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今を春べと咲くや此の花 ~ 咲耶演武伝 ~  作者: 椎名 将也
第1章 神社幻影隊
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2.神社本庁

「どうしたの、咲希……? 何だか嬉しそうね?」

 月曜日に学校へ行くと、ニヤニヤと笑みを浮かべている咲希に早瀬凪紗(なぎさ)が話しかけてきた。

「あ、おはよう、凪紗……。ちょっとね……」

「なんか不気味な顔してるよ。何があったか白状しなさい」

 笑いながら告げる凪紗に、咲希も楽しそうに答えた。


「あたし、バイクの免許取ることにしたの……」

「バイク……? また、何で急に……?」

 濃茶色の瞳を見開きながら、凪紗が訊ねた。

「うん……。土曜日に、将成がバイクのヘルメットを買ってくれたんだ。いい機会だから、自分でも運転したいと思って……」

「ヘルメット? どういうこと? だって、あんた、カルティエのネックレスをもらったばっかりでしょ? いったい、どれだけ貢がせるのよ?」

 呆れたように告げる凪紗に、咲希は顔を引き攣らせた。一般的には、そう思われるのも仕方ない金額を将成に使わせていることに気づいたのだ。


「べ、別に貢がせてなんてないわよ……。そ、そうだ、知ってる? バイクのヘルメットって、一人ひとりの頭の形に合わせてオーダーメイドみたいに調整してもらうのよ」

 慌てて話題を変えながら、咲希が告げた。

「そうなの? で、買ってもらったヘルメットって、いくらしたの?」

「……。六万二千円……」

 あっさりと話を戻されて、咲希が小声で告げた。


「ろ、六万って……! 二十五万のネックレスに夜景付きのレストラン……今度は六万のヘルメット……。桐生先輩、可哀想……」

「ち、ちょっと、凪紗……。人聞きの悪いこと言わないでよ!」

 大きくため息を付いて天を見上げた凪紗に、咲希が慌てて叫んだ。その上、二十万近くの教習所代を立て替えてもらうとは、口が裂けても言えなかった。


「桐生先輩、咲希の初めて(・・・)をもらったことが、そんなに嬉しかったんだ……」

「初めて……?」

 一瞬、凪紗が何を言っているのか分からずに、咲希はポカンとした表情を浮かべた。そして、次の瞬間、凪紗と咲耶の会話を思い出して、カアッと顔を真っ赤に染めた。



『おかげで、咲希のヤツは将成のものになったのじゃ……』

『咲希ってば奥手のように見えたのに、会ったその日になんて……? なかなかやりますね?』

『咲希は初デート(はじめて)だった故、次に自分から誘うことを躊躇(ためら)っておる。将成からうまく誘ってもらえるように、お主から頼み込んではもらえぬか?』

『確かに、初エッチ(はじめて)の後は恥ずかしくて自分から誘えないですよね。咲希が早く二回目(つづき)をしたがってるって、桐生先輩に伝えておきますね!』



「凪紗ッ! あたし、将成とはまだ……」

「いいわよね。処女(バージン)あげただけで、これだけ貢いでくれるなんて……。そんな男、滅多にいないわよ」

「ち、ちょっと、凪紗……」

 その時、咲希の言葉を遮るように、始業を知らせるチャイムが鳴った。


「あ、じゃあ、席に戻るね……」

「待って、凪紗……」

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら手を振ると、凪紗は廊下側の自分の席へと走って行った。あとには耳まで真っ赤に染めた咲希が、茫然と凪紗の後ろ姿を見つめていた。



 咲希の予想に反し、父親の凌平はすんなりと普通二輪免許の取得を認めてくれた。それどころか、咲希に新車を買ってくれる約束までしてくれた。当然、保険費用も凌平が負担してくれることになった。

 呆気にとられた咲希に、凌平が嬉しそうに告げた。


「お父さんも学生時代に750cc(ナナハン)に乗ってたんだ。バイクはいいぞ! あの全身で風を切る感覚は、車では絶対に味わえない。ある程度慣れたら、一緒にツーリングに行こうな、咲希……」

「う……うん……。ありがと、お父さん」

 絶対に反対されると思っていた咲希は、ホッとしながら笑顔で頷いた。


「でも、一つだけ条件がある。バイクは小さくなるほど危険なんだ。原付や125ccみたいな小型には絶対に乗るな。本当なら大型(リッター)バイクがいいんだが、普通二輪なら400ccにするんだぞ」

