【第四十八話(2)】真っすぐな戦い(後編)
ひとたびドアを潜れば、そこは瞬く間に鬱蒼とした、どこか不穏な雰囲気の漂うダンジョンとなる。
瀬川はセイレイとして、青菜はクウリとしてかつてホームセンターとして機能していた施設の中を進む。
倒れ、重なった商品棚の物陰に隠れるようにして、二人は静かに物陰から顔だけを覗かせる。
「ギィ、ギィ……」
「……懐かしいな」
一匹のゴブリンが、辺りをウロウロしながら徘徊していた。その姿にセイレイは思わず懐かしさがこみ上げる。
同時に、そのゴブリンが一匹でうろつく様子には心当たりがあった。
かつて、陽動として騙し討ちを図ったゴブリンと同じだ。
セイレイは静かにファルシオンを顕現させ、姿勢を低くする。
「……セーちゃん?」
「まあ見てな」
その動作の意図を理解できずクウリは首を傾げた。だが、セイレイは短くそう言うと共に、ゴブリンの背後へと一気に駆け出す。
「ギッ——」
「黙ってろ」
喉元に深々と剣を突き立て、ゴブリンが声を出す前にその命の灯火を潰えさせる。瞬く間に灰燼と化していくゴブリンには目もくれず、セイレイは更に商品棚を飛び越えて駆け出した。
「今だ!行くぞクウリ!!」
「あっ、うん!?」
一人で突っ走るセイレイにクウリは反応が遅れ、戸惑いながらも彼の後ろ姿を追いかける。
迅雷の如く駆け抜けるセイレイは、流れるような動きでファルシオンを振るう。その剣の軌跡の先に舞い上がるゴブリンだった灰燼。
「もう、お前らなんか敵じゃねえっ!!」
「……え、すご……っ」
クウリは思わず呆気にとられた。幼い頃に無邪気にはしゃぎ回っていた彼と、今の鬼気迫る表情で戦う彼が同一人物には見えない。
「——今はそんなこと考えてる場合じゃないか」
そう思い直し、クウリも右手の斧の感覚を確かめながらセイレイに続く。
セイレイはゴブリンの群れに囲まれながらも、怯むことなくその剣戟を掻い潜る。
しかし、クウリは商品棚と瓦礫の間に隠れる弓兵ゴブリンの姿を発見した。既に弓は弾き絞られており、その鏃の先端はセイレイに向けられている。
それに気づいた瞬間、クウリは駆け出し、すかさず宣告していた。
「スパチャブースト”青”っ!!」
クウリの宣告と、ゴブリンが放つ矢がセイレイに襲い掛かるのはほぼ同時だった。寸前のところでセイレイに矢が刺さることなく、空中で停滞する。
それに気づいたセイレイが、にやりとクウリの方に視線を送り笑った。
「ははっ、ファインプレーだ」
「そりゃ良かったよ。背中は任せて」
クウリはセイレイと背中合わせになるように立つ。二人を囲うのは、緑のゴブリンの群れだ。
今は、ドローンスキルも、コメント欄も機能しない。配信という形は取っているが、今彼らの雄姿を捉えるものは何もない。
セイレイはファルシオンを持った右腕を後ろに引く。
クウリは手首に麻紐で括り付けた斧を強く握り、真正面に構える。
張り詰めた、重苦しい空気が世界を覆う。その一歩、その微かな額の汗、その手に持った得物を握る手に籠る力でさえも、見逃しはしまいとばかりに二人は真っすぐに正面を見据える。
糸が千切れるような刹那の瞬間。二人は示し合わせるでもなく同時に宣告した。
「「スパチャブースト”青”!!」」
セイレイの両脚を、淡く、青い光が纏う。
クウリが宣告と同時に投げた、石礫が空中で停滞する。
「ぜあああああああっ!!」
青い稲妻の如き一閃が、瞬く間にゴブリンの群れを切り裂く。勇者が通った先には、もはや灰燼しか残っていなかった。
灰燼を振り払いながら、セイレイはちらりとクウリに視線を送る。
「そっちは大丈夫か!?」
「だいじょう、ぶっ!」
