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美学生 水咲華奈子Ⅷ -歪んだ愛情-  作者: 茶山圭祐
第8話 歪んだ愛情
1/5

事件編《前編》

英会話サークル所属  夏生なつお 愛子あいこ

        1


 11月10日火曜日の夕方。この日、最後の時限が終わろうとしている。

 5時限目に設定されている授業は少ない為、この大学が約7千人の学生を抱えているとは想像もできない程、キャンパス内はひっそりしていた。図書館は既に閉館しており電気が消えている。使用されていない教室がほとんどで廊下は薄暗い。全館の部屋の明かりが灯っているのはサークル棟くらいだ。

 教室の一番後ろの窓際に座っていた、赤色掛かったセミロングの夏生なつお愛子あいこは、ぼんやりと窓の外を見つめていた。既に太陽は沈み、西の空は薄っすらと赤みが残っていて特に面白いものはない。外の方が暗いので、教室の窓は鏡と化していた。

 夏生は軽く溜め息をつくと、黒板に視線を戻して教授の話に耳を傾ける。しかし、どうしても別のことを考えてしまい、授業に集中できなかった。

 ピンクのセーターの手首の裾をまくり、腕時計を覗く。授業が終わるまであと10分。夏生はもう一度溜め息をついた。

「はぁ……」

 その溜め息は、隣りの席でノートをとっている親友の澤原かすみには聞こえないようにした。彼女がまた心配してしまうからだ。

「ちょっと早いですが、今日はこれで終わりにします」

 教授はそう言うと、出席カードを配り始めた。この授業が10分前に終わるのは非常に珍しいことだった。だから夏生は思わずもう一度時計を確認してしまった。

「終わるの早いよ」

 そうつぶやいて、夏生は教科書類をしまおうとはしなかった。隣りの澤原も夏生に合わせてノートをしまうことはしなかった。

「しょうがないよ、長いことやってりゃ、こういうこともあるって」

 澤原は長い髪を両耳にかけると、ゆっくりと帰り支度を始めた。

 夏生は悲しげな表情をして、配られてきた出席カードを受け取った。

 彼女らは一番後ろにいたので、カードに記入する頃には前に座っていた学生は立ち上がって教室を出ていた。

 椅子の脚が床を痛々しくこする音が一斉に広がる。そのとき、ようやく夏生は書き終えた。そして、ゆっくり勉強道具をバッグにしまう。澤原は夏生を気にかけながら片付けていた。

「じゃ、行こっか」

 2人は立ち上がる。澤原は夏生が歩き出すのを確認すると、彼女の後について教壇へ向かう。

 無事カードを出し終えると、2人は教室を出た。

「今日は何食べる?」

 廊下に出て最初に喋ったのは澤原だった。

「いつもいつもごめんね。ご迷惑おかけしてます」

 赤いマフラーを首に巻きながら、夏生は軽く頭を下げる。

「迷惑なんかじゃないよ。私がしてあげられるのは、こんなことぐらいしかないんだもん」

 本当に澤原は良き友だ。全ての事情を打ち明けて、ここまで色々と協力してくれているのは彼女だけだった。他の友達はその事情を知ってはいるが、ただ同情するばかりだ。でも確かに、もし自分が逆の立場だったら何もしてあげられず、ただ慰めるしかできないかもしれない。

「一番つらいのは愛子だと思うし。もし、私が愛子だったら耐えられないな。愛子は強い子だと思うよ。だって、もうどのくらいだっけ?」

「2年半かな」

「よく2年半も頑張ってるよ。私も見習わなきゃね」

 2人は階段を下りて校舎から出た。

「あっ、そうだ。昨日雑誌にね、ここの町のことが載ってて、新しくオープンしたパスタ屋ができたんだって。そこ行こうよ」

「うん、いいよ」

 嬉しそうにしている澤原に夏生は笑顔で応えた。彼女の笑顔を見ていると嫌なことが忘れられる。


 日付が変わる30分前に、夏生と澤原は酔っ払ったサラリーマンが乗った電車に揺られていた。

 パスタ屋では時の流れを忘れてすっかり話し込んでしまった。今さらながらパスタの味を思い出すのは店の人に申し訳ないが、味はなかなかのものだった。雑誌に載るだけのことはある。店内も可愛らしく内装が施されていて、女性にうけそうな店である。きっと、これからあの店は売り上げを伸ばしていくことだろう。

 その店で9時頃まで話し込んだ後、今度はカラオケに2時間を費やした。2人ともカラオケが趣味だったので、2時間くらいじゃ足りないのだが、次の日学校があるのでそれでやめることにした。カラオケは少人数で行くのがベストだ。2人だとすぐに順番が回ってくるので目一杯歌える。

 電車が動き出してしばらくしたら、2人に睡魔が襲ってきた。車内でのお喋りは早々に切り上げ、彼女らは電車の揺れに身を任せて目を閉じた。

 電車は時速80キロの惰性運転で前進していた。

「うー」

 突然、大きな声で唸り声を上げる男がいた。

 夏生はその声でハッとなって飛び起きた。向かいの座席の角に座っている酔っ払った若者が、手すりにしがみついて唸っていたのだ。恐らく飲み過ぎて気持ちが悪いのだろう。

 夏生は胸を撫で下ろすと辺りを見渡した。乗客の中には、ヘッドホンをして音楽を聴いている者や本や雑誌を読んでいる者もいたが、ほとんどが眠っていて誰も喋っている者はいない。規則的に鳴り続ける電車の足音だけが生き生きとしていた。