「400cc……?」

 125ccくらいのスクーターを考えていた咲希は、驚いて凌平の顔を見つめた。反対するどころか、凌平が排気量の大きなバイクを勧めてくるとは思いも寄らなかった。


「教習所の費用はあるのか? なければ、お父さんが出してやろうか?」

「それは大丈夫……」

「咲希が400ccに乗るなら、お父さんも同じ排気量の方がいいな……。いっそのこと、同じバイクを二台買うか?」

 嬉しそうにビールを(あお)る凌平に、咲希は125ccにしたいとは言えなかった。咲希は教習所からもらってきた「入校確認承諾書」に凌平のサインをもらうと、顔を引き攣らせながら自分の部屋に戻っていった。



「よかったじゃないか、お父さんも喜んでくれて……」

「そうなんだけど、お父さんのテンションが高すぎて、ちょっと引くわ……。バイクは危ないって反対したお母さんを、俺が責任を持つって強引に押し切っちゃったのよ……」

 中庭のベンチで将成とお弁当を食べながら、咲希が苦笑いを浮かべた。


「ハッハハッ……いいお父さんだな! それで、バイクは何にするか決めたのか?」

「うん。どうせなら将成と同じヤツにしようと思って……」

 咲希がスマートフォンを操作し、CB400のカタログページを表示させた。

 HONDAの誇る排気量400ccのオートバイで、カラーはブラックの他に赤黒白と赤青白といった二タイプの三色(トリコロール)カラーがあった。将成の愛車はブラックだが、咲希はキャンディクロモスフィアレッドと呼ばれる赤黒白(トリコロール)が気に入っていた。


「CB400には風防(カウル)付きのCB400SB(スーパーボルドール)と、カウルがないCB400SF(スーパーフォー)があるけど、どっちにするんだい?」

「将成のには、カウルがないじゃない?」

 当然のように咲希が笑顔で告げた。その言葉を聞いて、将成が嬉しそうな表情を浮かべながら言った。

「まねっこめ……」

「たまたま好みが同じだけよ……」

 ツンと顔を逸らしながら、咲希が告げた。視線を戻すと、将成が優しい眼差しで見つめていた。思わず嬉しくなって、咲希は自然に笑みが浮かんだ。


「咲希……」

 将成の右手が、咲希の左頬を優しく包んだ。そして、精悍な容貌がゆっくりと近づいてきた。

(あ……キスされる……)

 ドキンと心臓が跳ね上がった。咲希は思わず瞳を閉じた。将成の吐息が目の前に迫ってくるのが気配で分かった。


 キン、コン、カン、コン……


 その時、五時間目の予鈴が鳴り響いた。

 ビクンッと体を震わせると、二人は慌てて離れた。

「ごめん……」

「いえ……」

 真っ赤になりながら顔を逸らせると、将成が慌ててベンチを立ち上がった。


(危なかった……! ここ、学校なのに……!)

 自分が学校の中庭にいることを思い出すと、咲希は耳まで赤く染めながら立ち上がった。

「じ、じゃあ……戻ろうか?」

「は、はい……」

 これ以上にないほどお互いを意識しながら、二人は足早に校舎の中に入っていった。



 六時間目終業のチャイムが鳴ると、咲希は新校舎の一階にある職員室に急いだ。女子剣道部の部長をしている国語教師の猪熊に休部届を出すためだった。休部期間は水曜日(あさって)から二週間にし、理由は家の都合とした。もちろん、教習所に通うためであった。


「ご家庭の都合じゃ仕方ないな。秋の大会まではまだ時間があるし、できるだけ早く復帰できるようにしなさい」

 普段の素行がよいためか、猪熊はそれ以上何も追求せずに休部届を受理してくれた。少し心が痛み、咲希は猪熊に礼を言って逃げるように職員室を後にした。そして、正門で待ち合わせている将成の元へと急いで向かった。



