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2.咲耶と咲希

「何なんだ、てめえは……?」

「そんなもん、どっから持ち出しやがった?」

 男たちの視線が咲耶の裸身ではなく、その右手に持っている美しい日本刀に集中した。月の光を反射して銀色に輝く刀身は、この世の物とは思えないほどの光輝を放っていた。


「これは<咲耶刀>という。あの<草薙剣(くさなぎのつるぎ)>に勝るとも劣らぬ神刀ぞ。その切れ味、試してみるか?」

 見る者を魅了するほどの微笑を(たた)えながら、咲耶が告げた。その美声に男たちがゴクリと生唾を飲み込んだ。素人目にも、<咲耶刀>が単なる刀には見えなかったのだ。咲耶が告げたとおり、それは紛れもなく神威を(まと)った神刀であった。


「やべえぞ、こいつ……」

「に、逃げようぜ……」

 咲希の胸を揉みしだいていた男が後ずさりながら呟くと、それがきっかけとなって男たちは脱兎の如く逃げ出し始めた。


「逃げられると思うてかッ!」

 <咲耶刀>を右手で構えながら、咲耶が男たちの後を追いかけようと足を踏み出した。

 その瞬間、咲耶の脳裏に絶叫が響き渡った。

『殺しちゃダメッ! 咲耶、殺さないでッ!』

 それは紛れもなく咲耶と意識を入れ替わった咲希の声だった。


「お前を手籠(てご)めにしようとした輩を、許すというのかッ?」

 思わず足を止めると、咲耶が驚きの声を上げた。

『許すはずないわッ! でも、殺したら面倒なことになるッ! 峰打(みねう)ちでお願いッ!』

「分かった。お前がそう言うのであれば、今回だけはそれで勘弁してやろうぞ!」

 そう告げると、咲耶が男たちに向かって跳躍した。


「ひッ……!」

「ど、どこからッ……?」

 一瞬で二十メートルもの距離を跳ぶと、咲耶は男たちの前に立ちはだかった。そして、驚愕のあまり立ち竦む男たちに向かってニヤリと微笑みながら告げた。

「本来であれば首を刎ねるところじゃが、特別に情けをかけてやろうぞ……」

 次の瞬間、再び咲耶の姿が消失した。


「ぎゃッ……!」

「ぐわぁッ……!」

「ぎゃああッ……!」

 男たちが次々と手足を押さえながら地面を転げ回った。眼にも留まらぬ速度で移動し、神速の峰打ちによって男たちは手足の骨を砕かれたのだ。


『咲耶、全員のスマホを壊してッ!』

「スマホとは何じゃ……?」

 脳裏に響き渡る咲希の言葉に、咲耶は首を傾げて訊ねた。

『こいつらがあたしの裸を録画していた機械よ。中に入っているSDカードも忘れずに斬り裂いて……!』

「この四角い箱のことか? SDカードというのは何のことじゃ?」

 男たちのポケットからスマートフォンを取り出しながら、咲耶が再び訊ねた。


『録画のデータを保存してある……ああ、もういいわ。その箱を一センチ刻みに細かく斬り裂いてッ!』

「一センチとな? それはどのくらいじゃ?」

『……。とにかく、その箱をサイコロくらいの大きさに斬り裂いて……』

 疲れたような咲希の言葉が、咲耶の脳裏に響いた。


「助けてやったというのに、人使い……いや、神使いが荒いのう……」

 不満そうにそう告げると、咲耶は男たちから抜き取った六台のスマートフォンを次々と宙に放り投げた。そして、目にも見えぬ速さで<咲耶刀>を振ると、すべてのスマートフォンをサイコロ状に斬り裂いた。スマートフォンが小さな残骸となって、地面に降り落ちてきた。


