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二番、イリス! 歌います!

「それでは計画の成功を祈願して」

「かんぱーい!」「かんぱーい!」「かんぱーい!」「かんぱーい!」

 黒髪の幼女の音頭で乾杯が行われた。幾人か――過半数は未成年なのでソフトドリンクだ。


 ここはカーンが抑えた宿屋の隣にある酒場。『降臨祭』が明日に控えてることもあって大変な賑わいの中にあり、むしろ聞き耳を立てられることもないだろうと敢えて選んだ場所だ。


「はいよ! ジャンボカープの蒸し焼きいっちょう! 熱いから気をつけて!」

 サルの獣人の看板娘が次々料理を運んでくる。ペイントン名物の魚料理だけでなく、肉料理も、煮物も蒸し料理も前菜もデザートもごっちゃになって運ばれてくるのがいかにも庶民の酒場といった趣だった。


「いやはや。こうしてみると壮観ですね」

 一通り料理に手をつけ、落ち着いてきたところでカーンが丸テーブルに座る各々を見渡し言った。


 この集まりの異常さに気づいているのは当人達を除けばカーンだけだった。


「おおっ、この肉うめーな。ちょっと多めにもらっとこ」

 カーンの左隣に居座っている黒髪の幼女、生意気な女の子らしくない口調が目立つ見た目十歳の幼女は今は亡きルーシェス王国が魔王を倒すために異世界『日本』から召喚した勇者・イリスだ。


「勇者さま、野菜も食べないと大きくなれませんよ」

 その隣で勇者の皿にせっせと温野菜を運び込むなどしてかいがいしく勇者を世話している金髪白ドレスのハーフエルフ女騎士は、ルーシェス王国の第七王女であったアルストロメリア姫こと聖騎士メリア。


「お酒、初めて飲んだの。おいしいの。ひっく」

 顔を真っ赤にして酒樽を空にしているローブの女性はかつての勇者パーティーの一員、魔法使いのデルフィニウム。癖のある紫の髪の中から二本の角が突き出ていることからわかるとおり、かつて東大陸を支配していた種族・デモン族だ。


「おぉ、なかなかいい飲みっぷりじゃのぅ。どれ、わしも……」

 と、デルフィニウムの前に置かれている酒に手を伸ばしたが、デルフィニウムにジョッキごと奪われてしまった見た目八歳のゴスロリ幼女は東大陸で名高い吸血鬼の真祖、ヴァンパイアロードのルーヴェンディウス。


「うまっ、うまい。にく、もっとにく……!」

 その隣でただひたすらにものすごい勢いで肉にかぶりついている銀髪の少女の名はフェン。魔王の部下で、詳細はよく知らないがその正体は巨大な白銀の狼だという。


「すみません! 肉のおかわりをお願いします! これと同じものを、五人前!」

 フェンのために追加の肉を注文してやっている赤い髪が眩しい十代後半の美少女の名はリリム。その見た目や物腰からはとても信じられないが、かつて東大陸全土を支配下に置き、西大陸にもその牙をむいていた帝国のすべてを支配していた真正なる魔王だ。


「我ながら、よく平気で食事できているものだ……」

 五年前までただの官吏にすぎなかったカーンが独りごちた。彼は詳細こそ知らされていないものの、“神”の降臨前はこの世界の覇権を賭けて戦うはずだったこの六人が手を組み、何をしようとしているのかはなんとなく察しがついていた。


「さあさあ。姫様、グラスが空いてますよ。リリムさんも」

 だからせめてこの時だけは楽しんでもらおうと接待で生かしたスキルを存分に生かしてメリアとリリム(二人とも見た目十代だが五年間石化されているので十分成人だと判断した)に酒を注ぐ。


「ええっ!? 私、お酒はちょっと……」

「まあまあ、こんな時ですから楽しみましょう」

「わしにも酒をくれ!」


 ……自分を一〇〇〇歳だと言っている(そしてカーンの知る限りそれはおそらく本当だろう)ルーヴェンディウスが酒を要求しているが、どう見ても幼女にしか見えない彼女に酒を渡すのはカーンの良心が許さなかった。


「飲まぬのならわしによこせ!」

「ああっ、私のグラスを!」

 カーンから酒がもらえないと知ったルーヴェンディウスがメリアが持っていた手つかずのグラスをひったくり、中に入っていたワインを飲もうとした。が――


「それはわらひのお酒なの」

 デルフィニウムがさらにそのグラスをひったくって一気に飲んでしまった。


「ああっ、わしの酒が……。リリムたん……」

「そんな顔をしてもあげませんからね」

 涙目で見つめるルーヴェンディウスを尻目にリリムは自分のグラスを傾ける。


「おにく、にくっ!」

 そうしている間もフェンはただひたすら肉を食べている。先ほどリリムが追加注文した肉ももう半分なくなっていた。さっきから「肉」としか言っていないのは内緒だ。


「すいません、お肉追加で。六人前。あとお酒……大樽でお願いします」

 空になった皿をまとめながら皆のためにカーンが追加注文する。


「最初はこの集まりに驚いたけど……きっと大丈夫。なんとかしてくれる」

 メリアに嫌いな野菜を無理やり食べさせられようと嫌な顔をしているイリスを見て、カーンはかつて自分が担当した頃、多くの困難をその知略で克服した勇者イリスの姿を思い出していた。


「一番、カーン・リョウ! 手を使わずにオレンジの中身だけ食べます!」

 おもむろに立ち上がったカーンに皆が拍手し、場はさらに盛り上がった。

 そうして勇者と魔王の乱痴気騒ぎはその後も続いたのであった。


 決行まであと一日。


「二番、イリス! 歌います! はーしーれー、こうそくのー♪」


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