あの“神”はヤバい……!
ちょうど五年前。“神”がその姿を現したとき、東大陸の帝国軍は東西両大陸の唯一の結節点であるギガンティス山脈はヴレダ要塞近くに仮建設された砦に詰めていた。治安維持のための最小限の部隊を除いた全軍が終結した史上最大規模の軍勢であった。その数、二十五万。
東西両大陸はすべて帝国の領土であるという帝国の伝統的な価値観の元、魔王リリムの大号令で行われた王国打倒への最初の一手というのは表向きの理由である。
本当の理由はリリムが勇者イリス、そして“神”の面会を果たすため、帝国・王国両国の目を北部ヴレダ要塞に釘付けにすることにあった。
ルーヴェンディウスはリリムの同盟者としてリリムの目的をすべて知らされたうえで全軍指揮官に就任した。
しかし、事態はリリムの、そしてルーヴェンディウスの思惑通りには進まなかった。
リリムと面会しているはずの“神”とその使徒達が天より舞い降りてきた。
空を飛ぶという発想がない帝国軍人たちはそれだけでパニックになった。
(『使徒』とやらはともかく、あの“神”はヤバい……!)
空を自在に飛び回る神とその使徒の姿を見てルーヴェンディウスは直感的にそう感じた。
ルーヴェンディウスはこの瞬間にリリムの想定外の出来事が起こっていると判断し計画を破棄。全軍に逃走――撤退ではない――を命令した。
ルーヴェンディウスはあの咄嗟の判断は正しかったのだろうかとよく自問したものだった。
あの命令によって帝国軍は事実上瓦解した。早めの決断によって多くの命が救われたのもまた事実だ。その後、ルーヴェンディウス自身が表面上“神”に臣従することによって彼らの引受先を確保できたのも事実だ。
しかし。しかしだ。
戦いに生きる彼らの多くは地下に潜り、今でも闘争を続けている。
もし逃走を命令せず、そのまま帝国軍を維持し続けていれば、彼らとともに死地を戦いの場と定めてともに歩めればどれほど楽だったのだろうと。『吸血侯』と蔑まれることもなかったろうと。
いや、とかぶりを振った。
結果論ではあるがリリムを助け出せた。そして勇者イリスの計画によって一筋の光明を今、見いだしている。それにすべてを賭けるしかない。
万が一失敗したらとは考えたくはないが、失敗すればすべてが終わるだろう。
しかし、それでもいいとルーヴェンディウスは思っていた。失敗した後の世界に未練はない。