クウリは空中に停滞する石礫の隣に立って、次から次に襲い掛かるゴブリンを斧で切り払う。
近接戦闘に気を取られているクウリを狙い撃ちするべく、弓兵ゴブリンはすかさず弓を弾き絞る。
だが、クウリは事前にそれを察知していた。
「見えてるよっ」
ゴブリンの矢が放たれる直前、クウリは素早く石礫の後ろに姿を隠す。空気を穿ちながらクウリを撃ち抜こうとしたその矢は、容易く空中に停滞する石礫に弾かれた。
「ギッ!?」
まさか矢を防がれると思っていなかったのか、弓兵ゴブリンの表情は驚きに変わる。クウリは楽しそうにくすりと笑った後、空中に停滞する石礫のうちの一つを手に取った。
「よっと」
それを素早く弓兵ゴブリンの元へと投擲する。
頭部にモロに石礫を喰らった弓兵ゴブリンは瞬く間に体勢を崩す。それを逃すまいとクウリは近くにいたゴブリンの喉元を切り払い、駆け出した。
瓦礫を飛び越え、商品棚を乗り越え、高く跳躍したクウリはその位置エネルギーを存分に活用して体重の乗った一撃を弓兵ゴブリンに叩き込む。
「せぇのっ」
気の抜けた掛け声とともに振り下ろされたその天地貫く一撃に、瞬く間にゴブリンの姿は灰燼と消えた。
クウリはそれからちらりとセイレイの方に視線を送る。
「セーちゃん、終わったー?」
「ああ。しかしクウリ……お前なかなかやるな」
「セーちゃんこそ」
灰燼の舞い上がる中。
二人は笑みを交わしながら、お互いに拳をぶつけ合った。
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魔石の回収を終えたクウリ。そんな彼をちらりと見やりながら、セイレイは問いかけた。
「なあ。目的のものは回収できたけど、進むのか?戻るのか?」
うーん、とクウリは顎に手を当てて物思いに耽る。それから、ちらりと瓦礫に塞がれ迷路と化した通路の奥へと視線を送った。
「一人なら攻略できないところだし。どうせならちょっとだけ進んでみるかなあ」
「そう言うと思ってたよ」
苦笑を漏らしながら、セイレイはクウリの言葉に従う。
それから、瓦礫の奥に視線を送ったセイレイは真面目な表情を作って語る。
「ただ、経験則から言えば最深部に近づくにつれて敵が強くなる。ホームセンターつっても結構でかい施設だから、油断は出来ねーかもな」
「そっかぁ。ま、そこは勇者様に従うよ」
クウリはくすっと微笑んで、それからこくりと頷いた。
先行するように、セイレイは瓦礫を飛び越え、商品棚の隙間から奥の様子を伺う。
すると、彼の表情はより一層険しいものとなった。
「……悪いことは言わねえ。引き返した方が良い」
セイレイはすたりと瓦礫から飛び降りて着地した後、クウリの肩をポンと叩いてそう忠告した。
だが、クウリは言葉の意図を図りかねているようで首を傾げる。
「いきなり、どうしたの?」
「それは——」
セイレイがそのクウリの質問に答えようとした時だった。
大きく、瓦礫が弾け飛ぶ音がした。それと共に舞い上がる土煙。
轟音がホームセンター内に響き、舞い上がった瓦礫の一部は天井を、壁を突き破る。
突き抜けた天井から差し込む日差しが二人を照らす。
幸いにも二人の頭上にそれらの瓦礫は降り注ぐことはなかったが、彼らの表情は緊張に包まれていた。
「——っ!?」
セイレイは再びその手にファルシオンを顕現させて身構える。
「なっ、何!?」
クウリはその状況について行くことが出来ず、おろおろしながら右手の斧を正面に構える。
セイレイは冷や汗を額に垂らしながら、ぽつりと呟いた。
「はっ、久しぶりだな……?家電量販店ダンジョン以来かよ……」