「これでよいのか?」

『ありがとう。後は誰か来ないうちに、早く服を着て……』

「あの白いサラシのようなのも着けるのか? あれは胸が苦しくて好かぬ……」

 美しい貌を(しか)めながら、咲耶が文句を言った。

『絶対につけなきゃダメッ! それから、その<咲耶刀>を早く仕舞って!』

「分かったから、頭の中でそう喚くでない。うるさくて(かな)わぬわ」

 そう告げると、咲耶は右手に持っていた<咲耶刀>を消滅させた。どうやら、咲耶の意志によって具現化したり、消滅させたりできるようだった。

 そして、嫌々ながらブラジャーを身につけ、破られたブラウスを羽織ってスカートを履いた。


『ブラウスの前を閉じないと……。ボタンは全部千切れちゃったから、安全ピンで留めようか?』

「安全ピン……?」

 神代(かみよ)の時代に葦原中国(あしはらのなかつくに)で生を受けた咲耶に、現代の常識などあるはずもなかった。言葉は通じるが意思の疎通が取れない会話に、咲希は疲れたようにため息を付いた。


『後はあたしがやるわ。警察に行って事情も説明しなくちゃだし……。ありがとう、咲耶。変わって……』

「変わる……? 何を言っておる? 十二年ぶりに呼び出しておいて、用が済んだらすぐ戻れと申すのか? ()はお前の守護神ぞッ! 馬鹿にするでないッ!」

 咲希の言葉にムッとしながら、咲耶が文句を言った。


『ち、ちょっと……。まさか、このままでいるつもりなの?』

「当然じゃ。久しぶりの現世(うつしよ)じゃ。しばらくの間、この体で楽しもうぞ……」

 咲希の焦燥を嘲笑うかのように、咲耶が胸を張って告げた。

『じ、冗談よね……? 現代の常識がまったくないのに、あたしと入れ替われるはずないでしょ!』

「常識など、数日過ごせばすぐに覚えるわ。こう見えても、()葦原中国(あしはらのなかつくに)の神の一柱(ひとはしら)ぞ。分からぬことは、お前が教えればよいだけじゃ」

 咲耶の言葉に、咲希は愕然として固まった。そして、慌てて(まく)し立てるように叫んだ。


『何考えてるのよッ! 安全ピンさえ知らない神様がどこにいるのよ! そんなんでまともに生活できるはずないでしょッ!』

「だから、知らぬことはお前が教えればよいじゃろう?」

『馬鹿なこと言ってないで、早く元に戻してよッ! あんた、あたしの守護神なんでしょ? 守護神が本体(あたし)を困らせてどうするのよッ!』

 このままの状態で家に帰ったら、五分と経たずに異常なことがバレるのは間違いなかった。まして、明日学校にでも行かれたら、今まで築き上げてきた日常が崩壊することは目に見えていた。男たちから助けてくれたことには感謝しているが、それとこれとは別問題だった。


