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(13)昭和61年① 山田と山田ママのお受験顛末記

山田たちのグループは、山田の指示のもとそれぞれの学級で手下のメンバーが日常的に授業を妨害して、特に20代の女性教師が担任のクラスは収拾もつかないほどの崩壊状態となっていた。

しかしメンバーのほとんどが転校していった2学期以降は、どのクラスも平穏を取り戻した。


町内で相次いでいた窃盗や迷惑行為に加え放火ときて、さすがに警察の手が入った。

しかし山田は、無傷だった。


悪行の数々は山田が指示を出してはいたが、直接の実行犯ではなかった。

町の住人も地域の有力者の息子である山田ではなく、山田に指示されて実行した子供たちに非難の目を向けた。


山田もおそらく必死にしらを切り、山田ママもそれを援護しただろう。

色々な大人の事情も絡み合い守られて、山田は2学期以降も普通に登校した。


けれども子供たちの目は冷ややかだった。

グループの忠実な手下たちのいない山田を、もう誰も怖がらなくなった。


9月の終わりに、修学旅行があった。

その間じゅう、山田はひとりぼっちだった。


旅行初日に山田の弁当が行方不明になるという事件が起きた。

山田の弁当は、遠足の時も街なかの料亭に特注で作らせているという噂だった。


その弁当はすぐに、昼食のために立ち寄った自然公園のゴミ箱にぶちまけられているのが発見された。

おそらくかなりの子供たちが、犯人とその行動を見ていたはずだ。


だが、結局犯人は分からずじまいだった。

それだけ多くの子供たちから嫌われていた、山田だった。


いや、教師たちでさえも山田の弁当捜索とその後の犯人探しに消極的だった。

教師たちも学校を混乱の中に陥れた黒幕としての山田に気付いていたし、PTA副会長としてあれこれ学校運営に口を出してくる山田ママへの反感もあったのかもしれない。


山田は完全に四面楚歌の状況に置かれていた。

学校に持ってきた文房具が隠される、教科書やノートに落書きされる、上履きがトイレの便器の中で見つかる、外履きが焼却炉の熱い灰の中から半分溶けた状態で見つかる・・・しかしそれはかつて彼が手下に命じて弱い子供たちに対してやってきた事の、仕返しに過ぎなかった。


自分がしてきた事が返ってきただけだったが、山田と山田ママは納得がいくはずもなかった。

しばしば親子して学校に抗議に出向く事もあったが、大抵は「お話、伺いました」の一言で済まされていたようだ。


明らかに風向きは変わっていた。

その焦りからか、山田ママは山田に対する学習面での締付けを強めていった。


何が何でも有名私立に入れなければならない、入れなければ地元の公立中で息子は辛い目に遭い、自分は地域の中でもっと惨めで辛い思いをせねばならない・・・そのような強迫観念に取り憑かれていたのかもしれない。

まだ小学6年生の山田に午前0時過ぎまで勉強させ、学校にも休み時間や昼休み用の問題集を持たせた。


結構な高額の寄付をして居させてもらっている進学塾とは別に、家庭教師も雇った。

しかし塾での成績は最下位あたりに低迷し、家庭教師も学校のテストの度に「効果なし」としてクビになった。


散々な山田の成績に山田ママが直接制裁を加える事は以前からだったが、その頻度も劇的に増えていった。

ほうきで殴られた、花瓶を投げつけられた、晩ごはん抜きだった・・・そんな山田は着ている服こそきれいで立派だったが、山田自身はげっそりとやつれ、目の下にはクマ、服の下には赤や青の(あざ)


そんな状態で私立の受験なんかできるものかと大人たちは噂し合ったが、しかし山田は県外の超難関校を中心に複数受験した。

一方で県内の私立は、1校しか受験しなかった。


日程が重なるなどの事情もあったが、最大の理由はやはり山田ママのプライドのようだった。

山田ママは子供の成功が自分の成功に等しいと思っているフシがあり、だから山田の兄も県外の超難関私立中に入学させたし、山田もそうするつもり・・・いやそうさせなければならないとも信じていたようだ。


牧雄は、どこか県外の中学に山田が受かればいいと祈りに近い思いでいた。

それはひとえに、山田に目の前から消え去ってほしいという願いからだった。


すっかり惨めに弱りきった山田だったが、牧雄は同情の気持ちは少しも感じなかった。

むしろいい気味と思い、もっと悲惨な目に遭えばいいのにとさえ思っていた。


しかし山田が哀れな立場になるよりは、遠くの中学に合格してくれる方が牧雄にとっては幸せだという事は漠然とだけれど直感的もしくは本能的に分かっていた。

だから山田が受験のために休んでいる間に、学校帰りに神社に寄って山田の合格を祈ったりもした。


しかし・・・牧雄の思い、そして山田ママのもっと強烈な思いも虚しく、山田は全ての試験に落ちてしまった。

そして牧雄にとっては親友とも呼べる大江は対照的に、山田親子の第一志望で山田の兄が寮生活している県外の超難関校に合格した。


山田ママは最後の一校の不合格の知らせを受けて、半狂乱になったという噂だった。

そして山田は卒業式まで1日も登校しなかったが、家の中で「せっかん」されていると子供たちは馬鹿にして笑いながら言い合った。


卒業式の日、山田は練習にも参加しなかったから「卒業式呼びかけ」にも一切の台詞が無かった。

全員起立の間にも力尽きてふらふらと椅子に腰を落としたりもしたが、周りの子供たちは無常にもそんな山田を小突いて無理に立たそうとした。


その山田は、血の気のない顔をして痩せこけていた。

寒いのか、悔しいのか、それとも怖いのか、手の先はブルブル震えていた。


来賓席から、PTA副会長の山田ママは山田を鋭い目で見つめ続けていた。

ふとそれを横目で見てしまった牧雄は、その狂気を帯びた空気にゾッとして嫌な汗を背中に感じた。


卒業式の後は山田は学級のお別れの会、山田ママもPTAの会合があったが、ふたりともそれらには顔を出さず学校から逃げるように姿を消した。

山田の机には卒業証書やアルバムなどがぽつんと残され、来るはずもない机の主を待っていたという。


山田は、地域の公立中へ進学する事になった。

おそらくそうなるだろうなと思っていた牧雄だったが、正式にそれを聞いた時は暗澹たる気持ちになった。


大江は本当に県外に行ってしまい、彰子は相変わらず牧雄のことはなかなか相手にしてくれない。

そんな牧雄の暗澹たる心の内とは裏腹に、陽の光は暖かく桜がきれいに咲いていた。

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