皮肉ぶった笑みと共に、セイレイはそう土煙の奥に佇む相手に語り掛ける。だが、その表情から緊張を隠すことができない。
舞い上がった土煙の中、響く足音と共に姿を現したのは巨大な体躯。
全身にギラギラと悪趣味な宝石を身に纏った、筋肉隆々のガタイの良い緑色の身体。その右手に握られているのは、装飾の無い、無骨な色合いの棍棒だ。
——セイレイ達が、最初にダンジョン配信を行った際に邂逅したダンジョンボス。ホブゴブリンと、セイレイは感動の再会を果たす。
ファルシオンを正面に構え、ホブゴブリンの方を見据えながらセイレイはクウリに語り掛ける。
「こいつは手強い。……クウリはとっとと引き返せ」
その問いかけに、クウリは強く首を横に振った。
「セーちゃんをほったらかしで行けるわけないじゃん。僕だってダンジョン配信者だ、戦えるよ」
「……すまねえな」
一歩、また一歩とホブゴブリンは大きな足音を立てながら、その存在を二人にこれでもかと言わんばかりにアピールする。
二人で戦う分には、勝算があるかさえ怪しい。
——二人で戦う分に、であれば。
「セイレイっ!!」
二人の背後から、女性の声が響く。凛とした、真っすぐに透き通るような声だ。
その声にセイレイとクウリは思わず振り向いた。その先に居たのは、noiseとホズミだった。
「馬鹿、お前ら!?何で来てんだっ!!」
「有紀姉、ホズちゃん!?何で!?」
二人は驚愕を隠すことが出来ず、女性陣に動揺しつつも問い詰める。
「話は後だ」
だが、noiseはぴしゃりとそう言い放ち、それから二人の前に立った。彼女は短剣を持った手を脱力した形で下ろす。しかし、その構えに一切の隙は伺えない。
「……リベンジマッチ、か」
静かにぽつりと呟くnoise。
ホズミは、セイレイとクウリの後ろで両手杖をしっかりと握って立った。
「セイレイ君、クウリ君。支援額は私達が入った時点で8000円だったのを確認してる。そして、二人が青スキルを計三回使ったから残りは6500円だと思う」
「……分かった。お前らの話は後で聞くとして、雷纏は使えねえんだな」
「うん。できる限り支援額の消耗は避けた方がいいと思う」
セイレイの今持つスキルの中で、必殺技ともいえるスパチャブースト”黄”である雷纏。それは一度の使用で20000円を使用する能力であるため、今回の戦いの中では使用することが出来ない。
そのことを理解したセイレイはこくりと頷いた。
セイレイは勇者として、パーティメンバーに作戦を伝える。
「極力、スキル使用は避けろ!ホズミは確実に当てることの出来るタイミングを見つけて魔法を放て!!」
「任せてっ」
ホズミはしっかりと両手杖を握って頷いた。
「まさか、つけてきた先でこんなことになるとはな」
noiseはため息を吐きながら、短剣を握り直して低く構えた。
「確か、動きが鈍い代わりに一撃が重いんだったよね……怖いなあ」
クウリはいざ対峙するとなって、やはり恐怖心が沸き起こったのか引きつった笑いを浮かべた。
足がすくみ、今にも地面にへたり込んでしまいそうなクウリの肩をセイレイは叩く。
「大丈夫だ。俺達がいる」
そう言って、にやりと楽しそうな笑みを浮かべるセイレイ。
——なんで、この期に及んで笑えるんだよ……。
クウリは、思わずそう思ってしまった。
けれど、そのセイレイの太陽にも似た笑みを見ていると、自然と心が落ち着く。
「……任せるよ」
大きく深呼吸し、再び斧を握り直す。
セイレイは悠然と立つホブゴブリンへとファルシオンを向け、アタリを取りながら叫ぶ。
「さあ!いつかのリベンジ戦だっ!!」
To Be Continued……




