最低な人間(地洋天)
裏川屏風はあまりジャンルにとらわれる人ではなかった。
一枚の絵画を描くように描写を重ね、読者に情景をイメージさせることにのみ力点を置いた短編を書いたかと思えば、会話文だけの長編を仕上げたりもする。また次の週には500字にも満たないショートショートを投稿したりと、作風の一貫しない作家だった。
読者視点で見れば、彼ほど不親切な作家はいないだろう。前作が気に入って、じゃあ同作者の最新小説を、とクリックしてみれば、嗜好の異なる駄文が掲載しているのである。固定読者がつかないのも当然といえよう。
彼との出会いは一年前の企画小説である。
ようやくなろうに慣れ始めた私は、仲間募集にて学園物のリレー小説を書こうと呼び掛けた。
数日後、評価依頼や雑談スレで交流のあったカラメルピンクさんと、他の企画でお世話になった卯乃墓参さんからの参加表明を頂いた。
始めての企画立案に戸惑いながらも三人で形式や設定を相談していると、突然横からレスが入った。
『裏川屏風といいます。ぜひ企画に参加したいのですが、募集はもう締め切られているのでしょうか? まだでしたら仲間に入れてください』
まだ大したことは決まっていなかったため、ぜひ参加してくださいと返信した。
裏川屏風。初めて見る名前だった。多くの作家さんと交流を持ちたかった私には、彼の参加はとても嬉しかった。早速、裏川さんの作者ページ(注:現ユーザーページ)へ飛び、全作品を読んだ。
その時の正直な感想は、ひどく読み難かった。短編五作と簡潔済み連載一作(全六話)を読みきるのに、丸一日かかってしまった。彼の奇才ぶりに驚きながらも、彼の参加でリレー小説がどういう展開をみせるか、楽しみでもあった。
その後、リレー小説がどういう結末を見せたかは、ご存じの通りである。
私が一話目の《起》を書き、卯乃墓さんが《承》を書き上げた所までは良かった。友情と恋愛の狭間で揺れる主人公の葛藤が、軽やかな文体で進んでいた。そこに彼女の元カレ登場、というシーンで《承》が終わり、裏川さんの《転》へとバトンが渡された。
二日後、彼の投稿作品を見て愕然としたのは私だけではないだろう。
なぜか舞台が戦時中の大久野島に移り、陸軍造兵廠の記述が始まったのである。
「秘匿名きい二号は化学名をルノサイトと呼び、強い糜爛性を持つ黒褐色の液体で……」
この調子で3500文字。学園でも何でもない。
《結》を勤める筈だったカラメルさんから「辞退させて下さい」との連絡を受けた。そりゃ当然だろう。
結局、企画はウヤムヤのまま破綻となってしまった。
後日彼に聞いてみたら「意外だったろ?」と言われてしまった。
裏川屏風は最低な人間だ。
そして最高の作家である。 (地洋天)