私たちは試練を受けています
「頼んだぞ……」
イリスは独りごちた。ここからが作戦の肝、『二方向の戦い』のもう一方だ。
「今、私たちは試練を受けています。何が正しくて、何が間違っているのか見極めなければなりません。しかし、心配する必要はありません。私たちの信じる心は神の力となり、必ずや敵を討ち滅ぼすでしょう」
聖女はこれまでよりも力のこもった口ぶりで語る。両手を広げ、人々をあるべき方向へと導いていく。
「神を信じなさい。神を信じるのです。惑わされてはなりません。誤った教えに耳を傾けてはならないのです。それは神に逆らうばかりか、その敵対勢力に力を与えることとなります」
「いいぞ……」
イリスがにやりと笑う。人々は聖女の話に魅入られ、聖女の話の方向へと素直に従っているように思える。
「私はこの五年間、ずっと語りかけてきました。神を信じよと。神はきっと私たちの願いを聞き入れてくれると。ようやくその日が訪れたのです」
聖女は大きく手を挙げた。それはその場にいる人間には今は自らを映し出す鏡を指したようにみえるかもしれない。
「今、神はようやく私たちの願いを聞き入れ、この地にやってきました。偽りの神を倒すために!」
ここでイリスは再び箱を反転させ、鏡に映っている映像を切り替えた。
この箱は鏡に映る映像を切り替えることができるマジックアイテムなのだ。
『君らだって顔の近くに飛んできた蚊や蜂を払いのけるじゃないか』
男が言う。
『人と虫は違います!』
赤い女が反論する
『どこが違うんだい? 僕から見れば僕が作り出した生物だ』
そしてまたイリスは映像を切り替えた。聖女が語る。
「見ましたか! あの者は人々を虫と同じように見ているのです。あのような者が神であるはずはありません。なぜなら、神とは人々を育て、慈しみ、信じる者に救いをもたらす存在でなければならないのです。そして神を騙る者には必ず天罰が下ります。そのために現れたのがあの方、赤き女神様なのです!」
動揺が広がっていく。今までの自分の信仰を全否定されたのだ。無理もない。しかし、『カテドラル』に引きこもって下界を見下ろしていた“神”と、この五年間各地をまわり信仰を解いてまわった聖女、どちらを信じるか。
人々に動揺が広がっていく。信仰が揺らぐ。
それでよい。人々の信仰に疑問を持たせること、それが目的なのだ。
「二方向から“神”を倒す戦いを仕掛ける、一方は正面から実力で奴をぶっ倒す」
絶海の孤島にやってきたルーヴェンディウスと、蘇ったリリム、フェン、メリアを見渡しながらイリスは五年かけて練り上げた作戦を告げる。
「そしてもう一方は――」
イリスはにやりと笑った。
「“神”の力の源を根こそぎ奪う」




