考え直す気はないのか?
「なあ、考え直す気はないのか?」
それは、この場に集まっている面々の成してきたことを考えれば、信じられないほどに静かな旅立ちであった。
自らの楽しみのためだけにこの世界に絶えず混沌と争いを起こしていた“神”は跡形もなく消滅した。人類は長い歴史の中、初めて自分たちの足で立って、歩き出したのだ。人類の独立である。
しかし、そこに困難こそあれ、絶望は存在しなかった。
“神”を倒した後、西大陸の勇者イリスと東大陸の魔王リリムは、“神”のこれまでの所業と、これを打倒したことを連名で発表した。
さらに、東西両大陸の統一国家の樹立を宣言した。
数百年にわたって争ってきた両国の統一に不安を持つ者は少なくなかったが、反発は大きくなかった。イリスとリリムが“神”を打倒する『カテドラルの戦い』の映像が徐々に世界に広まっていったからである。
イリスとリリムを中心に、旧帝国と旧王国が協力して新国家の建設が行われていった。
当面の暫定措置としてリリムを暫定大統領に、イリスが暫定首相の座についてまずは軍と法の整備が行われた。
軍隊は帝国軍の軍制をもとに両者のパワーバランスが崩れないよう慎重に編成された。
法制は議会制民主主義が採用され、カーン、ヤックの両名が中心となって制定していった。五年後を目標に普通選挙が行われることとなり、その時に初代大統領が決定する。
その間も『信者』たちの反乱が各地で起こったが、それらは機能し始めた統一軍によって鎮圧され、徐々に下火になっていった。“神”への信仰は法で決められた範囲内で許されることとなったことも影響した。
懸念された“神”の消滅による物理・魔法法則の崩壊などの現象も見当たらなかった。
国造りは順調に進んでいき、ようやく選挙公示されたその時――
「何を言っているんですか。私がこうしようと思ったきっかけはあなたなんですよ」
「そうかもしれないけどさ……」
今、リリムとイリスは東大陸南東部のチャタムという街にいる。
ここはかつては小さな漁村であったのだが、ルーヴェンディウスがリリム捜索のための巨大船を建造するために投資をした結果、ここ十年で最も発達した港町になっていた。
今では大陸の沿岸に多く浮かぶ漁船の多くはこの街で建造されたものだ。
そして今、チャタムドック開設以来の巨大船竣工の時を迎えていた。
にもかかわらず、この場にいるのは出港の準備を進めている船員や工事関係者などを除けばわずか数人である。
それもそのはず、この船の建設は極秘裏に進められていたからだ。
「“神からの独立”を発表した以上、“真正なる神”はいてはならないじゃないですか」
“真正なる神”とは、『カテドラル』での“神”との戦いの最中、イリスがアドリブで使った言葉である。“神”の力はその信仰心に上下することから、“神”の力を削ぐために別の信仰対象として“真正なる神”ことリリムをでっち上げたのだ。
信仰心篤い人に信仰を捨てろというのは(たとえその神が邪悪だと目の当たりにしても)難しいが、あなたの信仰する神は本当はこっちですよと誘導するのはそれほど難しくはない。
事実、イリスのあの発言で“神”の力はぐっと落ち、勝利へと大きく歩み出すことができたのだった。
しかしその影響は小さくなかった。“真正なる神”リリム信仰が根付きかけたのだ。
もともと魔王として、解放者として東大陸では絶大な人気と支持を誇っていたリリムである。そこに加え、神としての西大陸での信仰が加わったのだ。
それを問題視しないリリムではなかった。“神”からの独立を旗頭にした彼女が神になっては意味がないのだ。
リリムは来たる大統領選挙への不出馬を表明し、同時にすべての公的な職からも辞したのであった。
「それはそうなんだけどさ、だからといって大陸を出て行くこたあ、ないと思うんだけどな……」




