き合い始めた。
・雨天 水萌
四天王:Dive配信を名乗る、蒼のドローン。
どこか抜けているところがあり、ひょんなことから爆弾発言を放つ少女。
前園がパソコンを操作するのに連なって、ふわりと白く、丸いドローンが浮かび上がる。
古風な雰囲気漂う和室の中に、ひときわ異彩を放つドローンがその世界の中に現れた。
その魔法にも似た現象に青菜は思わず感嘆の声を上げる。
「ほぁー……すごいなぁ……」
まるで自身の手足のように、前園の手慣れた操作で空を泳ぐドローンの姿に青菜は目を輝かせていた。
そんな彼の間抜けな表情を横目に見た瀬川は思わず笑いが零れる。
「ははっ、俺も初めて穂澄のドローンを見た時は感動したから、気持ちは分かるよ」
「これでいつも配信してるんでしょ?まさか実物を見ることが出来るなんて思いもしなかったよ」
「はいはい。そろそろ配信開始するから、静かにねー」
雑談を繰り広げる二人に対し、一ノ瀬は手を叩いて注意を促す。まるで子供を諭す親のような振る舞いをする一ノ瀬の姿に、男二人はお互いに顔を見合わせた。
それから、一ノ瀬に背を向けるように小声で言葉を交わす。
「なんか、有紀姉ってお母さんみたい……」
「否定はしない。今までが子供過ぎただけってのもあるが」
「はいそこー。聞こえてるよ」
「やべ。穂澄、配信を開始してくれ」
一ノ瀬の冷ややかな目から逃れるように、瀬川は前園に視線を投げた。
「うん。分かった、それじゃあ配信を始めるね」
その掛け声と共に、前園はエンターキーを叩く。
すると、瞬く間にドローンから描画されたホログラムが光を結び始める。点から点、線から線を繋ぐ光はやがて配信画面に表示されるコメント欄を映し出す。
最初は何も表示されることは無く、静かに枠組みのみを映し出すのみだったが時間が経過するにつれてコメントが更新され始めた。
[こんにちはー]
[ようやく環境落ち着いてきたからまたインします]
[四天王対策の作戦会議だっけ]
[こんちゃ]
[魔王に四天王に、って本当にゲームの世界だな]
”全世界生中継”後より、一時期は配信の視聴者数も大きく低減していた。しかし、徐々に生活環境が再構築されてきたのだろう。
徐々に同接数が以前のように戻るどころか、明らかに視聴者数は大幅に増えているようだった。
その理由が理由なだけに、勇者一行は複雑な心境を隠すことは出来ない。
瀬川は、そんな過酷な環境下で配信を閲覧している人々に向けて深々と頭を下げる。
「皆、本当にありがとう。世界は魔王の影響で悲惨なものになっていて、その日を生きるだけでも精一杯なはずなのに……見に来てくれて助かるよ」
[どういたしまして]
[なんか、またセイレイ大人になった?]
[成長を感じ取ることが出来て嬉しいけど、前のような無邪気さが消えてて寂しい]
礼儀正しく挨拶する瀬川の姿に、感心と困惑を隠すことの出来ないコメントが流れる。
そのコメントから読み取れる感情の色に、瀬川は思わず苦笑いを零した。
「さすがにな。俺を護ってくれる大人はもういないからさ」
「はいはーい。私大人でーす」
一ノ瀬がここぞとばかりに手を伸ばしてアピールするが、瀬川はそれを無視して話を続けた。
「姉ちゃんは別枠だからこのまま話を続けるけど」
「ちょっと」
「本題は、クウリ……彼の配信を見た人なら分かるか。気になる人はアーカイブなり、まとめログなりを見て欲しいんだが。四天王のDive配信、とか言うやつが現れたんだ」
そう言って、瀬川はスケッチブックを開く。記憶を頼りにスケッチした、蒼のドローンこと”雨天 水萌”の全体図が配信内に映し出された。
ゆったりと着こんだレインコートの少女の姿が、視聴者それぞれの目に映る。
[特徴捉えてるな]
[そう言えばセイレイ絵が描けるんだっけ。さすが]
[見た目で言えばまだ子供にも見えるな]
[ドローンから人の姿になったんだよな。人の姿になったドローンと言えば、ずっと前に見た真っ黒なドローンもそうだったっけ]
[Dead配信なりRelive配信なり、変な配信名を付けるやつらが多いなw]
「俺らも"Live配信"つってるからそこはお互い様だ……で、だ。今回はその四天王を謳う奴と戦うに当たって、作戦会議を開こうと思った次第だ」
瀬川がそう言葉を発すると、突如としてコメント欄の更新が止まった。回線の不調かと思った瀬川は、マジマジとドローンを見つめて確認する。
「……おい。聞こえているか?」
その言葉と共に、再びコメントログは更新され始めた。
[作戦会議はいいけど。その前に……多分、俺らの意見って似通ってると思うんだが。代表して言わせて貰ってもいいか?]
