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美学生 水咲華奈子Ⅷ -歪んだ愛情-  作者: 茶山圭祐
第8話 歪んだ愛情
2/5

事件編《中編》

        *


 部室の隣りの空き教室に3人の女性が座っていた。

「こっちがわたしの親友の、ののちゃん」

 水咲は隣りに座っている眼鏡の女性を紹介した。

「佐々木原です」

 佐々木原は幾分緊張気味な声で自己紹介した。

「ののちゃんは口が堅いから大丈夫だよ。秘密は守るから安心して」

 佐々木原はニッと笑う。

「ありがとう」

 夏生は目の前の2人に心を半分だけ開いていた。

「でも、どうしてわたしの所に相談なんか? どこかで会ったことあるっけ?」

 水咲は頬杖をついてそう尋ねてきた。

 夏生は順を追って説明することにした。

「水咲さんは、前にこの大学で起こった自殺事件の真相を警察より早く解いたとか。それを耳にしたから、警察より信頼できるかなって思って」

「すごいじゃん、華奈。有名人だね」

 佐々木原は横から肘で小突いた。

「そうみたいね。あれから知り合いが増えた気がする。でも、警察ってどういうこと?」

 夏生は、目の前に座っている2人の顔を交互に見つめると、まずは結論から切り出すことにした。

「実は私、2年前からストーカーに狙われてるんです」

 佐々木原は目を丸くした。

「大学に入学して、しばらくしたらすぐに。誰なのか未だにわからないんです。だから余計恐くて」

「ストーカーって、今ニュースとかで話題になってる?」

 佐々木原は依然、目を丸くしたまま水咲に尋ねた。水咲はこくりとうなずく。

「具体的にはどんなことを?」

 水咲は真剣な眼差しで質問した。

「どこかで私を見てるらしくて、そのことについての手紙を送ってくるんです。あと、無言電話とか。最初は無言だったんだけど、今年に入ってからは一言二言しゃべるようになったんです」

「どんなことを言うの?」

「大したことじゃないんですけど。昨日もかかってきて、やっと帰ったな、とか」

 佐々木原は驚いて何も言葉が浮かばないらしい。ただ悲しげな表情で見るだけだ。

「私のこと、毎日のようにどっかで見てるんです。必ず、今日の私について手紙で書いてくるから。もう恐くて恐くて」

 夏生は思い出すと涙が溢れそうになった。

「そしたらさっきメールがあって……私が家を出た後……そいつ……私の家に忍び込んだみたいなんです。私の部屋の画像を送ってきました」

 佐々木原は両手で口を覆った。

「警察には通報しなかったの?」

 佐々木原に対して、水咲は冷静だった。

「今まで2度行ったんですけど、どれもだめでした。1回目は証拠がないから取り合ってくれなかったし、2回目のときは捜査に息詰まって」

「ひどい……」

 佐々木原はやっと言葉を発した。

 水咲は腕を組んで深刻そうにつぶやいた。

「そうなんだ、ストーカーに。それは大変な相談事だね。相談受けたからには放っておけないな。そうだな、もうちょっと詳しい話を聞かせてもらえない? 例えば、さっき言ってた、ストーカーが送ってくる手紙について。ちょっと見てみたいな」

