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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
④水族館ダンジョン編
105/322

【第五十一話(1)】ホログラムが映し出す歪な世界(前編)

再び静寂漂う世界へと姿を変えたダンジョン。セイレイ達は、互いに目配せを交わす。

それから、意見は合致しセイレイが主体となって提案した。

「ひとまず、このダンジョンから出よう」

セイレイのその言葉に一同は頷く。それから周囲の安全を確認し、ホームセンターダンジョンを後にした。


--当配信は終了しました。アーカイブから動画再生が可能です。--


★★★☆


ダンジョンを出た彼らを迎え入れるのは、ホログラムが映し出すかつての人々の姿だ。

その姿をどこか遠巻きに見ながら、青菜は複雑な表情で俯いた。

「……あの、水萌ちゃん?……は、僕の記憶を取り戻す方法を知っているみたいだった……でも。それは……」

葛藤の消えない青菜の肩を、前園は優しく叩く。

「青菜君は集落のことが気になるもんね。無理強いはしない」

「……うん」

そこで言葉を切って、前園は会話を終わらせるべきか逡巡を見せる。だが、やはり聞かずにはいられないといった様子で言葉を続けた。

「でも……青菜君。君自身はどうしたいの?記憶を取り戻すこと、今の生活を続けること、どっちを優先したいの?」

「そ、それは……っ」

青菜はその言葉に顔を上げて、言葉の続きを待つように前園の顔を見た。

しかし、話の続きは前園ではなく瀬川から語られる。青菜の視界に入るように前園の隣に立った瀬川は、真剣な表情をして言葉を重ねた。

「空莉。記憶を取り戻すこと、気付くことが必ずしも幸せだとは限らない。俺だって、気づかなけりゃ……くそっ」

目を伏せて、瀬川は苦虫を噛み潰したように歯を食いしばる。

無邪気なままで、無知なままでいることが出来たのなら瀬川の人格は歪むことはなかった。己の後悔と、愚かさが再び瀬川の心を蝕む。

その胸中を察してか、一ノ瀬は優しく瀬川の頭を撫でた。

「……そう、そうだね。強くなるためには、辛く、苦しいこととも沢山向き合わなくちゃいけない。だから、私達が確認しているのは青菜君が苦しむ覚悟があるかどうか、かな」

「苦しむ覚悟?」

「うん。私達の力の源、スパチャブーストは私達の気付きに伴って、より大きな力を得ることが出来る」

そう言って、一ノ瀬は自身の左手を見つめる。先ほど、”金色の盾”を開花させ、実際に左手に盾として顕現したその左手を。

「”辛い現実でも逃げずに受け止めること”が顕現した姿があの”金色の盾”だった……。つまり、私達が気付けば気付くほど、より大きな力を得ることが出来るんだ。その為には、どれだけ苦しい現実でも、どれだけ辛い真実でも、向き合って戦うしかないんだ」

一ノ瀬の言葉に、瀬川と前園は示し合わせたようにこくりと強く頷いた。

「……そうだな。俺達はもう後に引くことが出来ない。皆で一緒に悩んで、苦しんで……それでも、一緒に支え合って進む。共に乗り越えるって決めたんだ……」

そこで言葉を切って、再び瀬川はじっと青菜の方を見る。

「本音を言えば、俺は空莉に一緒に来て欲しいと思う」

「……セーちゃん……」

「当然、お前にもお前なりの事情があることも分かる。守りたい場所があるのは、俺も、空莉も。あの雨天とかいうやつだって同じなんだろう……皆、それぞれが守りたい価値観……言い換えれば、”世界”があるんだ」

周りを見渡せば、ホログラムが映し出す人々は自身の生活に寄り添った商品を手に取って悩んでいる姿が映る。

きっと、魔災前の世界を生きた人々もそれぞれが守りたい、維持したい世界があったのだろうと瀬川は改めて実感した。

過去に思いを馳せた瀬川は、そんな思いを振り切るように首を横に振った。

「そんな世界を持つ奴らと、俺らは戦わなくちゃいけない」

そこで言葉を切った瀬川。続く言葉を選ぶように、しばらく俯いてから再び語り掛ける。

「……少なくとも、空莉と俺らが守りたい世界は似通っていると思う。だから……一度、考えてほしい」

「……」

青菜は思わずその言葉に目を泳がせた。

自分を大切にしてくれる人達がいる。集落の中で、自分を愛してくれている人が居る。だから、青菜は自分の持てる能力を持って、人々の生活をより幸せにできるようにとダンジョン配信を駆使して戦ってきた。

