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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
④水族館ダンジョン編
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【第四十九話(2)】過去との決別(後編)



「……盾、か。盗賊にはとても似合わないものだな」

noiseは思わず苦笑を漏らす。

「ガ、ガアアッ!!」

ふと、冷静さを取り戻したホブゴブリン。その魔物はすかさずnoise目掛けて棍棒を振り下ろす。

——だが、noiseは回避をしようともせずにじっと直立していた。

「姉ちゃんっ!?」

セイレイは困惑した様子で叫んだ。

その棍棒が振るう一撃が、noiseの脳天を叩き潰す刹那の瞬間。

「……とりあえず、私の話を聞け」

noiseが突き出した左腕に纏う盾が、容易にそのホブゴブリンの一撃を受け止める。

体重の乗った重みのある一撃。衝撃波が吹き(すさ)び、後ろにまとめ上げた彼女の長い栗色の髪を大きく揺らす。

だが、noiseは重みのある攻撃を受け止めてなお、悠然と姿勢を崩すことなく直立していた。

そのことに驚愕を隠せないホブゴブリンは警戒を強め、すかさず棍棒を盾から離そうとする。


「グガッ?」

——しかし、その棍棒はまるで接着剤で繋ぎ止められたかのように盾から離れない。

noiseは、じっと動揺し棍棒を引きはがそうとするホブゴブリンに向けて語り掛けた。

「なあ。強者で居続けなければならないというのは疲れるよな。その過程の中でどれだけのものを喪ったのか分からない。どれだけのものを諦めたのか分からない。ホブゴブリン。お前は一体何を諦めてきた?」

彼女の声は恐らくホブゴブリンには響いていないだろう。必死に盾に張り付いた棍棒を引きはがそうと、幾度となくそれを引っ張るがnoiseは微動だにしない。

その間にもnoiseは気にせずに語り続けた。

「私だってそうだよ。十年の月日を、強者であり続けることに費やした。するとな?徐々に『他人の時間を自分なんかに使わせるのは勿体ない』って思うようになっていくんだ。価値があるのは、自分自身が持つ能力だ。決して私自身に価値がある訳じゃない……って」

「……姉ちゃん」

noiseの独白に、セイレイはぽつりと彼女に呼びかける。

セイレイの脳裏を過ぎるのは、noiseが彼に向けて語った過去の話だ。

『——私が何をしようと勝手だろ、私がいなくてもいい、私なんてどうでもいい』

そう彼女は涙交じりの声で語っていた。自分自身に価値なんてない、自分自身の能力だけが全てで、決して自分が求められているわけではない。そう彼女はずっと思っていたのだろう。