「いいですけど、今日は持ってきてないです。そんなの持ち歩きたくないから」

「もしよかったら、見せてもらえませんか? 送られてきた全ての手紙を。何か手掛かりがあるかもしれないから」

「わかりました。じゃ、明日持ってきます。手紙は今ないけど、さっき送られてきたメールなら残ってます」

「あっ、それも見てみたいな」

 夏生は携帯電話を取り出してメールを開き、水咲に差し出す。水咲の細くて長い綺麗な指は、ピンクのマニキュアが塗られていた。

「この部屋は夏生さんのお部屋。間違いない?」

「はい」

「ああ、ほんとに部屋の中に入って撮ってる。なんか盗ったりしてないのかな?」

 横から覗き込んでいた佐々木原は、独り言のようにそう呟いた。

「それなんです。私もそれを心配してるんです」

 水咲は黙りこくって何かを考えていた。その間、佐々木原は夏生を励まそうと一生懸命だった。

「か、華奈は、ほんとにすごい人ですから、きっと犯人を見つけてくれますよ」

 まだ少し緊張気味の佐々木原は、チラチラと夏生に視線を合わせた。

 『すごい人』とはどういう意味なのだろうか。だから聞いてみた。

「この前の事件て、ほんとに水咲さんが?」

「そうですよ。私もそばで見てましたから」

 すると、水咲が沈黙を破った。

「無言電話が来るようになったのはいつ頃からなの?」

「ストーカーに狙われるのとほぼ同じくらいです」

「正確には?」

「おととしの5月頃かな? 大学1年の5月」

 水咲は携帯電話をにらんでいたが、お礼を言って夏生に返した。

「わかりました。とにかく、まずそのストーカーからの手紙を見てみるのがいいね」

「そうですね。明日、必ず手紙を持ってきます」

 夏生は立ち上がった。つられて2人も立ち上がった。

「それじゃ明日の昼休み、また来ます」

「待ってるよ」

 夏生は水咲に事の全てを打ち明けたので、何だか心がすっきりした。人に辛い話を聞いてもらうだけで、こんなにも気分が軽くなるものだろうか。

 水咲は手を振っていた。夏生も手を振り返した。そして、誰もいない廊下に出ようとしたとき、急に寂しさを感じた。夏生にしてみれば、できればずっと水咲らといたかった。

 だから夏生は足を止めた。

「あの、水咲さんは、今日は何限目まであるんですか?」

「3限目までだよ」

「じゃ、私と同じ。なら、一緒に帰りませんか? 駅まででいいんです」

 親友の澤原は4時限目まであるのだ。だから、この曜日は一緒に帰る人がいなかった。

「いいよ。その代わり、ののちゃんも一緒だけどね」

 水咲がそう言うなり、佐々木原は頬を膨らませた。

「ちょっと華奈、どういうこと? その代わりって。私がいちゃいけないの?」

「さっきのメガネのお返しよ」

 水咲は佐々木原を人差し指で突ついた。佐々木原は笑いながら水咲の突っ込みを払い除けていた。

 そんな2人を見ていて寂しさが消えると同時に、いつしか夏生は心を全て開いていた。


        *


「じゃ、帰ろっか」

 本館の玄関前に3人集まると、水咲と佐々木原は夏生を挟むようにして並んで歩き始めた。

「何か変わったことなかった?」

 水咲からいい匂いのする香水が漂ってきた。

「うん、何もなかったよ」

「もしかしたら、この会話もどこかで聞かれてるかもしれないから気を付けないとね」

「それにしても、どうしてそんなひどいことするんだろう?」

 白い布製のカバンを肩に提げた佐々木原は、小さなバッグを肩にかけている水咲に質問する。

「わたしも詳しくは知らないけど、こういうことするのは気が弱い人ってゆうか、自分の気持ちをはっきり表現できない大人しい人がするみたいね。あとは夏生さんに恨みを持ってる男かも」

「こ、心当たりあります?」

 緊張した声の佐々木原に聞かれて、夏生は思い返してみた。しかし、人に意地悪した覚えなどない。

 今までの人生の中で、出会ってきた男性を思い出してみた。しかし、多すぎて見当も付かない。

「わからない。誰も思い浮かばない。でも、今もどっかで私の様子を見てるんだろうな」

「学校帰りはいつも見てるの?」

「ほぼ毎日。私が学校帰りどっかへ寄れば、必ずそのことについて言ってくるの。例えば昨日は、友達と駅前のパスタ屋に行ったんだけど……」

「ああ、あそこのパスタ屋ですか。華奈、私達も行ったよね」

 佐々木原は嬉しそうだった。

 水咲は佐々木原に笑顔を返すと、すぐに真剣な顔になった。

「……そのことについても書いてきたし。どうやら店の中にいたみたいなの」

「あのパスタ屋は女の子のお客が多いから、わからなかったんですか?」

 佐々木原は相変わらず緊張気味な声だった。

「うん、わからなかった。まさか近くに座ってた男がストーカーだったなんて。それに最近なんだよね、そうやって私の近くまで来るようになったのは。今までは遠くから見てただけみたいで」