そして、その能力は勇者一行に認められ、今こうしてスカウトを受けている。

本来であれば、光栄なことであり自身の努力が認められているとも言えるだろう。

だが——、それは同時に、自身の今いる場所。今いる生活を諦めるという事でもある。


青菜は静かに、陰りを見せた顔で首を横に振った。

「……ごめん。すぐには決められない、考えさせて……」

「や、悪い。お前の事情も考えず……」

そこで、瀬川は自身の言葉が青菜にとって重荷になっていることに気づき、慌てて頭を下げた。


前園はぐるりと周囲のホログラムが映し出す景色を見やりながら、話を切り替える。

「とりあえず、当初の目的だけ果たそうよ。私達が最初にバカ二人を付けてきた理由はこっちだし、ね、一ノ瀬さん」

突如話を振られた一ノ瀬は、「あっ!」と完全に忘れていたようで目を丸くした。

「そ、そうだよ。セイレイが加わったところで持って帰れる量ってそんなに増えないでしょ?ほら、これがいるんじゃない?」

そう言って慌てて腰に巻いていた”ふくろ”を見せつけるように紐を外して持ち上げた。

だが、そんな一ノ瀬に対して前園は冷めた目線を送る。

「……一ノ瀬さん、忘れてたよね……?」

「あはっ、あはは……」

引きつった笑いを浮かべながら、一ノ瀬はそそくさと魔石を取り出して青菜の元へと駆け寄った。

「青菜君、ほら、何を持って行ったらいいの?」

思考の切り替えが出来ていない青菜は、その一ノ瀬の声に手をバタバタとさせる。

「えっ、あっ、あー……メモ!ある!!あ、それとこの斧も片付けてもらおうかな、邪魔だし!?」

「あ、そ、そうなんだ!分かったっ」

青菜も一ノ瀬も、ばたばたと落ち着かないやり取りを繰り返す。その様を瀬川は遠巻きに見やりながら、ため息を吐いた。

「グダグダ……」

「セイレイ君、帰ったら作戦会議を始めるから意見纏めておいてね」

「何でお前が仕切ってんだよ……」

いつの間にか、前園に逆らうことが出来なくなっていた瀬川は、げんなりとしてため息をついた。


----


再び、桜の樹根がアスファルトを蝕む山道を上りながら、ふと思い立ったように瀬川は一ノ瀬に語り掛ける。

「なあ。姉ちゃん」

「うん?」

「そういや、あの雨天とかいうチビ。船出と同じドローンの姿をしてたよな」

「あー。うん、それがどうしたの?」

そこで、瀬川はずっと抱いていた疑問をぶつける。

「姉ちゃんの一つ下ってことは、船出は今二十六歳なはずだ。でも、総合病院ダンジョンで出会った船出の姿はそんな大人には見えなかった。もしかして、あのドローンが映す姿ってのは魔災前の年齢の姿のまま止まっているのか?だとしたら……」

瀬川が思い出すのは、総合病院ダンジョン内で漆黒のドローから描くホログラムによって映し出された、長いストレートの黒髪に漆黒のワンピースに身を包んだ少女の姿だ。

その言葉に、一ノ瀬はハッとした様子で顎に手を当てる。

「……本当だ。だとしたら、あの雨天ちゃんも、本当ならそれなりの年齢の大人……ということになるよね?」

一ノ瀬が返した言葉に、瀬川は感心したように目を丸くした。

「さすが、話が早くて助かる。でも、船出もそうだが年相応の態度とは思えねーよな」

「……容赦のない言い方だけど、そうだね」

「一回殺されかけてるからな。そもそも、あいつら……あのドローンは何なんだ?いきなり四天王って言われた、みたいなことを言ってたが」

「うーん……」

一ノ瀬は腕を組み、首を傾げた。

今ある情報ではなかなか答えにたどり着けず、一ノ瀬は頭を悩ませる。

そんな中、前園は口を挟んだ。

「恐らく、四天王って呼び方自体は、魔王セージがこの世界に生まれてから決まったものだと思う。そして、あの姿はやっぱり、あの人達だけ他人とは大きく違う姿をしているのが関係しているのかな?と」

