勇者イリス、それは言わない方が……
「うぅ……頭が痛いの。昨夜のこと、何も覚えてないの……」
翌朝。宿のロビー前に少女達が集まりつつあった。完全に二日酔いのデルフィニウムが頭を抱えている。
「初めてなのに飲み過ぎるからですよ。解毒の魔法をかけましょう」
そう言って背中をさするとリリムの手のひらが淡く輝き、デルフィニウムの顔色がみるみる良くなっていった。
「すごい、元気になったの! これで今日もお酒が飲めるの!」
「あはは……」
「なかなか見所のある娘じゃな。今度わしと飲み明かそうぞ」
「喜んでなの!」
デルフィニウムとルーヴェンディウスが意気投合しているところへメリアがやってきた。その手にはなんと、イリスが横抱きにされている。イリスはまだ夢の世界の住人だった。
「勇者さま、起きてください。皆集まってますよ」
メリアが揺らすと、イリスは目を開けることなく、
「うぅ、あと五分……」
「まったくもう……。子供みたいなんですから」
メリアがそう言ってため息をつくと、イリスはかっ! と目を見開いた。
「オレは子供じゃねー!」
そのままメリアの腕から降りてガッツポーズ。完全に起きたとアピールし始めた。
「おぉ、さすが勇者の扱いには慣れておるのぉ」
とルーヴェンディウスが感心する。
「で、みんな揃ったのか?」
イリスが周囲を見渡して、集まっている面々を確認した。
メリア、ルーヴェンディウス、デルフィニウム、リリム。そしてイリス。
「あれ? 一人たんねーぞ。あの犬っころ、まだ寝てるんじゃねーだろうな」
その場にただ一人いなかったフェンのことだ。それを聞いたリリムが顔を青くする。
「勇者イリス、それは言わない方が……」
「え? 何を?」
しかし、時すでに遅し。宿の入り口付近から、戦闘能力のないイリスでもわかるほどの殺気が漂ってきた。
「ぼくを犬って言ったのは、だ~れ~だ~?」
実は誰よりも早起きのフェン。タイミング悪く日課の散歩から戻ってきた所だった。
その狂気に光る目がイリスをロックオン!
「おまえかーっ!」
「うわーっ! ダメ! ダメです! あなたが本気で殴ったら勇者イリスは死んでしまいます!」
「勇者さま、謝って、謝って!」
今にも飛びかからんとするフェンをリリムとメリアが本気になって抑えかかっている。
にもかかわらず、じりじりと押されていく二人。おそるべき怒りのパワー。
「わ、悪かった! この通りだ、すまん!」
「フーッ、フーッ!」
イリスが必死に平謝りするが、フェンの怒りはおさまりそうにない。