「ストーカーも、だんだん積極的になってきたのかな?」

 黙っていた水咲の意見を聞こうと、佐々木原は話を振った。しかし、彼女は全く話を聞いていなかったらしく、ただ腕を組んで何かを考えているだけだ。

 そうして3人はしばらく黙って歩いていた。

 やがて賑やかな商店街に入った。そこらのゲームセンターにはルーズソックスを履いた女子高生が何人もたむろっている。そんな彼女らの前を水咲が通ると、みんな水咲に注目した。そこらを歩いているサラリーマンも、さり気なく水咲をチェックする。

 夏生には、みんなが彼女を注視してしまう理由が何となくわかった。とにかくモデルのようにスタイルが良いのだ。

「水咲さんて、いつもこんな感じなの?」

 夏生は彼女に聞こえないように、佐々木原にそう尋ねた。

「そうですよ。それが何か?」

「いや、綺麗な人はうらやましいなぁって思って」

「なに言ってるんですか。夏生さんだって十分美人だと思います」

 そんなことはない。だから夏生は首を振った。

 やがて駅に着いた。それまで黙っていた水咲が笑顔で言った。

「これからわたし達、買い物行ってご飯食べに行くけど、夏生さんはどうする?」

「昨日は遅くなっちゃったから、今日は早く帰ります。明るいうちに帰れば恐くないから。付き合ってくれて、ありがとう」

「気を付けて帰ってね。家に帰ったら鍵かけて、カーテンきっちり閉めてね」

「わかった。じゃ、また明日」

 夏生は手を振って改札をくぐった。


 ホームの椅子に座ると、あと5分でやって来る電車を待った。

 夏生は携帯電話を取り出して、今日新たにメモリーした電話番号を表示した。水咲華奈子と佐々木原ののかのだ。実に対照的な2人だった。友達というより、大人と子供のように見えた。やはり対照的な2人というのはウマが合うのだろうか。

 彼らに会った後は何だか気持ちが沈まない。プラス思考になれる気がした。だから手元の携帯電話が震えていてもビクビクすることなく、無意識に電話をつなげた。つなげてから、誰からの電話なのかを確認し忘れていたことに気が付いた。

「もしもし?」

「…………」

 電話の向こうの静寂を耳にして、夏生は我に返った。まだ悪夢は終わっていないのだ。

 夏生は辺りを見渡した。携帯電話で話をしている学生やサラリーマンが沢山いる。しかし、電話をかけてきたのは彼らではない。

 夏生は携帯電話を耳に宛がってはいたが、一言も発しなかった。視力だけに全エネルギーを消費させた。

 周りは目まぐるしく時が流れていた。自分だけ時の流れに取り残されてしまいそうだ。

 そして、電話は何も語らずに切れた。

 夏生は溜め息をつくと、電話をバッグの奥深くへとしまいこんだ。今はもう誰からかかってこようと、電話に出るつもりはなかった。

 やがて電車が来た。まだ帰りのラッシュ前なので車内は空いていた。

 夏生は空いている席に座って目をつぶった。バッグが膝から落ちないようにバッグの握りをしっかりと持った。電車が動き出したと同時にバッグが小刻みに震えた。その振動はメールが届いたことを伝えていた。


        3


 11月12日木曜日の昼休み。

 夏生は約束通り、ストーカーから送られてきた全ての手紙を持って、名探偵研究会の部室の隣りの教室に現れた。既に水咲と佐々木原は席に着いていて、トレーに乗せた昼食をとっていた。

 夏生は昨晩、親友の澤原に、水咲と知り合いになったということを電話で伝えた。最初、彼女は驚いていた。それもそうだ。見ず知らずの何でもない学生に、自分はストーカーに付きまとわれてどうしようもないから助けてくれ、と頼みに行ったのだ。警察すら何もできなかったのに、一女学生が解決してくれるとは考えにくい。冷静に物事を判断できる人間なら、まず水咲の所など行かないだろう。

