これはわたしがやらねばならないことなのです
身体から急速に力が抜けていく感覚に、顔のない怪物は思わず膝をついた。
「くっ……また力が失われた……!」
“神”が忌々しげに吐き捨てた。
辺り一面に散乱する『カテドラル』屋上の残骸をはさみ、リリムが対峙している。その斜め後ろにデルフィニウムを抱えたルーヴェンディウスが着地し、彼女を下ろすと、デルフィニウムは再びフロアの隅――崩れかけた『カテドラル』の壁を背にして首からぶら下げたクリスタルを手に持った。そこから聖都ペイントン全域にこの光景が映し出されている。
すでにルーヴェンディウスの分身はすべてその役割を終え消滅している。
『カテドラル』最上階からは文字通り神の造形物としての美しさは失われていた。“神”自身がそれを破壊したのである。
周囲の構造物をかき集め、“神”をその核として誕生した顔のない怪物は、神の尖塔を思うがままに破壊し、やがて最上階は崩れ去った。
今、怪物とそれに対抗する三人の少女たちは『カテドラル』屋上に至るまでに通ってきた透明のシリンダー状の乗り物――エレベーターに乗り込んだフロアにいる。
来たときは一切の光が差さない場所だったが、今このフロアは上部が完全に破壊され、昼の日差しを存分に浴びている。フロア中心部に半壊したエレベーターが屹立しているのが屋上との大きな違いだ。
――ぐるるるるるるるるる……。
顔のない怪物が唸り、身をよじった。
しかし、屋上でそうしたように暴れることはできない。もちろん、今立っているフロアを破壊することも。
フロアから幾本もの暗黒の鎖が湧き出しており、顔のない怪物の四肢を縛っていたからだ。そのために思うように動くことができないでいた。
「くそぉぉぉぉぉぉぉっ!」
再び怪物が身をよじった。それに対し、暗黒の鎖を持ったリリムが腕を引くと怪物の腕に繋がれた鎖が引っ張られ、逆にその巨体をフロアにたたきつけた。その様はまるで猛獣を調教する猛獣使いだ。
塔全体が揺れるほどの振動が起こったが、先ほどとは異なりフロアが破壊される様子はない。
「放せ! この、背教者めが! ゴミクズの分際でこの神を縛り付けるか!」
すかさず、追加の鎖が怪物の身体全体を縛る。
リリムがさらに腕を引くとさらに鎖が怪物を締め付けた。『カテドラル』構造物でできた身体がぎちぎちと音を立ててきしむ。
今ここで『カテドラル』の上に立ち戦っていることからもわかるとおり、この構造物はきわめて堅牢である。“神”が弱体化しているとはいえ、この堅牢さは厄介な代物だった。
〈魔王因子〉のもつでたらめなパワーによってフルパワーで攻撃を打ち込めば破壊できないこともなさそう(実際、このフロアに上がってくる際にルーヴェンディウスが破壊した)だが、これ以上破壊した場合、地上の人々に危害が出るかもしれないという懸念がリリムを躊躇わせていた。
それを考慮に入れてこの場所に“神”はいたのかもしれないと思うと腹立たしい。
「リリムたん」
そう考えていると、ルーヴェンディウスが耳打ちをしてきた。
「なるほど……。それはいい考えですね。さすがはルーヴェンディウスさまです」
「ならばわしが……」
と言いかけたところでリリムが一歩前に出てルーヴェンディウスを制した。
「いえ、ここはわたしが」
「いいのか? こういうのはわしの方が得意だと思うのじゃが」
ルーヴェンディウスの言葉にリリムは首を振った。
「いえ、これはわたしがやらねばならないことなのです」
「そうか。わかった」
それだけを言ってルーヴェンディウスは引き下がった。