——だからこそ、見せかけであり続けた。中身を隠し続けていたのだろう。


「……クウリ君。今です」

「……あっ」

その隙だらけのホブゴブリンに気づいたクウリはハッとして、ホブゴブリンの背後を縫うように駆け出した。


「……でも、今は皆がいる。私を信じて、一緒に居てくれる皆がいる。だからこそ、私は誓うよ。盗賊として——私は、お前達の大切な時間を、ほんの少しだけ盗ませてほしい」

その言葉を発した、次の瞬間だった。

noiseが持つ金色の盾から、目映(まばゆ)い光の螺旋が放出する。まるで無限の触手を彷彿とさせるその光の(つた)は、瞬く間にホブゴブリンの全身に巻きついていく。

「グガッ、ガアァッ!?」

ホブゴブリンは悲鳴を上げながら、身を(よじ)る。しかし、その頑強な肉体をもってしても、その強固に結びついた光の蔦を解くことはできなかった。

もう、決着はついたも同然だ。

「……終幕だ」

noiseはちらりと、ホブゴブリンの背後に立つクウリに視線を送る。

その両手に握られているのは、小柄な体躯の彼には似合わない巨大な大鎌だ。

「これがっ!!僕、いや、僕達のLive配信——だぁああっっ!!」

クウリがそう叫ぶのに連なって、藍色の髪を留めるヘアピンが淡い緑色に光る。その勢いに任せるようにして、クウリは勢いよくその大鎌を振り下ろした。

「グ……ガ……」

鋭い斬撃は、瞬く間にホブゴブリンの身体を二つに分ける。

ホブゴブリンは恨めしそうに、しかしどこか賞賛の籠った瞳でnoiseを見下ろす。だが、それも刹那のこと。

瞬く間に、その全身は灰燼と消えた。


地面に、赤色の魔石が転がる。片手大の、龍の瞳のような大型の魔石をnoiseは静かに拾い上げる。

既に左手に纏っていた盾は光の粒子となって虚空へと消えていた。noiseは空に還る光の粒子を見送り、ぽつりと呟く。

「……私一人なら、気づけなかった。私は、もう一人じゃないんだ」

胸の奥を握りしめるように、noiseは手に持った魔石を胸元に抱き寄せる。静かに目を閉じて、感謝の念をどこにともなく送った。


----


「”僕達のLive配信”?」

ホズミは、クウリが最後に言い放った言葉を反芻する。その言葉にクウリは「あっ」とばつが悪そうに穂澄から目を逸らした。

「いつも私達の配信を観てくれてありがとうねぇー、クウリ君」

「い、いやー……あはは……あっ、それよりもほら。消えた、消えたよっ。鎌」

話題から話を逸らすようにクウリは大鎌から手を放す。すると、その大鎌は光の粒子となりその姿を大気へと溶かしていく。

だが、ホズミは楽しそうに意地悪な笑みを浮かべ、話題の本筋から話を逸らすことを許さない。

「ただ、あの配信……というかもう配信ですらないんだけど。あのやり方は何ー?何でスマホを入り口前に置いて行ってるのかなー?」

そう言ってホズミは自身のポケットからクウリが置いて行ったスマホを取り出した。クウリに見せつけるように、スマホをひらひらと揺らす。

「あっ、ああっ!?」

クウリは慌ててホズミの手からスマホを奪い取る。

「なな、なんでホズちゃんが持ってるの!?ポケットから落ちたら危ないから置いて行ったのに!?」

「……お馬鹿。スキル目的で配信を開いているのは分かるけど、色々と論外だよ。ね、セ・イ・レ・イ・君?」

次に、ホズミは柔らかな笑みを浮かべながらセイレイの方に視線を送る。

「……あー……そうだな」

だが、彼も彼できまりが悪そうな顔で目線を明後日の方へと逸らす。だが、ホズミはにこにこと笑顔を崩さないまま、セイレイの両頬に手を添えた。

そして、しらを切るのを許すまいと、勢いよくセイレイの首を正面へと回す。

「noiseさんも言ってたよね?君一人で配信が成立する訳じゃないって。何で端末放置してダンジョンに入ってるのかな?学習能力ゼロですかー?勉強してるんじゃなかったんですかー?零から生きてるのは貴方の頭の中もですかー?」

「……すまん」

ニコニコと容赦ない罵声を浴びせるホズミに敵わないと、セイレイは謝罪するよりほかなかった。

それから、セイレイはホズミが自身に添えた手をそっと外す。

続いて、もう一度ホズミとnoiseに向けて頭を下げた。

「……いや、もっとだ。ホズミと姉ちゃんに謝らなきゃと思ってた。俺のわがままで、二人に余計な心配をかけた。本当に、迷惑をかけて悪かった。後悔を取り戻そうとして先走ってた」

「……えっ、え」

思った以上に真摯な反省の言葉が贈られたことに、とっさにホズミは反応できず戸惑いの様子を見せる。

だが、noiseは穏やかな笑みを浮かべながらセイレイに近づいた。

「……セイレイ」

「ん?」

noiseはゆっくりとセイレイに手を伸ばす。

そして。


「あだっ」

思いっきり、セイレイの額にデコピンを喰らわせた。

想定外の攻撃によろけたセイレイに向けて、noiseは語り掛ける。

「ほんっとうにセイレイは強情だよね。セキュリティ万全の巨大な屋敷みたいに、簡単に心の鍵を盗ませてくれないんだ」

「……例えが分かりにくい」

セイレイは苦笑を漏らしながら言葉を返す。だが、noiseはそんなことは関係ないと言わんばかりに話を続けた。

「でも、君はようやくまた、心を開いてくれた。待ってたよ、勇者セイレイ」

「……待たせた。本当に」

「……また、私に君の時間を盗ませてくれる?」

そう言いながら、noiseは柔らかに微笑む。その金色に輝くような目映い笑みに、瀬川は思わず目を優しく細める。

「……ああ。俺達、勇者一行は一蓮托生だ。この戦いが終わる日まで、配信を続けよう」

「うん、そうだね。私は君のお姉ちゃんだから。きっとセイレイの望んだ配信とは違ったかもしれないけど、一緒に進むんだ」


意見のまとまった二人の間に、クウリはおずおずと割って入った。

「……あのさ、ちょっといいかな。このコメント欄を見てほしいんだけど……」

どこか委縮気味のクウリ。その彼の様子に、何か異変が起きたことを察したセイレイはすかさずその画面をのぞき込む。


[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]

[クウリ:浮遊]

[ホズミ:炎弾]

[information

noise:スパチャブースト”緑”を獲得しました

緑:金色の盾]

[noise:金色の盾]

[これ、もしかして勇者達参加してるのか?]

[スキル名も完全にセイレイ達のと同じだよな 1000円]

[見つけたやつGJ 1000円]

[クウリって誰だ?]