 そこで夏生は、水咲はどういう人間かを具体例を挙げながら説明した。その説明はいくらか誇張したかもしれないが、冷静な人間に自分がとった行動を理解してもらうにはそうするしかない。水咲は、警察より優れた人間であること。以前の自殺事件を解決したのは彼女であること。彼女は、警察よりも親身になって話を聞いてくれたこと。夏生にとって、警察より頼り甲斐があるということ。

 夏生の1つ1つの説明に、澤原も真剣になって耳を傾けてくれた。話を終える頃には、2人とも水咲が救いの神に見えてきた程だった。

 澤原は、今日の昼休みに一緒に水咲の所について行ってあげると言ってくれたが、夏生は断った。自分のことで、せっかくの昼休みをつぶしてほしくなかったからだ。

「待ってたよ」

 水咲が手を振ってきた。

 夏生は、彼女らが座っていた隣りの席に座った。

「あれ? 夏生さん、お昼は?」

 水咲はうどんをすすりながら尋ねた。

「私、ダイエットしてるから」

「だめだよ。ダイエットは食べないのが一番悪いんだから」

 相変わらず水咲は、今日もブラウンのニットのワンピースからストッキングの長い脚を伸ばしていた。

「水咲さんは、そのスタイルを保つのにどんなことをしてるの?」

「別になんにもしてないよ」

 佐々木原は一口ジュースを飲むと、水咲に噛み付いた。

「ウソでしょ? なんにもしてないなんて、それでそんなにスタイルいいはずないよ」

「ほんとだって。特別なことなんてしてないよ。1日3食はしっかり食べてるし。そうそう、わたしは間食は一切してないけどね」

 すぐさま佐々木原は黙り込んだ。彼女は今、ポテトチップスを食べていたからだ。

「ダイエットするなら、間食せずに3食しっかり食べることね。間食が一番よくないから」

「なるほどね」

「あっ、それから、お昼に甘いジュースとかも飲まないな」

 佐々木原は握り締めていたジュースの缶を見ると、すぐにトレーに乗せた。

「ののちゃん、どうしたの?」

 実に水咲は楽しそうだった。

「べ、別に」

 佐々木原は口の周りをハンカチで拭うと、ポテトチップスをしまった。

 夏生は水咲と顔を合わせると微笑み合った。

「そうだ夏生さん。家の中大丈夫だった?」

 水咲はジャスミンティーを一口飲む。

「大丈夫だったよ。何にも変化なかった」

「よかったね」

「ただね……。そうだ、持ってきたよ。ストーカーからの手紙」

 夏生はバッグから、輪ゴムで縛った分厚い手紙の束を水咲に手渡した。

「うわっ、こんなにたくさん?」

 佐々木原は目を見張った。50通はあるのではないか。

「送られてきた順に並べてあります」

 水咲は最初の1枚目を開いた。


『お前は人の心を傷付けた。地獄に落ちろ!(5/12)』


 その1行だけが、紙の真ん中に書かれていた。文字はワープロではなく、人の手で書いたものだ。筆跡から身元が割れないように、わざと字を丸くして書いている。

 水咲は次に2枚目を開けた。


『下手なくせにカラオケで歌なんか歌ってんじゃねぇ!(6/22)』


 2枚目も1行だけ書かれていた。

 水咲が手紙を読むと、続けて佐々木原も読んだ。

「何これ? ひどいことばっかり書いてる」

 佐々木原は悲痛な声でつぶやいた。

 水咲はうなずくと、1枚手紙を手に取って、文の最後に記入された日付を指した。

「この日付は?」

「私が書き留めといたの。それは手紙を送ってきた日付」

 そして、水咲は次々と手紙を開いていった。


『今日の服似合ってねぇよ。っていうかお前ファッションセンスねぇよ。(7/20)』


『なんだその頭の色。汚ねぇだけで似合ってねぇよ。(8/18)』


『大根足なんだからスカートなんて履くな!(9/10)』


『いっちょ前に携帯電話なんて持ってんじゃねぇ!(10/1)』


