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ここが俺達の死に場所だ!

 リヴィングストン近郊。


 最初二〇体ほどだったケルヴィム達は倒すたびに分裂し、ドミニオン、ヴァーチャー、パワー、プリンシパリティ、アークエンジェルと数を増やしていき、今は『エンジェル』となり、旧帝国兵達を圧倒していた。


 二〇万を超える帝国兵達をはるかに超える数のエンジェル。大地はもちろん、上空も遊弋するエンジェル達で埋め尽くされ、リヴィングストンの地は日の光すら差さない暗闇に包まれていた。


 帝国兵達は散り散りになり、そのすべてがエンジェル達に囲まれている。

 それはグロムとヴェーテルも例外ではなかった。


「クソ、キリガネエ!」

 ヴェーテルが毒づいた。無理もない。彼の視界はすべてエンジェル達で占められていると言っても過言ではなかった。これまで数え切れないほどのエンジェルを倒しているにもかかわらず、だ。まるで煙を相手に斧を振り回しているかのようだった。


「オレ達はあくまでリリム様のための囮だ。リリム様が目的を達成できれば本望だ」

 背中越しにグロムの声が聞こえた。


 ヴェーテルが見渡す限り、味方の姿はこのグロムしか見当たらなかった。他の仲間たちが全滅したとは考えたくはないが、世界のすべてが敵に回ったかのような感覚に精神が滅入る、


「ソレハワカッテイル! ワカッテイルンダ……」

 ヴェーテルの力ない声をグロムは初めて聞いた。


 しかし、わからない話ではない。リリムのために命を散らせるはあの日、リリムに忠誠を誓ったときからの本望であったが、いざその時が近づいているとなると悔しくもあった。

 リリムの計画の成就を見ることなく斃れることはこの上なく口惜しかった。


「それでも、やるしかない。やるしかないんだ……」

 絞り出すようにグロムが言うと、背中越しの相棒にパワーがみなぎってくるのが伝わった。


「オウヨ! 最期ガ貴様ノ隣ッテノガ気ニイラネーケドナ――ッ!」

「それはこっちの台詞だ!」


 オーガとワータイガーの大男達が同時に武器を振った。その瞬間、数十という単位のエンジェルが吹き飛んだ。しかしすぐさま空いた場所にあたらなエンジェルが補給される。


「カカッテコイ! 死ヌマデ俺ハ戦イ続ケテヤル!」

「ここが俺達の死に場所だ!」


 文字通り最後の力を振り絞り、一秒でも長く与えられた使命を全うするために武器を振るう。


 しかしそれもやがて限界が訪れる。

 彼らの体力は有限だが、エンジェル達は無限とは言わないまでもそれに近いほどの数で押し寄せてくるのだ。


 グロムの足が止まり、ヴェーテルの斧が地面に落ちる。

「ここまでか……」

「ソノヨウダ」


「しかし、これでリリム様の望む世界が作れるのであれば」

「アア、悪クナイ人生ダッタ」

 無数のエンジェル達が二人に殺到する。二人は観念してその場に腰を下ろし、目を閉じてその時を待った。


 しかし――


「……?」

「コレハ、ドウイウコトダ……?」


 いつまで経ってもやって来ない『その時』に業を煮やし当たりを見渡すと、それまで怒濤に流れる水のように押し寄せてきていたエンジェル達がまるで凍り付いたかのように静止していた。


「何が起こった?」

 立ち上がり、さらに辺りを見渡すと、見える範囲すべてのエンジェル達の動きが止まっていた。地上の天使、上空の天使、すべてだ。


 さらに――


「オイ、グロム! コリャドウナッテヤガル!」

「わ、わからん……。だが――」


 固まったエンジェル達は示し合わせたかのように無数の光の粒に分裂し、そのまま蒸発するように消えていった。


 エンジェル達が消えた後には数人から十数人単位で分断された、疲弊した友軍兵士達がやはり同じように狐につままれたような表情で立ちすくんでいた。


「勝ったんだ! 俺たち――いや、リリム様が“神”に勝ったんだ!」

 最初にそう言ったのは誰だったろうか。しかしその実感は徐々に戦場全体に広がっていく。


「勝った!」「やったぞ!」「俺たちの勝利だ!」「ざまあみろ、“神”!」「リリム様!」


「そうだ、リリム様だ!」「リリムさま……!」「リリムさまー!」「リリム様!」


「リリム様! リリム様! リリム様! リリム様! リリム様! リリム様! リリム様! リリム様! リリム様! リリム様! リリム様! リリム様!」

 大歓声となってリヴィングストンの街を覆い尽くした。


 歩兵も、騎兵も、弓兵も、魔法使いも、老いも、若きも、男も、女も、一兵卒も、盗賊も、将軍も、宰相も、暗殺者も。誰も彼もがリリムの名を呼び、抱き合って勝利の涙を流した。

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