[セイレイ達と戦ってるってことは、新しいメンバーなのか? 1000円]


「げ、バレてる」

セイレイはそのコメントログに引きつった笑みを浮かべた。その声が視聴者に届いたのか、返答のコメントが送られる。

[おいセイレイ。心配してたんだぞ。説明しろ]

[そうだそうだ]

「あ、あー……本当にすまん……」

責め立てるようなコメントに、セイレイはたどたどしくも謝罪することしかできなかった。

ホズミも困ったような笑みを浮かべる。

「皆の情報共有能力、さすがだねー……クウリ君。関係ないのに巻き込んでごめん」

そう言って、ホズミは大人しくクウリに頭を下げた。まさか、自身の配信がこれほどインターネット上で共有されると思っていなかったのか、クウリは首を横に振りながらも戸惑いの声を上げる。

「あは、あはは……本当に、セーちゃん達って有名人なんだねー……」

「俺も、俺達の存在が与える影響のことまで考えてなかったよ。本当にクウリの言うとおりだったな」

「?」

クウリは自分の言ったことを覚えていないのか首を傾げる。天然ともとれる彼の反応にセイレイは思わず苦笑を漏らしながらも、言葉を続けた。

「俺の行動が皆に反応を与えて、皆の行動が俺に反応を与えてる、だろ?クウリの配信に俺らが参加してるのを気づいたのだって、その反応が辿った結果だろ」

[ようわからんけど、そうなのか?]

[とりあえずセイレイ。お前はもう大丈夫なのか?戦えるのか?]

[無理すんなよ]

視聴者が送るコメントはセイレイを気遣うコメントであふれていた。その温かい言葉にセイレイは思わず笑みが零れる。

「や、本当に心配をかけて悪かった。俺さ、こいつ——クウリの言葉に助けられたんだよ。まあその恩返しもあって、配信を手伝っていたんだ」

[調子が戻ったみたいで何より]

[てかさ。そのクウリ?か。勇者パーティの新規メンバーなのか?]

[実際にセイレイ達と戦えるスペックはある時点ですげーと思うが……]

「え、あ、僕?」

話題の中心がクウリに向けられ、彼は思わず動揺の声を上げる。それから、ホズミにスマホを手渡した。

「ホズちゃん、僕を撮影して?」

「ん、うん?うん」

ホズミは唐突なクウリの依頼に困惑しながらもそれを了承。スマホのカメラをクウリに向ける。

すると、クウリの中性的な姿が配信を介して映し出される。


[女の子?]

[いや、君って言ってたから男だと思うけど……確かに可愛らしい見た目だよな]

[分かる]


コメント欄にそのような感想が流れていることなど知らないクウリは、そのまま深々と頭を下げた。

「……初めまして。僕はクウリと言います。セーちゃんの幼馴染です」

[幼馴染?ホズミちゃんとは知り合いなの?]

「あっ、いえ。私とクウリ君は面識がないです。彼は魔災より前にセイレイと仲が良かったみたいで」

コメント欄から飛び交う質問に、ホズミは回答する。

「……?」

コメント欄を確認できないクウリは首を傾げた。

だが、クウリは首を横に振った後言葉を続ける。

「勇者パーティの新規メンバー……とかは正直、今のところ考えてないです。僕は、お世話になっている集落を助けることで精いっぱいなので……」

「……そうか……」

その言葉に真っ先に反応したのは、セイレイだった。彼は本心から残念そうな声音で呟く。

明らかに凹んでいるセイレイの姿を見たクウリは慌てて首を横に振る。

「ほ、本当にごめんねセーちゃん!?僕だって皆のチカラになれるならって思うけど、僕が居なくなったら集落は誰が守るんだろう……ってどうしても、ね」

その言葉に、似たような境遇にある視聴者のコメントが流れる。


[気持ちは分かる]

[確かに、魔王を倒して世界を取り戻すことも大切だけどさ。生活のこと考えたら余裕ないよな]

[どっちも大切だから難しい問題ではある]


どちらかというと、コメント欄の勢いはクウリ側に優勢に見える。

実際、ホログラムの実体化という配信者特権を持つ勇者一行の状況というのは、視聴者に見えず共感しづらいものがあるのだろう。

そんな時だった。


『だめだよぅ。そんなこと、コメント欄が許しても私が許さないようー』

そんな気の抜けたあどけない少女の声が、ホームセンターの奥から響く。


「なんだっ!?」

明らかな異変に、セイレイはすかさずファルシオンを顕現させ身構えた。

彼に見習うようにして、勇者一行は各々の得物を握り身構える。


勇者一行の視界に突如として現れたのは、蒼のドローンだった。

ふわふわと空を泳ぐようにして、透き通る海を思わせる蒼色のドローンがセイレイ達の眼前に現れる。

「そのドローンは……!」

noiseの目が、より一層警戒の色に染まる。

色こそ全く異なるが、その形状は船出 道音の漆黒のドローンと全く同じ形状をしていた。


To Be Continued……

【開放スキル一覧】

・セイレイ:

青:五秒間跳躍力倍加

緑:自動回復

黄:雷纏

・ホズミ

青:煙幕

緑:障壁展開

・noise

青:影移動

緑:金色の盾

・クウリ

青:浮遊

緑:衝風

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