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この世界のために全力を尽くしましょう

「“神”が降りてくる前、この世界に空を飛ぶ生物はいなかった」

「ええ。だからあなたは気球を作り、ヴレダ要塞を空から攻めた」

 そう言うリリムを見てイリスはため息を漏らす。


 勇者イリスは気球を作り、空から王国と帝国の国境線に当たるヴレダ要塞の無血開城を計画したが、その時すでにヴレダ要塞は放棄され無人だったために、イリスの計画は無為となったのだった。


 それはともかく――


「空を飛ぶ生物がいないから、空を見上げる習慣もない。ゆえに、星座も生まれない。見覚えがある、ない以前に、この世界に星座なんてものは存在しないんだよ」


 寂しそうに夜空を見上げた。今この瞬間、聖都ペイントンには数百万人の人々がいるが、夜空を見上げているのはおそらくこの二人だけだろう。


「知ってましたか、勇者イリス?」

「…………? 何をだ?」

 イリスがリリムを見た。リリムもまたイリスを見返した。


「この世界には星座だけじゃない、神話もまた存在しないんですよ。地球ならどの文明にもあった創世神話がこの世界には存在しない」

 イリスが目を見開いた。


「そんなバカな! ……いや、確かに王国の建国話や初代魔王の話は聞いたことがあるが、それ以前の話を聞いたことはない」


「王国の建国話も初代魔王の物語もその端緒に“神”が介入しています。でも、その“神”がどこから現れたのか知る者は誰もいない」

「当の“神”以外には、か」


 そのまま二人は夜空をじっと眺めた。それくらい経っただろうか、そう長い時間は経っていないと思うが、不意にイリスが口を開いた。


「アレがどこから来たかなんてのは今はどうでもいいか」

「そうですね。大事なのは“神”によって人々が終わりのない戦いの歴史を生かされていることと、その根源を絶ちきらなければならないということ」


「そうだな。もう人死には見たくない」

 イリスが言った。リリムは自分が魔王になってから命を落とした人たちのことを思い出していた。共に戦った人たち、敵として立ち塞がった者、自分の失策で殺してしまった部下達、そして自ら手を下した皇子達――


 イリスは誰のことを考えていたのだろうか。


「思えば遠くへ来たもんだな、オレ達」

「そうですね。ただのプロゲーマーだったはずなのに、異世界召還、そして転生。挙げ句の果てにどういうわけか異世界の命運を賭けた戦いをしようとしている」


「おいおい。あんたにとっては一応生まれた世界だろ? オレにとっても……もう関係なくはない世界だ」

「ええ。ですから――」

 リリムは夜空から再びイリスに視線を戻した。同時にイリスもリリムを見た。


「この世界のために全力を尽くしましょう」

「ああ」

 魔王と勇者が拳をこつりとあわせた。


「……………………」

 二人が戻ってきそうな気配があったので、ルーヴェンディウスは窓際からそっと離れ、自分の寝床へ戻っていった。


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