「あ?……何だよ」
怪訝な顔を浮かべる瀬川を余所に、再びコメントログは長文を残す。
[いや。四天王とか正直分からないけどさ。セイレイ、総合病院ダンジョンでゾンビって言う元々人間だった奴らと初めて出会った時PTSDみたいになってただろ?トラウマって言ったら伝わるか。で、Dive配信だか何だか知らないけど。相手もセイレイと同じ人間だ。戦えるのか?命を奪えるのか?]
「……」
そのコメントログに目を通した瀬川は思わず沈黙を選んだ。
無論、瀬川だけでない。共に総合病院ダンジョンで刃を振るった一ノ瀬も、ドローンを介してゾンビを撃ち抜いた前園も顔を伏せる。
青菜だけは当事者ではないだけに、イメージが出来ないのか首を傾げた。
「同じ人間に対して刃を向ける……でも、敵、なんだよね……敵。敵かなあ……」
自分の行動を正当化させるための葛藤の言葉が青菜の脳裏を駆け巡り、呟きとして漏れる。
そんな中、瀬川は正直に首を横に振った。
「正直言うと、分からない。あの時、元は人間だったはずの魔王セージに刃を振るった事だって感情が昂ってのことだ。今、同じ状況下で刃を振るえるのか。命を奪えるのかと聞かれると……分からない」
燻るような心の内に秘めた靄を瀬川は正直に告白した。
どれだけ環境が変わろうと。どれだけ理解の違えた者達であろうと。
世界を救うために、同族を殺めるかも知れない。
勇者にとってそれは避けられない問題だった。
「……セイレイ。もし、お前が人を殺してしまうことに抵抗があるのなら、私が――」
一ノ瀬が自ら率先して汚れ役になろうと提案する。
だが、瀬川は強く首を横に振った。
「いや。これは俺自身の問題だ。世界を取り戻すため、世界を救うためにずっと逃げていられないだろ。いつかは向き合わなきゃいけない問題なんだ」
「……本気で、殺すしか選択肢が無いって言ってるの……?」
青菜は怯えた瞳で問いかける。
「……分かり合えないのなら、な」
「嫌だ。そんな事をするために僕は勇者パーティに入ったわけじゃ無い。分かり合えなくても、向き合わないとなんでしょ?なんで、そんな最終手段の話ばっかりしてるの。僕達はまだ相手を理解できていないだけじゃ無かったの?」
「……それは」
「皆で希望を描くって言ってたじゃん。なんで、敵を”皆”に含めないの?絵空事でも何でも良いじゃん。それは僕達みたいに戦える能力のある人にしか出来ないんだよ?そんな僕達が殺すことを肯定しちゃったら駄目だよ」
「……っ」
青菜の言葉に、瀬川は思わず息を呑んだ。
それから、苦悶の表情を浮かべながら言葉を返す。
「……俺達しか戦う力を持たないから。世界の敵を取り除かなければならないんだろ?魔王を倒し、世界を取り戻す。それが俺のやるべき事で、俺が勇者である理由だ……」
しかし、その言葉には先ほどまでの覇気は無い。明らかに迷いのにじみ出た言葉に対し、青菜は更に畳みかける。
「セーちゃん。勇者一行は今や魔王に匹敵する、行動全てが世界に影響を及ぼすインフルエンサーなんだよ?僕達がそれを肯定してしまったら、誰がその僕達の言葉を否定できるのさ。世界を救うことだけじゃなくて、救った後の事まで考えてる?」
「そ、それは……」
「元視聴者として言わせて貰うよ。僕はそんな残酷なことをする勇者セイレイを信じてきたわけじゃ無い。信念を持って、前を向き続けて。他人の命を諦めない。そんなセーちゃんだから、僕は信じてついてきた。ついていこうって思ったの」
瀬川はついに返す言葉もなくなり、黙りこくってしまった。
その様子を遠巻きに眺めていた前園は、観念したようにため息を付く。
「……ごめん。クウリ君の言ってることは間違えていない。私達は視野が狭くなってた……やっぱり、色々な人の言葉は聞くものだね……」
お互いに顔を見合わせ、何かを確信したように目配せをする。
再び、コメント欄に言葉が流れ始めた。
[殺す、という選択肢は一先ず考えない。と言うことで良いのか?絵空事を描き続けると]
「……ああ。クウリの言うとおりだ。最後の最後まで、俺達は向き合い続ける。この力は、その意見を通すための手段だ」
じっと、己の手を見つめてそう語る瀬川。