『お前ピザ食い過ぎ。ブタになるぞ、ブタによ!(10/29)』


『お前の母親ブスだな。やっぱりブスの親はブスの子を産むんだな。(11/14)』


 最初の十数通は、1行程度の夏生に対する中傷文だった。

「そこら辺の手紙は、去年の夏から冬頃にかけて送られてきたの。大体、月に1回くらいの割合で送ってきてた」

 しかし、その後送られてくる中傷文は、1行ではおさまりきらなくなっている。


『目を突き刺すその真っ赤なセーターはやめろ。人様の目を傷つける気か。道草食わずにまっすぐ帰って正解だ。(12/13)』


『今日学校の帰りに本屋行っただろ。2時間も立ち読みすんな。金ないのか? バイトやってんだろ。ファーストフードのレジ。この前行ってやったけど、ほんと愛想のない女だな。不細工なわけだよ。全然笑わねぇんだもん。びっくりしたよ。(1/10)』


『今日厚底ブーツ履いてたな。やっぱ背低いから見栄張りたいんだな。そんな努力したってチビはチビ。どんなに化粧したってブスはブス。無駄な努力なんだよ。どれ程の女だと思ってんだ? 大した女じゃねぇよ。お前よりいい女は一杯いる。(2/19)』


『今日は下手なカラオケに行ってたけど、相変わらず下手くそだな。どうしてそんなに下手なのかわからない。特に3曲目に歌ってたやつ。あれはもうやめろ。周りが迷惑だ。あと、カラオケのメンバーがよくない。特に茶髪のあの男。あいつを見ててわかったよ。だからお前はそんな変な女なんだな。今度面白いもん送ってやるよ。そいつらより、お前は劣るから。(3/2)』


 佐々木原は、これらの文面を見て腹が立ってきた。見ず知らずの男にここまで言いたいこと言われて、黙ってなんていられなかった。彼女は机を叩いて叫んだ。

「何なの、この男!」

「それで、なに送ってきたの?」

 興奮する佐々木原をなだめながら、水咲は三月二日の手紙を指してそう尋ねた。

 その質問で、そのときの嫌な情景を思い出した。思い出したくない思い出だ。

「宅配便で大きなダンボールを送ってきたの。開けてみたら……」

 水咲と佐々木原は身を乗り出した。

「……アダルトビデオや風俗雑誌をいくつも送ってきたの」

「うわー、サイテー」

 佐々木原はそうぼやき、水咲は体を震わせた。

「今読んでもらっている辺りが、今年の春頃に送ってきたやつね。今年に入ってからも月1回のペースで送ってくるんだけど……」

「変わらないのか」

 水咲は脚を伸ばした。

「ううん、そうでもないの。むしろすごい増えた」

「どういうこと?」

「私の携帯にメールをいれるようになってきたの。メールは、ほぼ毎日」

「げぇー。私だったら耐えられないな」

 佐々木原は首を振る。

 水咲は次から次へと手紙を読んでいった。どれも読んでいて腹立たしく、気味の悪いほど監視されている手紙だ。

 佐々木原は、まだ読んでいない手紙の山から1枚抜き取って開いた。


『お前敷布団ベランダに干したままどっか出かけただろ? 結婚したらちゃんと炊事洗濯できんのか? 今日は天気があんまよくなかったのに、平気でそういうことできちゃうから不思議でしょうがないよ。お前の神経疑うね。これで雨が降ってくれたら面白かったのに。お前の慌てふためく姿を見れると思ったんだけど残念だ。(11/3)』


「余計なお世話って言いたいね」

 佐々木原は、水咲が読んでいる手紙を横から覗き込んだ。


『古風な女性はいいと思う。けどな、お前は一体何なんだ。そういえば思い出したよ。お前今年成人式だったろ? 成人式で着ていったあの和服、なんだよ、あれ。お前が着るとみっともねぇんだよ。普通の女性だったら誰だって古風になるはずなのに、お前の場合は古風っていうそんな大人の感じじゃなくて、七五三だな、ありゃ。千歳飴を持ってた方がもっと笑いがとれるぞ(11/1)』