「お待たせ、将成……」

「休部届、受け取ってもらったか?」

「うん。大丈夫……。今日、お母さんが住民票を取ってきてくれるから、明日学校帰りに教習所に申し込みに行くわ」

 将成と並んで正門を出ると、駅に向かいながら咲希が告げた。


「俺も一緒に行こうか?」

「大丈夫よ、一人で……。将成は統一試験の勉強をしていて……」

 将成の顔を見上げて、咲希が微笑みながら告げた。

「分かった。教習所の費用は、明日持ってくるよ。申込時に必要なんだろう?」

「ありがとう。でも、クレジットカードを使うから急がなくても大丈夫よ」

 咲希の言葉を聞いて、将成が驚いた表情を浮かべた。


「クレジットカード、持ってるんだ?」

 高校生でクレジットカードを持っている者は少なかった。

「うん。万一の時のためにって、お父さんが家族会員にしてくれてるの。それより、翻訳っていつからやればいいの?」

「免許を取ってからでもいいよ。教習所の学科と一緒にやるのは大変だろうし……」

「え……? でも、翻訳をやる条件で教習費用を立て替えてもらう約束でしょ?」

 咲希が怪訝な表情で将成の顔を見つめた。


「まあ……。急がなくてもいいよ。学校の勉強だってあるだろ……?」

「将成……、まさか……?」

 本当は英語の翻訳なんてないのではないかと、咲希は思った。二輪免許を取りたいと言った咲希に、将成がついた優しい嘘だったのではないかと考えた。


「将成、本当のことを言って! 英語の翻訳って、ホントにあるの?」

「あるよ……。たまにだけど……」

 厳しい視線で真っ直ぐに見つめられ、将成が顔を逸らしながら告げた。

「あたし、将成とは対等に付き合っていきたい。一方的に援助される関係にはなりたくない!」

「咲希……」

 思いも寄らない激しい言葉に、将成が驚いて咲希の顔を見つめた。


「確かに将成は先輩だし、すでに会社を経営しているわ。だからって、お金であたしを縛らないでッ! そんなの、あたしを見下してるのと同じよッ!」

 黒曜石の瞳に燃えるような炎を宿しながら、咲希が叫んだ。好意からしているつもりかも知れないが、そんなのは援助交際と変わらないと咲希は思った。


「ごめん、咲希……。そんなつもりじゃなかった……」

 咲希の気持ちを理解して、将成が頭を下げてきた。それをじっと見つめながら、咲希が言った。

「ごめんなさい……。あたしも言い過ぎたわ。でも、お金の件は白紙に戻して……。自分で何とかするから……」

「何とかって、どうするつもりだ?」

 アルバイトもしていない女子高生が、二十万もの大金をすぐに作れるとは思えなかった。


「貯金も少しはあるし、足りない分は親に頼んでみる……」

 だが、父親の凌平には、教習所の費用を自分で出すと言ったばかりだった。母親はバイクに乗ることに反対しているため、頼ることは難しかった。

「じゃあ、こうしないか? 約束通り、俺が教習所の費用は立て替える。その代わり、何年かかってもいいから返してくれればいい。もちろん、金利なんて取らないから……」

「でも、それじゃあ……」

 将成の好意は嬉しいが、それでは彼にお金を出してもらうことに変わりはなかった。


「上げるんじゃなくて、貸すんだ。それなら、単なる消費貸借契約だよ。何なら契約書を作っても構わない。そうしないか……?」

「……。うん、分かったわ。ありがとう、将成……。お言葉に甘えます」

 漆黒の長い髪を揺らしながら、咲希が将成に頭を下げた。将成が咲希の頭にポンと右手を乗せながら笑顔で告げた。

「こっちこそ、ありがとう、咲希……。これからも俺が間違っていると思ったら、どんどん言ってくれ。フィフティ・フィフティで付き合っていこう」

「うん……。これからも、よろしくお願いします!」

 見る者を魅了する笑顔を浮かべると、咲希が嬉しそうに告げた。



神守(かみもり)咲希さんね……?」

 高島平駅から一人で自宅へ向かっている途中で、突然背後から声をかけられた。驚いて振り向くと、ウエーブがかかった亜麻色の髪を肩まで伸ばした女性が立っていた。


(凄く綺麗な女性(ひと)……)

 まるで、超一流モデルかハリウッド女優のような絶世の美女だった。見る者を吸い込むようなブラウンがかった黒瞳に見つめられ、咲希は思わずドキリと胸を高鳴らせた。


「初めまして。あたしは、神社本庁の天城(あまぎ)色葉(いろは)……。よろしくね」

 そう告げると、色葉は名刺を差し出してきた。その肩書きには、「神社本庁 神宮(じんぐう)特別対策部 神社幻影隊 主任宮司(ぐうじ)」と書かれていた。


「神社本庁……?」

 初めて聞く組織に、咲希は怪訝な表情を浮かべながら色葉を見つめた。

「全国の神社を統括している組織よ。あたしはそこの実戦部隊のリーダーをしているの」

「実戦部隊……?」

 話がまるで見えずに、咲希が茫然としながら訊ねた。


「簡潔に言えば、あなたを神社幻影隊シュライン・アペックス・ファントムにスカウトに来たの……」

「スカウトって……?」

(これって、やばい勧誘だ……)

