これを元通りに直せないか?
時間は少し遡る――
メリア達を乗せた馬車は宿を発ち、『カテドラル』を目指していた。
まだ夜も明けきらぬ早朝で店もまだ開いていないこともあり、『降臨祭』当日であるにもかかわらず、道は前日ほどは混雑していなかった。
馬車はカーンの運転によって、目立たないようにゆっくりとペイントン中心部『カテドラル』を目指して進んでいる。
その荷台の中で勇者一行と魔王一行が揺られていた。
大一番の前だからか、それとも本来敵対する運命だった呉越同舟――もちろん、この世界に呉も越もないからこんな言葉は存在しない――の間柄なのかはわからないが、話をする者はおらず、ただガタゴトと馬車の音だけが聞こえてくる。
そんな中、イリスがメリアの腰に目を向けた。
「なあ、メリア、お前の剣……」
「これですか……?」
メリアが腰の鞘から剣を引き抜いた。
それは、かつてメリアが巨大なカメの魔獣を倒した時に、その腹の中で見つけた剣だ。その由来から『泉の女神』とメリアが名付けた。
この剣がそもそもどんな由来でカメの中にあったのかはわからないが、カメの胃酸に負けることなく、逆にカメの腹を引き裂いた逸品で、その能力はメリアと共に戦った日々が証明している。
メリアが鞘から引き抜いた剣は中程から先が存在していなかった。
五年前のあの日、神によって折られてしまったのだ。
しかしそれでもメリアは『泉の女神』を手放さなかった。リリムやフェンとの訓練の日々も、この折れた『泉の女神』と過ごした。
「さすがにそれで“神”と戦うのは無理じゃねーのか?」
「……………………」
「私もそう言ったのですが……」
リリムは何度もメリアに新しい剣――それこそ伝説に残るレベルの名剣を渡そうとしたのだが、そのたびに拒否されている。それは、メリアなりの騎士としての矜恃だという。
「ちょっと貸してくれよ」
「え? 構いませんが……。重いですから、気をつけてくださいね」
「わーってるって。重いつったって、たかが知れて――うわっ、重っ!」
イリスに渡された瞬間、『泉の女神』を取り落としそうになった。イリスはこの世界に勇者として召喚されたとき、用意された武器の中で一番軽いナイフしか装備できないほどの非力だった。
イリスは『泉の女神』を両手で横抱きにするように丁寧に持ち、正面に座っていたリリムに聞いた。
「なあ、リリム」
「なんでしょう?」
「あんたの力でこれを元通りに直せないか?」
しかしリリムは目を閉じてゆっくりと首を振った。
「さすがの私も無から有を作り出すことはできません。せめて折れた先が残っていればよかったのですが――」
リリムとてそれを考えなかったわけではない。しかし、いくら探しても『泉の女神』の先端は見つからなかったのだ。メリアはそれも「剣の意志でしょう」と受け入れていたのだが……。
しかし、イリスはそれでも諦めなかった。
「なら――」
イリスは立ち上がり、腰の後ろに下げていた自分の武器――『チキンナイフ』自ら名付けた――を『泉の女神』の上に重ねるように置いた。
「この『チキンナイフ』を材料にすればできるか?」