「ええい、うるさいッ! こやつらから救ってやった恩を仇で返そうというのか! それ以上文句を言うのであれば、ずっとこのままの状態にしてやろうかッ!」

 咲耶がキレたように叫んだ。守るべき人間と同レベルでケンカする神様がどこにいるのかと叫びたかった。咲希の中で、神様のイメージが変わった瞬間だった。


『わ、分かったわよ。しばらくはあたしの体で現代見学をしてもいいから、そんなに怒らないでよ……』

 ハアッと大きくため息を付きながら、咲希が折れた。本当にこのまま元に戻れなくなることだけは、絶対に避けなければならないと思ったのだ。

「最初から、そのように協力すればよいのじゃ。では、鞄と竹刀は持ったから、そろそろ帰るとしようか?」

 ニヤリと満足そうな笑みを浮かべると、咲耶が機嫌を直したように告げた。


『その代わり、三つの約束をして……』

「三つ……? 多いのう……」

 不満そうな表情で、咲耶が文句を言った。

『これでも、精一杯の譲歩なんだから、文句は言わないで……。まず、当面は誰かと話をする前に、話す内容をあたしに相談すること……』

「いちいち面倒くさいではないか……」

 咲耶の苦情を無視して、咲希が続けた。


『二つ目は、入れ替わる期間は一週間だけ……』

「せめて、一月……」

『だめッ! だいたい、神様って人に干渉したら不味いんじゃないの?』

「うッ……」

 咲希の言葉が痛いところを突いたと見えて、咲耶が黙り込んだ。


『三つ目は、どうしてもヤバいときはすぐにあたしに変わること……』

「そんなときがあるはずなかろう? さっきだって、()のおかげで助かったではないか?」

 咲耶が胸を張って言い放った。だが、次に告げた咲希の言葉に咲耶は黙り込んだ。

『来週、英語の小テストがあるんだけど……。咲耶、英語分かるの?』

「お、教えてくれればよいではないか……」

『テストって、時間との勝負だって知ってる? いちいち教えていたら、あっという間に時間切れになるわよ。赤点を取り続けると、あたし、三年生になれなくなっちゃうわ。守護神が本人(あたし)の足を引っ張るって、どうなのかしら……?』


「わ、分かった。テストとやらの時だけは変わってやってもよい」

『授業中、先生に当てられたときは? 咲耶、ちゃんと答えられるわよね?』

「じ、授業中も、変わってやってもよい……」

 だんだんと声のトーンが落ちてきた咲耶に、咲希はニヤリと微笑みを浮かべた。そして、最も大切なことを咲耶に告げた。


『明後日、桐生先輩たちと映画に行く約束があるの。あたしにとって、とても大切な……』

「映画じゃとッ! 前から一度、観てみたかったのじゃ! それだけは絶対に譲らぬぞッ!」

 映画という言葉を出したことを、咲希は後悔した。まさか、咲耶がそれほどまでに映画に興味を持っていたとは、考えもしていなかった。


『映画の間は、あたしの体を使っていいわ。その代わり、デートの時は元に戻って……』

「心配するでないッ! 桐生とやらと仲良くなればよいのであろう? 男など、口づけの一つもしてやればイチコロじゃ!」

「く、口づけって……! 何考えてるのよッ!」

 咲耶の言葉に驚愕しながら、咲希が叫んだ。初めてのデートでそんなことをされたら、次から桐生と合わせる顔がなかった。


『口づけでは足りないと申すか? では、同衾(どうきん)してやろうか?』

「ドウキンって何……?」

「同衾と言えば、一緒に寝ることに決まっておろう。葦原中国(あしはらのなかつくに)では、(おのこ)が好いた乙女(おなご)(ねや)へ忍び込むことは、珍しいことではなかったぞ」

 咲耶の言葉から夜這いが昔の風習であることを思い出し、咲希は慌てて否定した。


『ば、馬鹿なことしないでッ! 口づけも同衾も禁止ッ! 現代の女子高生は、そんなことは校則で禁止されているんだからッ!』

 たしかに不純異性交遊などは禁止されていたが、それを守っている生徒は咲希を始めとするごく一部しかいなかった。だが、男女交際については中学生レベルの知識しかない咲希は、世間一般の女子高生と感覚がズレていることに気づいていなかった。


「そうなのか? つまらぬ世の中になったのう。だから、あやつらのように(おなご)手籠(てご)めにする(やから)がいるのかのう?」

 <咲耶刀>で手足を粉砕され、激痛のあまり気を失っている男たちを見据えて咲耶が告げた。

『そうだ! 警察を呼んで彼らを捕まえてもらわないと……』

「放っておくがよい。スマホとか言う証拠も壊したし、あやつらにもきついお仕置きをしておいたから、二度と咲希を襲おうとはせぬじゃろう。万一、襲ってきても、()が再び助けてやるわ。まあ、次は命の保証などせぬがな……」

 咲希の心配を笑い飛ばすように、咲耶が告げた。


『そう言われれば、そうね……。では、彼らはこのまま放っておいて、家に帰りましょう。この季節なら、凍え死ぬ心配もないしね』

 九月上旬なので蚊に刺される心配はあったが、そんなことまで気にしてやる(いわ)れはなかった。

 咲希は家までの帰り道で、「ただいま」、「いただきます」、「ごちそうさまでした」、「お風呂入るね」など、最低限の会話を咲耶に教えながら帰路についた。



『そこの上下の穴に鍵を通して、右に回すの。カチャッと音がしたら鍵を抜いて、取っ手を持ちながらドアを手前に引いて……』

(面倒な仕組みじゃのう……。昔は扉など横に引くだけじゃったのに……)

