耐え切れ……ない……!
もとの青年の姿をした“神”とは全く異なる姿の怪物がそこにはいた。
全身は『カテドラル』の天井構造物でできているのか、石を無造作に積み重ねて手足がかたどられているように見えた。
最も特徴的なのは、巨大な手足に対して頭部に相当する部分が存在しないことだ。
その代わりとでもいうのだろうか、胸部を構成している石が上下に分かれていき、左右に大きく広がる裂け目ができた。それは大きく歪んでいき、まるで笑っているかのように三日月型となった。
「ぐわぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」
ただただ生理的に不快感を催す叫び声が三人の鼓膜を打った。
「ふははははは……! これで貴様ら全員殺してやる! 神を甘く見すぎたな!」
“神”を名乗るあの青年の怒れる声が顔のない怪物から聞こえてくる。
「来ます……!」
リリムが叫ぶのと同時に、その石でできた巨体からは考えられないほどの速さで怪物がリリムに向けて殴りかかってきた。
しかし、いくら速いとはいえ〈魔王因子〉を持つリリムから見ると蠅の止まるような速さだった。
リリムは素早くこれを回避すると、怪物のパンチはリリムが元いた場所に命中した。
轟音とともに今まで全力で戦ってもびくともしなかった『カテドラル』の天井が砕け、破片が周囲に飛び散った。
「なんというパワーじゃ! まさか、まだこんな力を残しておったとは……!」
ルーヴェンディウスは驚くが、相対したリリムの見立てはそうではなかった。
「いえ、違います。“神”がパワーを残していたのではありません。おそらく、『カテドラル』を維持していた力を本体に回したのでしょう」
「なるほど……。ということは、イリスの策は効いておるということじゃな?」
「ええ、間違いなく……!」
「さすがは勇者さまなの……!」
三人に笑顔が浮かぶ。
しかし、ことはそう単純ではない。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」
怪物が再び叫び、リリムに殴りかかってくる。
「その攻撃は……」
リリムはそれを素早く避けると背後にまわり、怪物の大きな背に蹴りを食らわせた。
「ぐわおぉぉ、ぉぉ、ぉぉ……!」
怪物は『カテドラル』の屋上を何度かバウンドしながら転がっていった。そのたびに構造物が脱落し、屋上に穴が空いていく。
最初に靄が引き抜いた構造物もあわせると屋上には相当数の穴が空いている。
「まずいですね。『カテドラル』自体が相当脆くなっています。このままだと……」
リリムが危惧を抱く。
それを察知したわけではないだろうが、今度は怪物が大きく跳躍して両腕を頭上――頭は存在しないが――で組み、襲いかかってきた。
「そのままおとなしく殺されろ……!」
「くっ……!」
リリムはそれを受けることにした。『カテドラル』崩壊の危惧が頭にあった故の行動である。
魔剣ソウルファイアを亜空間にしまい、〈魔王因子〉による思考の加速によって防御力の強化を何重にも重ねて対抗する。
何十トンもあろうかという、落下の勢いがついた石の塊が繰り出すパンチを、見た目十七歳の少女が正面から受ける。
およそ人が受けたとは思えない鈍い音がしたかと思うと、巨大な石の怪物が小柄な少女を押しつぶそうと上からやみくもに力を込める。
「ふははははははは……! そのまま潰されて死ね! お前が死んだら〈魔王因子〉も破壊してくれる!」
興奮している“神”は気づいていないが、リリムははっきりと感じていた。
周囲の屋上構造物が“神”と魔王の超パワーの拮抗に対して悲鳴を上げている音を。
そして、限界は呆気なく訪れた。
「くっ……耐え切れ……ない……!」
ふっと上からの力が消えたかと思うと、『カテドラル』最上階が崩壊した。




