わが主よ。一刻も早くお願いします……
「ふんばれ! 堪えろ! 敵の一体一体は強くないが数が多いぞ! 一体に集中せず、常に周囲に気を配れ! 負担の大きいところへの援護を心がけるんだ!」
アトラスが檄を飛ばしながら鉄板を切り出したような愛剣を振ると、ヴァーチャーが十数体吹き飛んだ。しかしすぐにそれを埋めるように別のヴァーチャーが入り込んでくる。
「クッ、マルデ波ヲ相手ニ戦ッテルヨウダ」
ヴェーテルの言ったとおりだった。敵を倒しても倒してもそれ以上の数が補充されてくる様子は浜辺で武器を振るっているかのようだった。無限とも思われる敵の湧出に心が折れそうだった。
しかし、ここで折れるわけにはいかない。アトラスやグロム、ヴェーテルたち将軍らは気力を振り絞って士気を高めるために声を張り上げる。
「しかし、このままでは押しきられるのも時間の問題だぞ」
「ソンナコタァ、ワカッテル! ソレヲナントカスルノガテメーの仕事ダ!」
「お前もな!」
「モチロンダ! ウオォォォォォォォォォ!」
押し寄せるドミニオンたちをなぎ払いながらグロムとヴェーテルがかつてのように軽口をたたき合っている。
しかし現実はそのような楽観的な状況ではない。二人もそれは重々承知しているからこそ、内心の焦りを周囲に伝播させぬよう、軽口をたたき合っている状況だった。
(とはいえ、なんとか手を打たねばなりませんが……)
後方の高台で戦況を見ながら指揮を執っている老婦人――ルーヴェンディウスの眷属・マーガレットは眉根を寄せる。
現状、双方は拮抗しているように見える。
しかしそれはグロムやヴェーテル、アトラスのような将軍たちの突出した能力と、壁上からのセーレやフォルネウスたちの援護があればこそで、それでも拮抗することしかできていない。
相手は無限ともいえる数のドミニオンであり、対するこちらの戦力は有数だ。
兵士たちの体力が尽きたとき、その均衡は一気に崩れ去るのはマーガレットならずとも十分に理解していた。しかし打てる手は限られており、その中に状況を覆す手は存在しない。
(わが主よ。一刻も早くお願いします……)
そんな祈ることができないマーガレットは自分の非力さに悔しい思いをするだけだった。
そして、その破綻は唐突に、そして想定よりもずっと早く訪れた。
「てーへんだ! ダーレムの部隊が崩れた! 壊滅だ!」
異形の天使たちと戦う戦士たちの間をかき分け、小柄なノームの男、ルールーが息せき切ってやってきた。
「何ッ、ダーレムガ!?」
その報告はグロムやヴェーテルにとって予想外のものであった。
ダーレムはリリム軍初期の頃から帯同していたミノタウロスの戦士で、グロムやヴェーテルなどには及びこそしないが、彼の率いるミノタウロス隊は勇猛果敢で知られるこの戦いの要の部隊であった。
「まずいぞ、あそこが崩れると一気に崩される!」
果たして、グロムの危惧は現実のものとなった。崩れたダーレム隊の場所から敵は数にまかせて一気にその勢いを増し、周囲の部隊に対して側方から襲撃を始めた。
「ドケ! 俺ガカバースル!」
今もヴァーチャーたちと戦う兵士たちをかき分けて進もうとするヴェーテルをグロムが引き留める。
「待て! お前がいなければここはどうなる?」
グロムとヴェーテルがいる場所は地形柄、特にヴァーチャーが多く、将軍二人がかりでなんとか持ちこたえられているような場所だ。ここでヴェーテルが欠ければ今度はこの場所が崩壊する。
「シカシ、放ッテハオケン! ココハオ前ダケデナントカシロ!」
「無茶を言うな!」
間断なくなだれ込むヴァーチャーたちを裁きながらそんな言い合いをしている間にも部隊の傷口はどんどん広がっていく。しかしどうしようもないのはグロムでなくとも明らかであった。
(このまま壁内に入り、籠城戦に……いや、それは無理な相談か)
少し離れた場所でアトラスもまたミノタウロス隊の崩壊の知らせを受け、戦況の不利を悟っていた。セオリーに沿うならば現時点で撤退を命じる損耗レベルなのだが、逃げ場がない。リヴィングストンに逃げ帰ってもおそらくヴァーチャーたちはその翼で壁を乗り越えてくるだろう。そうなったら今度は市街地が戦場となる。
(いや、そもそも我らはリリム様のための捨て石。ここに『使徒』どもをおびき寄せただけでその役割を果たしたといえる)
『巨人王』と恐れられたアトラスでさえ、そのような悲観的な感情に支配されるほどの状況であった。その時――
「おい、あれは何だ……?」
周囲の巨人兵たちがざわつき始めた。彼らを見ると皆、戦いながらも上方向を気にしているようだった。
「――――――――ッ!」
襲いかかってきた数匹のヴァーチャーを両断し、それによって生じたほんの少しの余裕にアトラスも上を見る。
「なんだ、あれは……!」
上空に巨大な炎の球体が浮かんでいた。