 自宅の玄関に到着すると、ドアの開け方から咲耶に教えなければならなかった。咲希はこの先どうなるのかと、一気に不安になった。


『玄関に入ったら、ただいまって言ってね……』

「ただいま……」

 脳裏に響く咲希の言葉を咲耶が告げると、パタパタとサンダルの音を立てながら咲希によく似た女性が出て来た。

『お母さんよ……。名前は紗子(さえこ)って言うんだけど、お母さんって呼んでね……』

(分かっておる。それにしても、咲希とそっくりじゃの……)


「お帰りなさい、咲希……。遅いから、心配したわよ。どうしたの、それッ……!」

 ボタンの代わりに安全ピンで留めてあるブラウスに気づき、紗子が驚きに眼を見開きながら訊ねてきた。

『やっぱり、すぐに気づくわよね? 友達と大げんかしてボタンが弾け飛んだって言って……。心配するから、本当のことは言わないでね』

(分かった……)


「友と派手な(いさか)いをして、ボタンとやらが飛んでしまったのじゃ。心配はいらぬ」

『ちょっと、話し方……! そんな口調じゃ変に思われちゃうじゃない?』

(そうか? 口調まで変えるとなると、大変じゃのう……)

「諍いって……? ブラウスのボタンが飛ぶほどの大げんかをしたの?」

「そうじゃ……そうなの。でも、大丈夫じ……大丈夫よ。心配しないで……」

 舌を噛みそうになりながら、咲耶が告げた。


「まったく、高校生にもなって何やってるのよ? 怪我はなかったの?」

「大丈夫……」

「相手にも怪我させてないでしょうね?」

「大丈夫……」

「もう……。余計な心配かけないでよ。早く着替えて、ご飯食べちゃいなさい」

 ハアッとため息を付くと、紗子はパタパタと足音を立てながらダイニングへと戻っていった。


『ふう……。何とか誤魔化せたみたいね』

(正直に、男どもに襲われて返り討ちにしたと言ってやればよかろうに……)

『そんなこと言ったら、警察を呼ばれてあれこれ事情聴取を受けるわよ』

(さっきも言っていたが、警察とは何じゃ……?)

『悪い人を捕まえる正義の味方みたいなものよ』

(ほう……。人間の中にも正邪を見きわめる神の如き者がいるとは知らなんだ……)

 咲耶の言葉に、咲希は小さくため息を付いた。


『とにかく、二階のあたしの部屋に行って、着替えましょう……』

(分かった。案内(あない)するがよい)

 胸を反らせて告げた咲耶の言葉を聞いて、咲希は再び大きなため息を付いた。



 ダイニングの椅子に着いたのは、それから三十分近くも経ってからだった。自分の部屋に入った途端に、咲希は咲耶から質問攻めに遭ったのだ。

 テレビやパソコン、エアコンなどの家電製品は当然のこと、ベッドやクローゼット、掛け時計など、咲希はありとあらゆる物を咲耶に説明してやらなくてはならなかった。机の上にある本さえも、咲耶にとっては初めて眼にする物だったのだ。考えてみれば神話の時代に、きちんと装幀(そうてい)された本が存在するはずもなかった。


『もう、いい加減にしてッ! 早く食事にしないと、お母さんに怒られるわよッ!』

(食事というのは、神饌(しんせん)のことか?)

