わしの目はごまかせん
ルーヴェンディウスがリヴィングストンへと行軍を始めたグロム達と行動をともにせず、単独で一見何の関係もなさそうな駐屯地に向かったのにはふたつの理由があった。
ひとつは、“神”の目をこちらに引きつけること。
イリスによれば、“神”はあの孤島で人々が戦うところを見て楽しんでいたという。それは、五年間“神”の行動を見てきたルーヴェンディウスも感じるところであった。
“神”は人々が戦い、争うところを見て楽しんでいる。
その可能性は低いとイリスは言うが、万が一ルーヴェンディウスの軍とグロム達の移動が決行前に“神”に露見してしまうのはマズい。そのために彼らの行軍とは関係ないこの場所で見せかけの軍事行動を行ってみせた。
“神”は人々の個体差を見分けることができないことはこの五年間、自分の代わりに眷属であるマーガレットを『吸血侯』として“神”の矢面に立たせたことで実証済みである。
今攻撃を仕掛けている軍は全員ルーヴェンディウスの分身であるが、“神”はそれに気づけない。
それが理由のひとつ目。
ふたつ目は、ここが収容所、しかも重犯罪者を収容しておく施設だということだ。
ルーヴェンディウスはここでとある人物との接触をもくろんでいた。
ルーヴェンディウスが駐屯地の上空を通過する。下では分身達と神に従う『信者』たちの兵が戦っているが、誰一人上空に目を向ける者はいない。
襲撃している兵隊達は兵数ほど数百と少ないが、それらはすべてヴァンパイアロードであるルーヴェンディウスの分身であり、個々の戦闘力で後れを取ることはない。
「ぐはっ……!」
また一人、ルーヴェンディウスの分身にやられては座をつく敵兵の姿が星明かりの中見えた。ルーヴェンディウスはそれを尻目に駐屯地の奥深くへと入っていく。
「ふむ。この辺りのはずじゃが……」
駐屯地の最も奥まったところにある一際頑丈そうな建物。それに当たりを付けてルーヴェンディウスが音もなく着地した。
辺りを見渡すと、建物の頑丈さに相応しい鉄の扉があった。そこがこの建物への入り口だと当たりを付けると、ルーヴェンディウスの身体はみるみる薄れていった。
あっという間にルーヴェンディウスの身体全体が靄へと変わり、鉄の扉に取り付けられている鍵穴に吸い込まれていった。
扉の向こうは明かりもない暗闇だったが、吸血鬼であるルーヴェンディウスには関係ない。
鍵穴から中に入っていき、いくつかの角を曲がると、地下に降りていく階段があった。ルーヴェンディウスはそこに当たりを付けると、階段を下っていった。
地下は牢獄だった。しかしぐるりと一回りしても誰かがいる気配はなかった。もちろん、ルーヴェンディウスが求める人物も。
「ううむ……見当違いじゃったか? おや……?」
ルーヴェンディウスが首を捻っていると、不意に空気の流れを感じた。
その流れを追っていくと、とある部屋の中にたどり着いた。一見、牢の中の囚人を見張る兵士の詰所のように思えるが、床に不自然な隙間があった。そこに空気が流れ込んでいるようだ。
「なるほど、ここか。うまく隠したようじゃが、わしの目はごまかせん」
ルーヴェンディウスは再び靄に姿を変えると、その隙間からさらに地下深くへと入っていった。