 壺でも買わされるのかと思って、咲希が冷たく言い放った。

「あたし、興味ありませんから……失礼します」

 足早にその場を去ろうとした咲希は、色葉が告げた言葉に立ち止まった。


「先週の赤塚公園での事件に、あなたが関係していることは知っているわ……」

「……!」

 驚愕に黒曜石の瞳を大きく見開きながら、咲希が足を止めて振り向いた。まさか、あの事件を知る者がいたなど、予想もしていなかった。だが、咲希はできるだけ平静を装って色葉に告げた。

「何のことだか分かりません。急いでいるので、失礼します」


「あの事件、おそらく魔が現れた……。そして、あなたがその魔を滅殺(ほろぼ)した。違うかしら……?」

「……ッ! し、知りませんッ! 失礼しますッ!」

 驚きのあまり一瞬硬直すると、咲希は身を翻して走り出した。だが、その行動は色葉の言葉を認めたことに他ならなかった。


「神社本庁は、文部科学大臣所轄の包括宗教法人よ! 怪しい団体じゃないわ。今日のところは挨拶だけで失礼するけど、また会いに来るわね」

 咲希の態度に確かな手応えを感じると、色葉はニヤリと微笑みを浮かべた。


 色葉の言葉を背中で聞きながら、咲希は自宅に向かって逃げるように駆け出した。



(神社本庁……神社幻影隊シュライン・アペックス・ファントム 主任宮司 天城色葉……)

 夕食後、自分の部屋に戻ると、咲希は色葉から手渡された名刺を見つめていた。

(凄い美人だったな……。でも、どうしてあの事件を知っているのかしら……?)

 咲希が妖魔(おに)を倒したのは、咲耶が張った結界の中だ。だから、どんな妖魔が出て、どうやって倒したのかまでは分からないはずだ。恐らく色葉は神気が使えて、それによって妖気を感じ取ったのだと咲希は考えた。


(たぶん、天城さんも何らかの神の守護を受けているんだ……。咲耶がいたら、どんな神様が彼女を守護しているのか分かるのに……)

 神気を使えば、自分にも色葉に神気があるかどうかは分かるかも知れない。だが、咲耶と違って神々の気の種類(・・・・)までは、咲希には分からなかった。


 咲希は椅子に座ると、机の上にあるノートPCを立ち上げた。神社本庁がどういう組織なのかを調べようと思ったのだ。そして、ブラウザを開くと、検索ウィンドウに「神社本庁」と入れた。

(公式ページがあるんだ……)

 検索結果の一番上に、「神社本庁 公式サイト」が出て来た。マウスをクリックして、咲希はそのサイトを開いた。


『神社本庁は伊勢の神宮を本宗と仰ぎ、全国八万社の神社を包括する組織として昭和二十一年に設立されました。以来、今日まで祭司の復興と神社の興隆、日本の伝統的文化を守り伝えることに努めてきました……』

 神社本庁のトップページに書かれていた文章を読みながら、咲希は思った。

(本当に実在するどころか、ずいぶんと歴史がある組織なんだ……)


 公式サイトには、神社本庁の地方機関として各都道府県の神社庁の住所や連絡先が書かれていた。その他に神社での正しい参拝の仕方や様々な神事、神宮と神社の違いや境内(けいだい)にある(やしろ)についてなど、色々な事柄が記載されていた。

 その中でも、咲希が興味を持ったのは、「国生み」から始まる日本の神話だった。伊邪那岐神(イザナギ)伊邪那美神(イザナミ)による日本国の創造や、天岩屋戸(あまのいわやど)伝説、素戔嗚尊(スサノオのみこと)による八岐大蛇(やまたのおろち)退治などの神話が書かれていた。


(……! これって……?)

