世界が滅びるのは貴様たちのせいだ!
“神”が緩やかに右手を挙げた。人差し指が天を指し示すように伸びている。そこに集まってくる『マナ』。
「ふん。乗せられたとも知らず、暢気な奴じゃ」
『カテドラル』構造物を身にまとった“神”はその堅牢さによって二人の攻撃はほとんど無効化されていた。それはリリム達にとって厄介な代物であった。
その鎧を剥がすために顔のない怪物を縛り、挑発したのだ。
作戦通り、“神”は重くて堅牢な殻を破り、外へ出てきた。
リリムの隣に立っていたルーヴェンディウスが消えた。
次の瞬間、吸血鬼の真祖は“神”の背後にまわり、手の中に出現させた魔剣ハースニールを手加減なしの全力で振るう。
ハースニールの切っ先が“神”を貫くかと思われたその時、ハースニールは跡形もなく消滅した。
「何っ!?」
驚くルーヴェンディウスの方を振り返った“神”がルーヴェンディウスに手を伸ばす。
「神に逆らう愚か者はすべて消去だ!」
その手がルーヴェンディウスの頭を掴もうとする直前、“神”の背が爆発した。
「させません!」
リリムが続けざまに火炎弾を放つ。爆炎が神の周囲に広がり、さながらもうひとつの太陽が出現したかのように輝く。
「わしのハースニールを消しおった」
リリムの隣に舞い降りたルーヴェンディウスが忌々しげに言った。
「奴め、まだあんな手を残していたとは……!」
リリムは爆炎に包まれた“神”から視線を外すことなく魔法を放っていた手を下ろした。
爆炎がおさまっていくと、そこからは無傷のままの“神”がいた。
「ふははははは! 効くか! この僕を本気にさせてしまったこと、今さら後悔しても遅いぞ。もう決めたんだ。創造主たる僕の思い通りにならない世界なんてもういらない。すべてを消して、一から作り直してやる……! 世界が滅びるのは貴様たちのせいだ!」
「なんじゃと!? 奴め、世界まるごと消すつもりか! まだそんなパワーが残っておったのか!?」
「いえ――」
どこかのんびりした語り口のリリムに違和感を覚え、ルーヴェンディウスは友の顔を見た。
リリムは微笑んでいた。
「あれはおそらく、世界を消すためだけの魔法でしょう」
魔法とはイマジネーションの世界である。思ったことが現実になる。ゆえに、この世界を破壊せずとも、例えば原子を結合させるための定数を少し変えてやるだけでたちまちこの世界は崩壊する。そこに強大なパワーは必要ない。
先ほど触れただけでハースニールが消滅したのがまさにその証拠といえた。
「ですが――」
リリムは宙に浮かび魔法の行使を開始している“神”に向けて、手を伸ばした。
「魔法であるならば問題ありません、何故なら」
今なら理解できる。あの時、塩にされたときはリリム自身の在り方が変わりつつあったから対処できなかった。
しかし、今は違う。今のリリムは万全の状態だ。階下で戦う勇者イリスが塩になった彼女を五年間守り続け、今も隣に立つ吸血鬼ルーヴェンディウスが元に戻してくれた。
リリムの確信をよそに、“神”は勝ち誇ったような表情でリリムを見下ろしている。
「ふははははは……! 次の世界では〈魔王因子〉も勇者もなしだ。絶望の中、ただひたすら相争うだけの世界を構築してやる。絶望の中、消滅せよ!」
その魔法を行使するために“神”が手を振り下ろす直前だった。
「わたしに魔法は効きません」
そして、“神”に向けていた手のひらをぐっと握る。
「消えなさい」
その瞬間、“神”に掛けられていたすべての魔法が消滅した。
「へ?」
空を飛ぶ魔法も、神のごとき造形を誇るその姿を形作る魔法も、そしてもちろん、世界を消滅させる魔法も。




