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我は全能なり!

 すべての魔法を取り上げられた“神”は、その場から『カテドラル』に無様に落下した。


「ぐえっ!」

 カエルを潰したような声がした。


 リリムは無表情でコツ、コツと足音を立て、赤いドレスをなびかせながらそこへと歩を進めていく。


「ま、待て……待ってくれ! 世界を消滅させると言ったのは嘘じゃ。神のちょーっとしたお茶目な冗談なのじゃ!」

 そこにはつい先ほどまでにいた若々しく、活力にあふれた美しい青年はおらず、あの孤島の小屋にいたしわがれた老人だけがいた。


「〈魔王因子〉は慈悲深き王になれとわたしに求めましたが――」

 枯れ木のような手を伸ばして命乞いをする“神”。そこには創造者としての威厳など微塵も感じられない。


「あなたには、もはや慈悲をかけることすら不可能です。自らの行いを後悔しながら死になさい」

 ゆっくりと“神”の前までやってきたリリムはそのままソウルファイアを振りかざす。


「ま、待て……待つのじゃ……!」

 そこから逃れようと“神”は必死に後ずさる。

 しかし、もう後はない。“神”は『カテドラル』の端まで追い詰められてしまった。


「観念しなさい。おとなしく――」

「わ、わしは死にたく――」

 さらに後ずさった“神”は、バランスを崩し、そのまま地上へと落下していった。




 その様子は、デルフィニウムを経由して地上にいた人々にも届けられていた。

 “神”がみっともなく命乞いをした挙げ句、逃げようとして塔から落下するところまで余すことなく。


「おい、あれ……」

 一人が指さした。皆がその方向を見る。


 破壊された塔の上の方、はるか数百メートルから落ちてくる小さな点。それは少しずつ大きくなって、やがてはっきりと見えるようになった。

 心身共にみすぼらしくなった“神”のなれの果てだった。


 そこにいる人々はそれを何の感情もなくただ見つめていた。

 あんな物を信仰していたのかとすら最早思わなかった。


 そんな中、当の“神”は――


「まだじゃ、わしはまだ死ねぬ。こんな所で消えるわけにはいかんのじゃ。何のために長い年月を掛けて苦労してこの仕組みを構築した? すべてはわしの楽しみのためじゃ。こんな所で――」


 しかし、力を失った“神”にできることは限られていた。

「せめて、新しい肉体をどこかから調達できれば……」


 落下しながら起死回生の策を練る。しかし、たとえ“神”でもそう都合良く事が運ぶはずはない――


 などということはなかった。


 それまで死んだように濁っていた“神”の瞳に輝きが戻る。

「見つけたぞ! わしの作った身体! あれこそわが『器』に相応しい肉体!」


 それは“神”自身が作り、また、今の“神”であっても抵抗できないほど脆弱な肉体。

 あの肉体を乗っ取り、魔法の力を取り戻せば世界を消滅させることなど容易いことだ。


 幸い、あの忌々しい魔王はもう数百メートルの彼方だ。瞬時にすべてを終わらせればいくら魔王といえどどうにもならない。

「ふはははははは! かった、勝ったぞ! わしの勝ちじゃ! やはり我は全能なり!」


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