 「天孫降臨」と題された神話を読んでいる時、咲希は驚きに眼を見開いた。そして、言葉も忘れて、その神話を夢中で読んだ。


天照皇大御神(アマテラスおおみかみ)さまは、孫の瓊瓊杵尊(ニニギのみこと)に三種の神器である八咫(やた)の鏡・八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)草薙剣(くさなぎのつるぎ)を授け、葦原中国(あしはらのなかつくに)高天原(たかまがはら)のようにすばらしい国にするため、天降(あまくだ)るように命じました。


 さっそく、瓊瓊杵尊が高天原に住む天津神(あまつかみ)を伴って天降ろうとされると、あやしい光を放つ神さまがいました。

 天照皇大御神さまは不思議に思われ、天鈿女命(アメノウズメのみこと)という女神さまを遣わして、どうしてそこにいるのかを問わせました。


 その神さまの名は猿田彦神(さるたひこのかみ)といい、瓊瓊杵尊が高天原から天降られることを聞き、お迎えにあがったのだと答えました。

 そこで瓊瓊杵尊は猿田彦神を先導に、いくえにも重なった雲を押し分けて、日向(ヒムカ)高千穂(たかちほ)の地に天降られました。

 そして、そこに立派な宮殿をお建てになられました。


 ある時、瓊瓊杵尊は、それは美しい乙女に出会いました。それは、大山祇神(おおやまつみのかみ)の娘、木花咲耶比売(このはなさくやひめ)でした……』


 そこまで読んで、咲耶が本当に日本神話に出てくる女神であることを咲希は実感した。

(咲耶、あれでも凄い女神だったんだ……)

 意外でもあり、誇らしくもあって、咲希は先を読み続けた。そして、次の一文を読んだ瞬間、茫然として思わず叫んでいた。


『ところが、木花咲耶比売は一夜にして身ごもられました……』

(咲耶、何やってるのよ……! 会った次の日に子供ができたなんて……)

『瓊瓊杵尊は、木花咲耶比売が他の神の児を身ごもっていたのではと疑いました……』

(そりゃ、疑われるわ……。でも、妊娠したかどうか分かるまでには、神様も人間と同じくらいかかるのかしら?)

 妊娠検査薬で陽性が出るのは、生理開始予定日の一週間後……妊娠五週目以降だと言われている。いくら神様とは言え、愛し合った翌日に妊娠が判明するとは思えなかった。



『そこで、木花咲耶比売は身の潔白さを示すため、戸が一つもない産屋(うぶや)を作り、その中で()を産むことにしました。そして、「もし、お腹の児が瓊瓊杵尊(おぬし)の子供でないならば、()も児も焼け死ぬであろう」といって産屋に火を放ちました。

 火は見る間に産屋を包みましたが、その燃え上がった炎の中で、不思議にも木花咲耶比売は三人の児を生みました。そして、疑いも晴れて、瓊瓊杵尊と木花咲耶比売は、末永く高千穂の宮で暮らしました……』



(咲耶って……炎の中で三つ児を出産したの……!)

 咲希は驚愕しながら、咲耶の言葉を思い出した。

()の夫は天照皇大御神の孫で、瓊瓊杵尊という豊穣の神じゃ。ついでに言うのであれば、子供も三人おる……』

 そして、その三人の子供のうち、火遠理(ほおり)という息子の孫が神武(じんむ)天皇であると咲耶は告げたのだ。


(咲耶って、想像以上に凄い女神だったんだ……。普段はへっぽこ女神にしか見えないのに……)

 楽しそうな微笑みを浮かべながら、咲希は自分の中で眠っている守護神を思い出した。

 炎の中で無事に出産するという快挙(?)もそうだが、広大な結界を張って鬼の右手を斬り落としたことは、女神としても一流の力を持っているのではないかと考えた。


(きっと、その神気(ちから)を天城さんは感じ取ったんだ。だから、あたしに会いに来た……)

 そこで、咲希は重大な事実に気づいた。

(……! 天城さんは、あの結界をあたしが張った(・・・・・・・)と思っている……? それで、あたしをスカウトしに来たんだわ!)


 その誤解を解くには、咲耶のことを話すしかなかった。だが、凪紗に説明したときのように、今は咲耶に替わることはできない。へっぽこ女神は、自分の中で爆睡しているからだ。

(何の証拠もなしに咲耶のことを告げたって、信じてもらえるはずないわ……)

 八方塞がりに陥ったことに気づき、咲希は頭を抱え込んだ。


(どうするのよ、咲耶……! こんな爆弾を落としておいて、一人で寝てないでよ! 後からのっそり起きてきても、プリンあげないからねッ!)

『はあぁあ、よく寝た……。今、何時(なんどき)じゃ?』

 そう言いながら伸びをする咲耶の姿を想像して、咲希は大きくため息を付いた。

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