【第四十八話(1)】真っすぐな戦い(前編)
「ま、後を付けるなとは言われてないからね」
一ノ瀬は優れた隠密技術を、こっそりと瀬川と青菜の後を追いかけることに遺憾なく発揮する。前園はそんなことに全力を注ぐ一ノ瀬の姿に呆れすら抱いていた。
「……何やってんだろ、私……そりゃ一ノ瀬さんに提案したのは私だけどさあ……」
おもわず全身からガスが抜けたかのように大きくため息が零れる。
「ふふっ、さあ見せてもらおっかなぁ。青菜君の配信っ」
「……悪趣味」
なんだかんだ、最年長なのに最も子供みたいな行動を繰り広げる一ノ瀬。
前園はふと、初めて配信に乱入した彼女の姿を思い出す。
「あのカッコいい一ノ瀬さんは何処に行ったんだろ……」
「……何か言った?」
「なんでもないっ」
多分一ノ瀬にはしっかり聞こえていただろうな。前園はそう思いながらも、そっぽを向いた。
★★★☆
ホームセンターの入り口前、屋外の商品展示場所では追憶のホログラムが起動している。
そのホログラムが映し出す映像は、かつてのホームセンターを訪れる人々。その他、山積みにされた園芸用品や、キャンプ用品などが並んでいる光景を映し出す。
青菜はメモ帳を開きながら、目的の物があるかどうかを確認していく。
「ホログラムにも時間帯によって変動があるみたいなんだよー。この前言ったら無くて凹んだ」
「へー」
愚痴の混じった青菜の言葉を、瀬川は興味なさそうに聞き流す。
あまりに不愛想な返事を返すものだから、青菜は少しむっと眉を顰める。
「へーって、もう少し何か反応返してくれてもいいんじゃないのー?」
「まあこんな遠出でもしなけりゃ意識することもないよな。じゃあついでに聞くけど、ホログラムっていつも同じ映像を映し出してるのか?」
思い立ったように瀬川が問うと、青菜は答えに窮したのかホログラムが映し出す映像にちらりと視線を送る。それから、こくりと頷いた。
「……自信はないけど。いつもこのホログラムが映す映像は同じだと思うよ?……NPC、みたいな?」
「ふーん……」
そう瀬川は関心とも無関心ともとれる返事を返しながら、ホログラムが映し出す住民に触れようと手を伸ばした。
しかし、案の定というかその手は住民をすり抜けた。
瀬川は手を戻し、そのホログラムをすり抜けた手をまじまじと見つめる。
「見えているのに触れないというのは奇妙な感覚だな」
「セーちゃんもそう思う?なんかさ、この場にずっといると何がホログラムで誰が本物の人なのか、感覚が狂いそうになるよ」
青菜はそう言いながら、瀬川の頬に手をあてがう。
「何だよ?」
意図の読めないその行動に、目を細めて瀬川は問いかける。
だが、その瀬川の反応に青菜は柔らかな笑みを零した。
「反応があってこそ、生きてるって思えるんだよね。大丈夫、セーちゃんはここにいるよっ」
「……唐突に、何の話だ?」
返答に戸惑う瀬川に向けて、青菜は更に言葉を続ける。
「セーちゃんの行動は、皆に反応を与えてる。でも、僕や皆の行動もセーちゃんに反応を与えてると思うの」
「皆の行動……」
「うんっ、セーちゃん見てると、勇者って何だろうってやっぱり考えちゃう。ただ希望の言葉を与えるだけじゃなくて、皆からの言葉をも受け取ってる。で、集まった言葉が力になって、また希望を生み出して……」
そう言葉を続けながら、青菜も瀬川の真似をするようにホログラムに手を伸ばした。
やはりというか、ホログラムが映し出す人々に青菜は触れることが出来ず、その手はするりとすり抜ける。
「セーちゃん……勇者は、誰よりも人間なんだと思う。誰よりも笑って、誰よりも泣いて。誰よりも怒って。誰よりも楽しんで。ただ強いから、じゃない」
奇しくも、青菜が語った勇者に対する考えは以前総合病院ダンジョンの攻略を終えた際、ディルが語った”配信者の素質”と似通ったものがあった。
その青菜の言葉は、後悔に蝕まれ、自身を見失いかけていた瀬川の心に染み渡る。
自身の胸元に手を当てながら、瀬川は彼の言葉を反芻した。
「誰よりも人間……。俺の行動が世界を滅茶苦茶にした原因なのに……こんなやつが、人間って言ってもいいのか……?」
「うん。そうやって沢山悩んで、苦しんで。辛い思い全部抱え込んで。それでも向き合おうとするセーちゃんは、勇者で、人間なんだよっ」
「……そっか」
少しだけ、その言葉に瀬川の心が軽くなった気がした。
自身の苦しみを取り除こうと対処をするのではなく、ただその苦しみを理解しようとしてくれること。その過程が大切だったのだと瀬川は実感する。
「……ありがとな。空莉」
「どういたしましてっ。僕は有紀姉とか、ホズちゃんみたいに賢くないから、正しいかは分からないけど……」
そう言って青菜はくすっと微笑む。それから、自身が持った斧に視線を送る。
「僕だってセーちゃんほどじゃないけど、集落の為に戦ってるからね。やっぱり行動の意味とは向き合わなきゃいけないんだ、考えなきゃって思うんだ」
「そうだな……そうだ」
大切なことを忘れていた。
自分の後悔を取り戻す為だけにダンジョン配信を続けようとした時に、姉ちゃんが言った言葉。
『君一人で配信が成立する訳じゃない』
……そうだ。
俺だけじゃなくて、配信の為にドローンを操作する人が居て。一緒に戦ってくれる人が居て。
そして、俺達勇者一行の為に、スパチャを送ってくれたり、気づいた情報を共有してくれる人が居て。
