いくらだって汚名を被る
「そこまでだ!」
「!!」
男たちの鼓膜を叩く大声に、彼らは思わず声の方を振り向いた。
基地の塀の上には完全武装の兵士達がずらりと並んでいた。魔法を封じ込めた魔道具である魔封石からもたらされるまばゆいばかりのサーチライトを持つ魔法使いたちが侵入者達を照らし出している。
さらに兵舎の中からは多くの歩兵が現れ、あたりを取り囲んだ。とりわけ目を引くのは周囲の兵士達より三倍も背の高い大男だ。
「待ち伏せされていた!? 情報が漏れたのか……!」
ワータイガーの男が冷静に状況を分析するが、完全に囲まれている現状、打開策は見当たらない。
「テメエ、アトラス! 裏切リ者!」
オーガの男が巨大な男に向かって叫んだ。
「リリム様ガ行方不明ニナッタ途端、“神”ノ犬ニナリヤガッテ! 恥ズカシクネーノカ!」
そう言われたアトラスと呼ばれた男は、眉ひとつ動かさずに淡々と答える。
「我はお前達とは違って、守るべきものがある。そのためにはいくらだって汚名を被る。それだけだ」
アトラスはその巨大な手をスッと挙げた。それを合図に周囲の兵士たちが一斉に弓を構える。
「撃て!」
アトラスの号令で矢の雨が降り注いできた。
「くっ……! 現時点で計画は破棄! 全員退却!」
ワータイガーの男が全員に命じたが、周囲は完全に包囲されており、逃げ場がない。
「逃げるっつったって、どこから逃げれば……」
それまで調子の良かったノームの気弱な言葉が周囲に不安を伝染させていく。
「チッ……」
それをいち早く悟ったのはオーガの男だ。
彼は隣に立つ相棒のワータイガーの男に耳打ちした。
「俺ガ奴ラノ注意ヲ引ク。ソノ隙ニグロム、貴様ガ兵ヲ率イテ逃ゲロ」
オーガの男がちらと見た先は先ほど侵入してきたのとは別の出口。そこは他の出口と比較して比較的敵兵の層が薄いように思われた。
「おい待て! お前はどうするつもりなんだ、ヴェーテル!」
「俺ノコトハイイ、早ク行ケ! ウォォォォォォォォォォ」
ワータイガーの男、グロムの返事を聞かずにヴェーテルと呼ばれたオーガの男は大声を上げながら駆け出していった。狙うは敵の大将、巨人族のアトラスだ。
グロム、ヴェーテルとアトラスはかつて魔王の元、共に戦った同僚であったが、今はかたや神の意のままに動く『神の僕』、かたや神に逆らう『異教徒』であった。
「くそっ、死ぬなよ、ヴェーテル!」
そう言ってグロムは逃げ出す兵達のしんがりを走っていった。