三年目、かつて集落に住まう人々を魔物から救うことの出来なかった手を。
かつて、仲間であった森本を救えなかった、血に塗れた手を。
ずっと、配信を介して剣を振るい続けたその手を。
強く、握り拳を作る。
大きく深呼吸を繰り返し、その先に居る視聴者を見つめるようにドローンのカメラを見据えた。
「悪い。もう迷わない、なんて大それた事は言えないし、きっと同じ言葉を繰り返すかも知れないけど。今は、やれるだけやってみる」
瀬川は、今の自分に出来る覚悟の言葉を誓った。
その時だった。
『相も変わらず気持ち悪いくらい希望を語るんだねー、ねえ?勇者様?あはっ♪』
開いた窓から、漆黒のドローンがフワリと空を泳ぎ入ってきたのは。
「……」
「……」
「……」
しかし、勇者一行は警戒こそすれど、どう反応するべきか困惑した表情を浮かべる。
「……あっ、こんにちは」
青菜だけは律儀に会釈した。
その勇者一行の反応の意味を図りかねた漆黒のドローンのスピーカーから、困惑した声音が響く。
『……ねえ。反応薄くない?いきなりの悪役の登場だよ?もう少し緊張感というものを持とうね?』
「キャラ作り、疲れない?」
『……は?』
一ノ瀬は同情するような目線を、その漆黒のドローンこと船出 道音に向けた。
それから、キョロキョロとその漆黒のドローンは身体ごと忙しなく左右に回転する。それから、そのカメラはじっと一ノ瀬の方に向けられた。
『……なーんの話、かなっ。あはっ♪もしかして、いきなり私が現れたことに対して、情報が処理できなくて困惑してる?そうだよねーっ?』
「……お前さ、クウリの配信見てねえの?」
『え、何それ』
船出はついにキャラ作りも忘れ、素の口調で反応を示す。
いくら敵と言えど、あまりに気の毒な話ではあった。青菜はそんな漆黒のドローンに向けて挨拶する。
「えーっと、初めまして。僕がクウリです」
『あ、うん。ご丁寧にどうも。知ってる』
「雨天ちゃん、君のこと褒めてたよ。高校時代のバイトの経験を交えて、第一印象がどれだけ大切か丁寧に教えてくれたって」
それは、せめてもの青菜なりのフォローのつもりだった。
しかし、傍から見れば追い打ちを掛けたようにしか映らない。
『……』
船出は思わず黙りこくった。それから、ぷるぷると感情を表すようにドローンに備え付けられたプロペラが激しく回り始める。
「クウリ、その話は止めてあげて」
「え?」
一ノ瀬は青菜に耳打ちするが、彼は意図が理解できていないようで首を傾げる。
「だって良いことしてるんでしょ?そこはちゃんと評価されるべきポイントだと思うんだけど」
「うるさい黙れっ!」
「いだっ」
いつの間にか人の姿になっていた船出。彼女は思いっきり青菜の頭をスナップのきいた手で叩いた。
その動きに連なって、長い黒髪と漆黒のワンピースがフワリと揺れる。
「おい、船出。お前一体何しに来たんだよ。つーかストー兄ちゃんはどうしたんだよ」
瀬川は敵意の籠もった瞳で船出を睨む。
その目線に気付いた船出は困ったようにため息を付く。
「ストーなら留守番させてるよ。別に今日は戦うために来たわけじゃ無いし」
船出はそこで言葉を切って、頭を抱えて言葉を続けた。
「戦うことを躊躇う勇者ご一行に激励の言葉をと思って来たのに。この仕打ちは何?」
「いや俺らのせいじゃねえよ」
「みーちゃん、総合病院ダンジョン以来だね。久しぶり、ご飯食べてる?ちゃんと寝てる?」
「高校の時にダイエットのために食事削ってたゆきっちには言われたくない!!……ってかそうじゃなくてさー……」
既に以前のような悪役の雰囲気を醸し出すことは出来ず、船出は項垂れて座り込んだ。
[良かったな、敵側の理解者増えたぞ]
[なんか違うだろ]
[同一人物か?これがあの総合病院ダンジョンで散々やらかしたやつと]
コメント欄も明らかに困惑の色を滲ませる。
「……あはは……」
前園はそのコメント欄を眺め、密かに引きつった笑いを漏らした。
To Be Continued……
【開放スキル一覧】
・セイレイ:
青:五秒間跳躍力倍加
緑:自動回復
黄:雷纏
・ホズミ
青:煙幕
緑:障壁展開
・noise
青:影移動
緑:金色の盾
・クウリ
青:浮遊
緑:衝風