「この手紙は今年の手紙だよね? ほんの2週間前の手紙なのに、随分古い時期の話を持ち出してるんだね」

 水咲は夏生にその手紙を見せる。

「ああ、そうだね。成人式だから、10ヶ月前のことだよね」

 佐々木原は次の手紙を摘み取った。


『てめぇの食生活は乱れてる。朝と昼はどんなもん食ってるのか知らねぇけど、夕食見る限りではよくねぇな。そんなことしてりゃデブになるわ。ブタだよ、ブタ。お前ももうおしまいだね。ブタになるのは簡単だけど、元に戻すのは大変だ。かわいそうに、将来お嫁に行けないんじゃないか?(11/6)』


「人の将来の心配なんてするな、って感じだよね」

 水咲は、更に手紙の山から1通を手に取る。すると、彼女は手紙の本文を読む前に口走った。

「あれ? これはどうして1字下げて書いてるのかな?」

「どれどれ?」

 夏生はそれを覗き込む。ほんとだ、確かに下げている。言われるまで気付かなかった。なぜだろう? 


『 谷間ねぇよなぁ、胸の谷間がよ。全然ないくせに、襟元の開いた服を着るのやめてくれねぇか? そんなまっ平らな地肌を見せられても嬉しくも何ともないんだよ。性的魅力なんて1つもないな。そんなんじゃ、男は誰も寄ってこねぇわ。かわいそうに。いい出会いもなく、人生独りで終わるんだろうな。しょうがないから同情だけしてやるよ(11/2)』


「そういえばさ……」

 水咲はそう言うと、今まで読んできた手紙をもう一度振り返った。

「……この11月の手紙って、今年の11月だよね? 1日から毎日送ってきてるね」

「そうなの。今年7月に送ってきた以来、全然来なくなったんだよね。メールは毎日のように来てたけど、手紙はぱったり来なくなったの。ところが今月に入って、また手紙が来るようになった。しかも毎日。今まで毎日書いてくることなかったのに。それにこの手紙、消印がないでしょ?」

 それが何を意味するのか、佐々木原にはわからなかった。

「直接、夏生さんの家のポストに入れに来てるってことね」

 水咲は当然のように答える。

「そう。そしてこれが、昨日ポストに入れてきたやつ」

 夏生は手紙の山から1枚の封筒を拾い出した。そこにも、何とも不気味な文面が綴られていた。


『今日はどこへも行かないんだな。いつもだったら遊びほけて夜中に帰ってくるくせに。まあ僕としては金を使わなくていいから、さっさと家に帰ってもらった方が楽なんだけどな。けどこの時期、外で立ってるのは結構つらいんだよ。おまけにカーテンいつも閉めやがって。でもな、いくら見えないようにしたって、今日お前んちを覗いたんだから、何がどこにあるのか一通り知ってるからな。あと、ずっと前に送ったビデオとかどうしたんだよ。ねぇじゃねぇか。罰としてもう一度送るからな。今度は絶対に捨てるなよ。(11/11)』


「写真撮っただけじゃなかったんだ。家の中くまなく覗かれたみたいね」

「そう。なにも盗られた物はなかったんだけど、いろんな所を物色したみたい。私、気味が悪くて昨日はすぐに寝た。あっ、あと、昨日水咲さんと別れた後、こんなメールも来たの」

 夏生は携帯電話を取り出し、メールを見せた。


『さっき一緒に帰った女2人は誰だ? 僕は見たことないぞ。新しい友達か?』


 女2人とは言うまでもなく、水咲と佐々木原のことだ。

「ってことは、やっぱり昨日もずぅーっと尾行されてたんだ」

 佐々木原は震え上がった。

「それに、3日前に電話番号変えたばっかりなのに、その次の日にはもう嗅ぎつけて電話してきたんだよね。なんでわかったんだろ?」

 夏生がふと口にしたことに、水咲は勢いよく食いついてきた。

「番号変えて1日でもうかけてきたの?」

「うん。びっくりした」

「ふうん、やっぱりそうか。じゃ、もしかしたら……」

 意味有り気な言葉を発すると、水咲は下を向いてしばらく考え込む。

 やがて、その状態のまま口を動かした。

「夏生さんは去年の土曜日って、何か授業とってた?」

 水咲のその質問に一体どんな意味があるというのだろう。少し考えてみたが全くわからない。とりあえず答えることにした。土曜日のことだったら覚えている。

「土曜日は英語のリスニングの授業だけとってた。土曜日の授業はとるべきじゃないよね」

「もしかして、射場先生の授業?」

「そうだよ。水咲さんもとってたの?」

「ううん、射場先生の存在を知っててね。厳しいんでしょ? 射場先生って」

「うーん、そう思う人も多いけど、私はそうは思わないな。私は、その厳しさが逆にいいと思うんだよね。ダラダラしてられないじゃん。だから、時間もあっという間に過ぎちゃう」