「……どういうこと?」

一ノ瀬は前園の言葉の意図を掴むことが出来ず、続く言葉を促した。

前園はこくりと頷き、さらに自身の見解を続ける。

「周りと違う姿。周りに理解されない境遇。社会から隔離されて、自分の抱えた苦しみを理解されなくて。他人とすり合わせることもできず、自分の世界に閉じ籠って。その想いがドローンっていう殻を作り出したんじゃないかな」

「自分の世界に……」

青菜はその言葉にどこか自分にも当てはまるものを感じたようで、小さくその単語を反芻した。

前園は、アスファルトを大きく穿った樹根の樹皮を撫でつつ話を続ける。

「配信外の話だけどね。前に、魔素は居場所に対する強い想いじゃないかなって話したことがあるの。現実から逃れたい。自分の居場所に閉じこもりたいって思いがやがて魔物を生み出すんだと思ってる。それと同じで、雨天ちゃんと言い、船出さんといい。自分の世界に閉じこもってしまってるのかな、って……きっと、ストーさんも……」

自信の意見を重ねるうち、ふと前園は船出に改造されたストーのことを思い出す。人としての姿を失い、全身をパワードスーツに身を包んだ操り人形と化した須藤 來夢のことを。

総合病院ダンジョン以来、船出達の姿は見ていない。それでも、一番最初に共にダンジョンに入った須藤のことを瀬川も前園も、一ノ瀬も忘れることはできなかった。

山の麓からパノラマを見下ろしながら、前園は寂しそうな表情を浮かべた。

「生きてきた世界が違うから、私達はぶつかり合う。雨天ちゃんも、倫理観が抜けていること以外は普通の女の子だった、けど」

前園の言葉に、一ノ瀬は自身の言葉を重ねる。

「分かり合えないと思ってしまったら、もう戦うしかないんだと思う。そこにあるのは、私達の価値観のぶつかり合いでしかない」

思い起こされるのは、雨天が語った言葉。


——私の世界は邪魔させないもん、魔王を倒しちゃったら、ホログラムが消えちゃうんだよ!?私の世界が消されちゃうもん!!

そう、彼女は強く訴えていた。


蒼のドローン、雨天 水萌の言葉を思い出した瀬川は静かに空を仰ぐ。

「でも、間違っているものは間違っていると言わなきゃいけないからな。ホログラムが映し出す偽物の世界に、ずっと閉じこもり続けるのが正しい世界とは思えない」

「……やっぱり、現実は残酷だね。誰かと戦うってことは、誰かの世界を奪うってことなんだ」

瀬川の言葉に、前園は思わず目を伏せる。


「……僕の世界……僕が、守り通したい世界は……」

青菜は、彼らの話を聞きながら自分がこれからどうするべきか考えていた。

ふと、青菜は魔王が生み出した、桜の木々が蝕む景色を見下ろす。桃色の花吹雪が舞い上がる景色は、いつもであれば美しいと思えるはずだった。

だが、こう何度も見せつけられると辟易としてくるものである。

それと同時に思い起こされるのは、ダンジョン化した施設の中に存在する常に起動している追憶のホログラム。

魔災以前の景色を呼び起こすそのホログラムの中に魔石を重ねると、そのホログラムは実体化する。現に青菜も、生活維持のためにホログラムを有効活用していた。

もし、魔王を倒せばすべてのホログラムは消えてしまうのだろう。そうなると、今までの生活を維持することは難しくなる。

「正しい世界……僕が守りたい世界。僕は……僕は……」

こんな世界が正しいはずがない。しかし、それと同時に正しくない世界を自身の生活の為に活用している自分がいる。

その狭間で、青菜は正しさを見失いつつあった。


To Be Continued……

【開放スキル一覧】

・セイレイ:

青:五秒間跳躍力倍加

緑:自動回復

黄:雷纏

・ホズミ

青:煙幕

緑:障壁展開

・noise

青:影移動

緑:金色の盾

・クウリ

青:浮遊

緑:衝風

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