戦いには前衛が必要なの
「デルフィ、お前にはこの作戦の要になってもらう」
デモン族の村を発ったあとの馬車の中でイリスはデルフィニウムに言った。
「わたしが? でも、魔王がいるのにわたしが要なの? あ、わかったの。騎士として活躍するの。戦いには前衛が必要なの」
「ちがーう!」
勇者イリスの仲間だったデルフィニウムは、素質ある魔法使いだった。
彼女はかつて帝国の宮廷魔術師であった人物に仕えた祖父の血を引き、幼い頃は『神童』と呼ばれ将来を嘱望された。
しかし、彼女には大きな欠点があった。魔法使いとしては大きすぎる欠点。
デルフィニウムは魔法の力加減ができなかったのだ。
魔法とは、大気に多く含まれる『マナ』を取り込み、身体の中にある『魔力』と混ぜ合わせ、術者のイメージによって具現化する術である。そのどれかひとつでも欠けても魔法は発動しない。
デルフィニウムは生まれつき大量の魔力を宿していたことがわかっていた。祖父の教えによってマナの取り込み方もマスターしたし、イメージも豊富に持っていた。
しかし、力加減ができなかったのだ。
力加減ができないということは、一度の魔法で体内に持つ魔力をすべて使い切ってしまうということだ。魔力を使い切ってしまったデルフィニウムはそのまま昏睡状態に陥り、魔力が回復するまで半日以上眠ったままとなる。
いくら強力な魔法を使えても一日一回しか魔法を使えない魔法使いを必要とする者はいなかった。一時は魔法使いでなく騎士を志したほどだ。
その才能と使い方を見いだしたのが勇者イリスだった。イリスは的確な観察眼と卓越した戦術によってデルフィニウムの魔法の使いどころを正確に見いだし、最大の効果を挙げた。
イリスの戦果はデルフィニウムなしには成立しないとまで言われるようになった。
「これだ」
イリスが馬車の荷台に置いてある鞄の中からあるものを取りだした。水色に光るクリスタルだ。鎖が付けられるように加工してあり、ネックレスとして装備することができる。
「なんなの、これ?」
イリスから渡されたそのネックレスを太陽にかざして見た。それは太陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
「ルーヴェンディウスに用意してもらったんだ。映像を映し出す魔道具さ」
「映像を……?」
首を傾げるデルフィニウムにイリスは頷いた。
「ああ。このクリスタルに映った音と映像を離れた所に映し出すことができる。これで“神”の本性を晒してやるんだ」
「それとわたしが必要なこととどう関係があるの?」
イリスはデルフィニウムに説明した。“神”の力はおそらく人々の信心であるということ。“神”の本性を晒せば少なからずそれを削ぐことができること。デルフィニウムには“神”との戦いの場に赴き、このクリスタルにそれを映し出して欲しいこと。
「危険なことは承知してる。だが、これはお前が適任なんだ」
「やるの」
「躊躇するのはわかってる。魔王と“神”の戦いの場だから……え、いいの?」
イリスは半ばずっこけるような形になり、デルフィニウムの肩に掴まった。
「わたしは勇者さまの仲間なの。勇者さまの指示ならどんなことでもするの」
「助かる。オレの作戦がうまく行けばそれほど危険はないはずだ。魔王リリムもオレ達が思ってるような悪逆非道な奴じゃなかった。大丈夫、うまく行く」
「ひとつ聞いてもいいの?」
デルフィニウムはネックレスを首に付けながらイリスに聞いた。
「ああ、何でも聞いてくれ」