「そっか、そういう意見もあるんだ。人それぞれだね」

 水咲は佐々木原と笑い合っていたが、どうして2人は笑い合っているのか夏生にはわからなかった。

「あと、もう1つ教えて。夏生さんはアルバイトっていつからやってるの?」

「それが今年に入ってからなの。去年まではストーカーが怖くて学校が終わったらすぐに家に帰って閉じこもってた。だけど、引きこもりはよくないと思って、今年になって初めてアルバイトを始めたの。気が紛れるんじゃないかと思って。だから、学校が終わったあとにどこかに遊びに行くのも今年に入ってからなんだよ」

「そうなんだ。それは、つらかったんだね」

 一緒になって落ち込んでくれた水咲に対し、夏生はとても嬉しかった。独りで苦しんでいる気がしなかった。だから寂しさが募らない。たったそれだけでこれからが明るく思えてきた。

 夏生は知らなかった。明るく思えてきたのは気のせいではなかったことを。ついに事件解決へ向かって歩き出したことを。今まで暗闇に包まれていた大学生活に、一筋の光を差し込む言葉を水咲が放つまで。

「やっぱり、手紙を見せてもらってよかった。多分ね、ストーカーはこの大学の人間だな」

 初め、水咲が何を言っているのか理解できなかった。だから、しばらくの間があったあと、夏生は教室を見回した。目の前にストーカーが現れたから、水咲がそう断定できたのかと思ったのだ。しかし、ここには3人以外は誰もいなかった。

「夏生さんはサークルに入ってるの?」

 わけがわからないまま、夏生は水咲の質問に答えた。

「う、うん、英会話サークルに」

「もしかして、そのサークルの男性に告白されたことってある?」

 水咲の言葉は衝撃的だった。彼女は過去へ行ってそのときの様子を覗いてきたのだろうか。当たっているではないか。

「なんでわかったの?」

「昨日ちょっと色々と調べてみたんだけど、ストーカーになる主な原因として、恋愛の妬みでなるケースが多いらしいの。告白を断られて、それ以来ずーっとつけ回すっていう。もし、告白されたことがあるなら、その人が犯人かもね」

「そんなこと調べてくれたの?」

「うん。本屋さんに行って、それ関連の本読んだり。あとはインターネットだな。心理学に関するサイトにいきまくちゃった」

 夏生は感動のあまり言葉を失ってしまった。知り合って間もないのに、ここまでやってくれる人がいただろうか。相談をしに来て本当に良かった。

 夏生は以前、確かに告白されたことがあった。

「告白されたことあったよ」

「告白は、大学生になって1回きり?」

「うん、1回だけ」

「いつ告白されたの?」

「5月頃」

 水咲は「ほらね」っと言って笑顔を返した。ストーカーにつけ回されるようになったのは、その頃だからだ。

「信じられない。まさか、あの人が犯人だなんて。でも、私は冷たく断ったりなんかしてないよ。まずは友達から、って言ったのに」

「彼にとってはどんな言い方であれ、断られたことが妬みへとつながったのね。一番最初の手紙がそれを表しているよ。やっぱりそうか。手紙を読んだら見えたもん。犯人はこの大学の学生だってね」

「どうしてそう思ったの?」

 水咲はにこりと笑うと最も重要な質問をした。

「その人に当たってみる必要あるね。その人の名前は?」

 夏生は隠すことなく正直に答えた。

「同じサークルの先輩だった、古谷敷さんです」



 第8話 歪んだ愛情~事件編《中編》【完】

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