ならば、つまらなくしてやる!
「これでわかったでしょう? あなたは全知でも全能でもない」
「十分に倒せる相手なのじゃ」
魔王と吸血鬼の真祖に断言され、“神”の怒りは高まっていく。
「だからどうしたというんだ……」
“神”はゆっくりと一歩、また一歩と歩いてくる。
「この僕は神だぞ! 神が、自ら産み出した被造物に劣るはずがない!」
そう言ってまた飛びかかってきた。今度は彼なりに工夫を凝らしたつもりなのだろう。何度かステップを小刻みに挟んでフェイントのような動きをする。
しかし、それらはすべてリリムには見通されていた。
リリムのボディを狙った右手のアッパーはいとも容易く回避され、逆にバランスを失ったところで右腕を掴まれ、一本背負いのように床にたたきつけられた。
「ぐはあっ……!」
肺から空気が吐き出され、一瞬動きが止まる。
その隙を見逃すリリムではない。〈魔王因子〉によって得られた膂力を存分に生かし、“神”の身体を思いっきり蹴った。
“神”は『カテドラル』の屋上を何度もバウンドして大きく跳びはね、そして止まった。
そうしているのをリリムもルーヴェンディウスも追撃することなくただ黙って見ていた。
「誰が誰に劣るはずがないじゃと?」
ルーヴェンディウスの子供のような高い声が“神”を挑発する。
“神”は立ち上がろうとしたが、膝に力が入らず、肩から崩れ落ちた。
「くそっ、ゴミ虫のくせに……。僕がいなければこの地に生を受けることもできなかった下等生命体が、創造主である僕に逆らうのか……!」
手をついて上体を起こそうとするが、やはり力が入らず、なかなか起き上がることができない。リリムは冷ややかにその姿を見ている。
「本音が出ましたね。あなたはこの世界を愛してなどいない。ただ、自分の思い通りに動く玩具のようにしか見ていないのです」
ようやく起き上がった“神”は憎悪の目でリリムを睨んでいる。脚がまだふらついていた。
「それがどうした! 僕が作った世界だ! 僕の好きにしていいに決まっている!」
リリムはゆっくりと“神”の方へ向けて歩き出した。
「すでにあなただけの世界ではありません。この世界に生まれ落ちた生命がいる時点で、貴方の好きにしていいはずがないのです」
「好き放題したいなら、何もない世界に去れば良かろう。だれも止めはせぬ」
いつの間にかルーヴェンディウスが“神”の背後に立っていた。
「それのどこが――楽しいってんだ!」
言いながら“神”はルーヴェンディウスに向かって裏拳を繰り出すが、それはあっさりとルーヴェンディウスに受け止められた。
「ならば――」
大の男の拳が幼女に受け止められている構図。“神”はそれを振りほどこうと力を込めたが、びくともしない。
「くそっ、放せ! 僕は神だぞ! この世界で一番偉いんだ!」
「ならば、つまらなくしてやる!」
ルーヴェンディウスは“神”の手を掴んだまま無造作に身体を持ち上げ、力任せに『カテドラル』の屋上に叩きつけた。
「ぐぶっ!」
背から屋上に叩きつけられた“神”は口から血を吐いたが、ルーヴェンディウスの手が離れたのを見てすかさず距離を取った。
「おかしい……何かがおかしい……」
脇腹を押さえ、肩で息をしながら立ち上がる“神”。そこにはこの場に降臨した五年前の神々しさの欠片も見当たらない、みすぼらしい姿があった。
「僕の力はこんなものじゃないはずだ。力が落ちてる? そんなバカな。――まさか……!?」
“神”が思い当たったひとつの可能性。
それをじっと見ている魔王と吸血鬼の表情に変化はない。