『シンセンって?』

 初めて耳にする言葉に、今度は咲希が質問した。

(神に供える(ぜん)のことじゃ。我ら八百万(やおよろず)の神々は、お前たちの言葉で言うなら精神生命体じゃ。よって、普段は供物に宿る精気を吸って生きておるのじゃ)


『今はあたしの体なんだから、ちゃんと食事をしてよね。そうしないと、空腹で倒れちゃうわ』

(分かっておる。心配するでない。というか、現世(うつしよ)の人間がどんな物を食するのか、楽しみじゃわい)

『何か、凄く心配になってきたわ。箸は使えるわよね……?』

(馬鹿にするでない。古来より、日本人は箸と決まっておるではないか?)

 何故か胸を反らせながら、咲耶は得意げな顔を浮かべた。


『まったく……。大丈夫かな? 変なことを口走らないですよね?』

(咲希、神に向かって失礼極まりないぞ。()はお前の守護神じゃと言っておろう)

『守るべき本人の体を乗っ取っておいて、偉そうにしないでよ。一週間だけ体を貸してあげる約束なんだから、感謝してよね?』

(う……む……。分かっておるわ)


 その後もクローゼットの中にある服について質問攻めに遭い、Tシャツと短パンに着替えさせるだけで十分以上もかかったのだった。



「何という美味じゃッ! これほど美味い米は初めてじゃッ!」

 満面の笑みを浮かべながら、咲耶はあっという間に飯椀一膳を平らげた。出されたおかずにはまったく手を付けず、白米だけを(むさぼ)るように食べる姿を見て、紗子は茫然と咲耶の顔を見つめていた。


『ちょっと、おかずも食べてよ。お母さんがビックリしているわ……』

 昔の古代米と現代の精米の違いを知らない咲希は、驚きながら咲耶に告げた。

(おかずというのは、この黄色いぶよぶよした物のことか? そもそも、これは食べ物なのか?)

 ジトッとした視線で目の前にある料理を見つめて、咲耶が不審そうに眉を(ひそ)めた。


『オムレツって言う立派な卵料理よ。そのスプーン……銀色の(さじ)で食べるのよ』

(卵料理じゃと……? こんなものが……?)

『いいから、騙されたと思って食べてみなさい』

(あまり気が進まぬのう……)

 文句を言いながら、咲耶がオムレツを一口食べた。その瞬間、驚愕に大きく目を見開くと凄まじい速度でスプーンを繰り出し、頬をパンパンにしながらオムレツを頬張りだした。その姿は紛れもなく、生まれて初めてオムレツを食べた子供と同じであった。


『ち、ちょっと……! みっともない食べ方しないでッ! 変に思われるでしょッ!』

 慌てて注意した咲希の言葉さえ耳に入らないかのように、咲耶は一心不乱にオムレツを掻き込んでいった。そして、空になった皿を名残惜しそうに見つめると、両手に持って残り汁をペロペロと舐めだした。


『何してんのよッ! やめてぇえッ!』

 あまりの恥ずかしさに絶叫した咲希の言葉で、咲耶はハッと我に返って皿をテーブルに戻した。そして、満足そうな笑顔を浮かべながら、紗子に向かって告げた。

「苦しゅうない。替わりを持ってくるがよい」

「はあ……?」

 自分の娘の言動に眼と耳を疑いながら、紗子が茫然と咲耶の顔を見つめた。


『バカ、バカ……! このへっぽこ女神ッ! 何とち狂ってるのよッ!』

(お前こそ何を怒っておるのじゃ? これほどの美味、初めて口にしたのじゃ。替わりを所望(しょもう)するのは当然じゃろ?)

『いいから、部屋に戻るわよッ! 早く『ごちそうさまでした』って言いなさいッ!』

(しかし、替わりを……)

『言わないとあんたとは縁を切るわよッ!』

(何をそんなに怒っているのじゃ? 分かった……言えばよいのじゃろう……)


「ごちそうさまでした……」

 オムレツの空き皿を名残惜しそうに見つめながら、咲耶が席を立った。

『早く行くわよッ! 急いでッ……!』

(分かったから、そう()かすでない……)

 予想もしない咲希の剣幕に首を傾げながら、咲耶は追い立てられるように二階にある自室へと向かって歩き出した。

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