皆が、それぞれの立場で。それぞれの考えを持って向き合ってる。
もちろん、勇者は俺だけだ。それは変わらないのだろう。だけど、勇者一人だけが世界の為に戦っている訳じゃない。
青菜のように、集落を守る為に戦う人もいる。
それぞれが守りたい世界があるから、日々戦っているんだ。
「……空莉。作戦はあるか?」
「ん?」
突如話を切り出した瀬川の言葉を、青菜は聞き取ることが出来なかったようで聞き返す。
どこか気恥ずかしそうに頭を掻きむしった瀬川は、やや顔を伏せがちにもう一度言葉を続けた。
「あー……この配信のアカウント権限は俺じゃなくて空莉。お前だろ」
「ん。うん?」
言葉の意図を読み取ることが出来ず、青菜は曖昧な返事で頷く。
それから、瀬川の言葉の意味をゆっくりと咀嚼した青菜。ちらりと二度と動くことのない自動ドアに視線を送り、自身の考えを述べる。
「僕一人なら慎重に物陰に潜んで、各個撃破を狙う所だけど。今はセーちゃんがいるからね」
「……それで、どうするつもりだ?」
瀬川が青菜の言葉を促す。すると、青菜はいたずら染みた笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「セーちゃん。”正面突破”って言葉……嫌い?」
その提案に、瀬川は小さく「ぶっ」と吹き出した。それから、青菜に合わせてにやりと楽しそうな笑みを浮かべて賛同する。
「はっ、面白いこと言ってくれるじゃん。嫌いじゃないぜ、そういうの」
「決まりだね」
青菜はそう言いながら、ポケットからスマートフォンを取り出す。既にSympassは起動されており、コメント欄には集落の人々から受け取ったスパチャがコメント欄に反映されている。
[届いていますか 1000円]
[よろしくお願いします 1000円]
[頑張ってください。応援しています 1000円]
[任せました 1000円]
その文面を見ながら、青菜は不思議そうに首を傾げた。
「なんか、前の時よりちょっとだけ文章整ったような……」
青菜の呟きに、瀬川は小さく笑みを零し、それから彼の疑問に対する自分の見解を話す。
「穂澄がスマホ教室開いた効果だろ。あいつもなんだかんだ色々頑張ってたからな」
「あー、そういうことかぁ。あ、そうだ」
そこでふと思い出したように青菜は両手を叩こうとして——右手に斧を結んでいることに気づき、右手の甲を左手で叩いた。
瀬川はその青菜の行動に苦笑を漏らしながら、彼が発する言葉を待つ。
「セーちゃんのスキルは配信で見てるから知ってるけど。僕のスキルも言っとくね?」
「分かった、頼む」
真っすぐに青菜の目を見る瀬川に向けて、彼は自身のスパチャブーストについて説明を始めた。
「僕が持つスキルは、青が”浮遊”。これは物を浮かせることが出来るけど人は無理。そして、緑が”衝風”。僕の周りに思いっきり風が舞い上がって色んなものを吹き飛ばすことが出来るよ」
「浮遊と、衝風、だな。覚えておく」
「スマホは置いていくから、配信画面見れないし。……動いてポケットからスマホが飛んで行ったら悲しいからね」
「……飛ばしたことあるのか」
瀬川の冷静なツッコミに、青菜は遠い目をして陰りの帯びた表情で俯いた。
「ふふ……っ、実はこのスマホ。ホログラムでお客さんが持ってるスマホを実体化させたものです……二代目です……」
「他人の物かよ」
「うっ」
鋭いツッコミをかまされた青菜は言葉に詰まる。
それから、むきになったようで左手を突きあげながら叫んだ。
「あー、もうっ。こんな話別に関係ないでしょっ!?ほら、配信開始!!」
そう叫びながら勢いよくガラスドアをこじ開けた。ずかずかと拗ねた様子でホームセンター内に広がるダンジョンへと足を進める。
——スマホだけは律儀に棚の上に優しく置いて。
「……割と気にしてるんだな」
呆れてため息を漏らしながら、瀬川は青菜の後ろに続く。
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その二人の様子を、一ノ瀬と前園はこっそりと物陰から覗いていた。
前園は苦虫を噛み潰したように呟く。
「正面突破って……ほんっとにあのバカ二人は……」
「いかにも男同士の戦い方って感じだねー」
一ノ瀬はくすくすと声を殺して笑う。
だが、前園はじろりとそんな一ノ瀬を横目で睨んだ。
「笑ってる場合じゃないもん……一番最初の配信を思い出すよ……はあ」
初めてダンジョン配信を行った日。ダンジョンに巣食う魔物との戦い方を理解していなかった瀬川は瞬く間に魔物に襲われ、危うく死に至る所だったことを思い出す。
「ま、今のセイレイなら大丈夫だと思うけどね」
「……『立てよ勇者様』ってオチにならないといいけど痛っ、痛いっ!?」
前園がぽつりと呟いた言葉に、一ノ瀬は思わず彼女の脇腹を軽く小突いた。
「もうそれは忘れようよ!?ちょっと黒歴史なんだから」
一ノ瀬と瀬川が初めて配信内で出会った時の言葉を真似したその言葉。それに一ノ瀬は恥ずかしそうに耳を赤くした。
今となっては完全に垢抜けた一ノ瀬の様子に、前園は思わず笑みを零す。
「えへへっ……まあ、万が一の時は戦えるようにしなきゃっ」
「話をそらさないでよ……」
前園はその手に両手杖を顕現させ、一ノ瀬は腰に携えた短剣を静かに引き抜いた。
To Be Continued……