見覚えのある星座はひとつもありませんね
ふと目が覚めた。まだ暗い。起きなければならない時間まではまだ少しありそうだが、妙にはっきりと目が覚めてしまった。
カーンが取ってくれた広めの宿の部屋の中をそっと音を立てないように歩く。月明かりが差し込んでいて、夜中にしては部屋の中は明るかった。
部屋の中では仲間たちや魔王達が眠っていた。
行儀よく寝ている者、布団を蹴飛ばして大暴れしたことがわかる者、いろいろいたが皆よく眠っているようだった。
カーンはいなかった。さすがに女だらけの宿で雑魚寝というわけには行かなかったようだ。どこか別の所で眠っているのだろう。
イリスは彼らを起こさないよう、そっとベランダに出た。
すでに日は変わり『降臨祭』当日になっているはずだったが、街のあちこちではまだ明かりが灯り、時々笑い声がどっと聞こえてきていた。
とはいえ、寝静まっている者も多い。宿の主人から聞いた話なのだが、明日――というかもう今日――は早朝から『聖女』の説法があるので、それを目当てに夜明け前から席を取ると言っていた巡礼者も多いようだ。
ふと空を見ると、見慣れた地球の月と比べ、大きさこそ同じだがずいぶん明るい月が浮かんでいた。満月にはまだ少しある欠け具合だった。この世界は夜でも明るい。満月になると夜中でも早朝と変わらないレベルだ。
そんな月を避けるように周囲には星空が広がっていた。それをなんとなく見つめる。
ここは異世界だが、あの星空のどこかに太陽はあるのだろうか。そんなことをぼんやり考えていたその時――
「風が気持ちいいですね」
後ろから突然話しかけられたのでドキッとした。
振り返ると寝間着を身にまとったリリムがいた。白い寝間着だ。この魔王が赤いドレス以外の服を着ているのを見たのは初めてのことだったので妙に新鮮だった。
「見覚えのある星座はひとつもありませんね」
リリムはイリスの隣でバルコニーの手すりに腕を乗せ、並んで空を見る。
「ああそうか。あんたにも日本の――地球の星座の記憶があるんだっけか」
イリスはリリムの顔をちらと見たあと、再び空を見た。
「“神”が降りてくる前、この世界に空を飛ぶ生物はいなかった」
「ええ。だからあなたは気球を作り、ヴレダ要塞を空から攻めた」
そう言うリリムを見てイリスはため息を漏らす。
勇者イリスは気球を作り、空から王国と帝国の国境線に当たるヴレダ要塞の無血開城を計画したが、その時すでにヴレダ要塞は放棄され無人だったために、イリスの計画は無為となったのだった。




