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宵、残り半分のビールを片手に

作者: マリーの森

 夕暮れのアパートの階段に一人座り、缶ビールを片手に…だけど飲むのも忘れて…彼は何をするでもなく、ただただ一点を見つめていた。

 彼は自分がこの先何をするべきなのか、何処へ向かうべきなのか、全く分からなくなっていた。

 相談出来る友達がいない訳でもない。親は亡くなっているが、弟が二人いる。孤独ではない。孤独ではないが、彼は誰とも話す気にはなれなかった。誰も信用出来ないなど思ってもいない。ただ、話す気になれないだけだ。何故かは分かっている。誰も彼に答えをくれるとは思えないからだった。

 暗くなってきたが、彼は動くことなく、階段の灯りに照らされながら、ふと、手に持っている缶ビールを開けた。一口飲む。何かを考えているような、もしくは何も考えていないような、彼にも自分の事が分からなかったが、喉を通る冷たいビールだけは心地よかった。

 

 どれくらいそうしていただろうか。彼は立ち上がり、パンツを叩くと自分の部屋に戻ろうか迷った。階段も部屋の中も彼にとっては同じだった。何処へ行こうが彼の漠然とした悩みの求めている答えは見つからない。

 部屋は2階だ。やはり部屋に行こうと階段を踏みしめると、後ろから声をかけられた。振り返ると見回りの警察官が一人こちらを見つめて立っていた。

 

 「お兄さん。僕さっきもここを通ったんだけど…まだ居たんだね。自分の部屋に戻るんですか?」

 若い男の声だった。警察官なんだからそれなりの年だろうに僕…?そんな軟そうな呼び方で勤まるのか?とは思ったが口に出た言葉は当たり障りのない返事だった。

 「そうですか。お兄さん、思い詰めてるようだったから少し気になって…僕で良ければお話聞きますよ?」

 明らかに自分より年下の警察官に心配されても彼は特に気にしなかった。部屋に帰っても何も無い。眠る時間までまだある。缶ビールは…まだ半分ほど残っているようだった。

 「お巡りさん。ビールがまだ残っているんです。これが無くなるまで、よろしければ付き合って頂けますか?」

 気がついたら言葉が出ていた。


 二人はアパートの階段に座った。彼は隣に座る警察官をちらりと見た。20代であろうか、やはり若い。

 「はぁ…。何をするべきなのか分からない…と。お兄さんみたいな人でもそういう事考えるんですねぇ。仕事もしているんでしょ?生活があるんだからとりあえず仕事しないと生きていけないですよね。…なんてお兄さんは分かってますよね。それでいて困っているんですもんね。何かきっかけでもありました?」

 彼が答えずにいると警察官は続けた。

 「いつも通り生活していても突然降って湧いたように今まで考えてもいなかった事柄が頭を占める事ありますもんね。そういう風です?」

 彼はビールを一口飲み、話し始めた。

 「思春期頃からかな…こんな考え方になったのは。やることは分かっているのに、分からない。何処へ向かうべきなのか分かっているのに、分からない。ふとした瞬間に分からなくなって足が止まってしまうんですよ。そういう時は悩んでいる自分を放っておくんです。答えなんて無いですから。悩むだけ悩んで、考えるだけ考えて、疲れたら許されるだけ何もかも放棄して…最低限やるべき事はやって…だましだまし今まで来ましたが今回は…どうしょうもなくて途方に暮れていました。」

 警察官はさっきまでの饒舌さは何処へ行ったのか黙って聞いている。

 「先程も言いましたが、答えなんて無いのは分かっているんです。無駄なことをしている自覚もありますが、足は止まる。動けなくなるんです。やる気が無い訳でもありません。どうしょうもないですよね。」

 言い切って彼は最後の一口を飲んだ。空になった缶ビールを振って見せる。

 「無くなりました。お巡りさん、勤務中に聞いてくれてありがとうございます。部屋に帰ります。お巡りさんももう遅い時間ですからお気をつけて。」 

 立ち上がり、警察官に背を向けた。見知らぬ年下の警察官に何も期待していない。一人でいると余計な事を考えるから、時間を潰しただけだ。

 「お兄さん。」

 彼は顔だけ後ろを向いた。

 「近いうちにお兄さんに良いことが起きますよ。」


 彼は警察官と別れるとアパートの部屋へ帰った。エアコンをつけ、シャワーを浴びる。オールインワンのクリームを顔につけ、久々に好きなアーティストの曲を流した。冷蔵庫を開け、ビールを飲もうかとしたが止め、ミネラルウォーターにした。

 彼にはこれから彼に何が起ころうと関係無かった。気分がとても良いのである。霞がかっていた思考が今では晴れ晴れとしている。彼は名前も分からない若い警察官に感謝した。

  

 

 

 

 

 

 

 


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