 今のですっかり目を覚ましてしまった夏生は、それ以降眠ることはなかった。

 アナウンスが流れて間もなく駅に到着することを告げた。そのアナウンスで澤原が目を覚ました。

「もう着くんだ。愛子、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

 電車はスピードを落とし、やがて駅に停まった。

「今日もありがとね。じゃ、また明日」

 夏生は手を振って電車から降りた。そして、改札へ向かう人の流れへ紛れた。

 改札を出ると、早足で駐輪場に向かう。数台しかない駐輪場はひっそりしていたので、彼女は素早く自転車の鍵を差し込んで、逃げるようにそこを後にした。そして、決して振り返らずに自転車を漕いだ。

 5分後。夏生は2階建ての小さなアパートに自転車を停めた。自分の住まいだ。

 夏生の両親は積極的で、大学生になったら1人暮らしをしろと強要した。彼女自身も特に1人暮らしに抵抗はなかったので、案外すんなりと両者の意見は合致した。しかし、形式的には夏生は自立しているのだが、学費と家賃は親が払ってくれているので、完全に自立しているわけではなかった。

 夏生の家は2階にあった。彼女は階段を一気に駆け登り、玄関の戸を開けて中に入るとすぐに鍵をかけて部屋の明かりをつけた。

 彼女はほっとしてバッグをテーブルの上に置く。そして、そのままベッドに倒れ込んだ。と、それと同時にバッグの中の携帯電話が震えた。身体がビクッと痙攣した。ゆっくりと体を起こして立ち上がると、携帯電話を取り出す。かけてきた相手は澤原だった。

 澤原だとわかると、夏生は急いで電話に出た。

「もしもし?」

「愛子、私だよ。大丈夫だった?」

 静まり返った部屋に、澤原の声はやけに明るく聞こえた。

「うん、大丈夫。ありがとね」

「よかった。それじゃ、ちゃんとお風呂に入って寝なよ。明日チェックするからね。恐くてもお風呂は入んなよ。女の子なんだから」

「わかってるよ。ありがとう。それじゃ明日ね。バイバイ」

 澤原に勇気づけられた勢いで、風呂場の電気をつけて浴槽に熱めのお湯を流した。お湯が溜まるまで15分くらいかかる。それだけあればすぐに眠りに落ちてしまう自信があったのでテレビでも付けようとしたとき、再び電話が震えた。

 夏生は携帯を手に取って、発信者の電話番号を確認した。しかし、番号は非通知だった。その瞬間、電話を放り投げた。同時に背筋が寒くなってきた。

 電話は怒ったように身体を振動させて夏生が電話に出るのを待っていた。だが、彼女はその電話に触れることはなかった。

 30秒後、ぴたりと電話がとまった。留守番電話サービスに切り替わったのだ。

 張り詰めていた緊張が一気にほぐれて、夏生はベッドに倒れ込んだ。そして、頭を抱え込んだ。

「もう、やめて」

 そう悲痛な声を出すと、電話が小さく震えた。留守電メッセージが届いたのだ。

 夏生はそのメッセージを聞きたくなかった。どんな内容なのか予想できたからだ。また眠れなくなってしまう。しかし、もしかしたら違う人からの電話かもしれない。だから、仕方なくメッセージを聞いてみることにした。

 留守番サービスセンターに電話をかけると、コンピュータの音声が流れた。

「1件の新しいメッセージがあります。最初のメッセージ」

 ピーッという発信音の後にメッセージが流れる。夏生は息を殺して、唾を飲み込んで相手の声を待った。

「……やっと帰ったか……」

 それは男の声だった。彼はいつものように、ひそひそと喋っていた。

「……僕はもう帰るけど……」

 彼女は思わず電話を放り投げた。そして、耳を塞いだ。

「なんで? どうしてわかったの? お願いだからもうやめて……」

 言葉にならない言葉でそう叫ぶと、突然、玄関の戸が揺れた。

 夏生は驚いて声を上げた。

「キャッ!」

 しかし、その後は何も起こらなかった。時計の秒針の動く音だけが大きく響いていた。

 夏生はふと玄関を見た。ドアの下に、1枚の白い封筒が落ちていた。彼女は恐る恐る玄関に近付いてその封筒を拾い上げた。封筒の表には、いつもの丸文字で『夏生愛子へ』と書かれてあった。

 夏生はいつものように、心を落ち着かせてから手紙を読むことにした。


『おいブサイク。なに赤いマフラーなんてしてんだよ。学校はファッションショーじゃねぇんだよ、わかってんのか? きどってんじゃねぇよ。そんなもんしなくたって、お前の体脂肪で十分防寒できるだろ。それに今日、駅前のイタリアンに行っただろ? お前にイタリアンは似合わねぇよ。実は僕も店に入ったんだよ。気付かなかっただろ。くだらねぇ会話で盛り上がってたな』


 また今日も、見知らぬ男にストーキングされていたようだ。


        2


 11月11日水曜日の朝。

 夏生と澤原は1時限目はあったのだが、それぞれ受ける授業は違った。だから、この教室まで辿り着くのに何と不安なことだったか。

 今日もどこかで、あの男が見ているに違いない。彼は一体何者なのか。大学の人間なのか、自分の知っている人間か、それとも全く知らない人間なのか。それすらわからないので恐くて仕方がない。また、気になるのが、最近送られてきた奇妙な手紙。あれは一体どういう風の吹き回しなのだろうか。

 夏生はいつも教室の一番後ろに座って不安を凌いでいた。

 教室を見渡した。席の半分が学生で埋まっている。こうして見ていると、全ての男が怪しく見えてくる。この中のどこかにいるのだろうか。

 そんなことを考えていると、教授がやってきて授業が始まった。

 大抵の学生は授業など退屈なので早く終わって欲しいと願うものである。だから、私語をする者や、それに飽きたら寝てしまう学生が1人や2人は必ずいる。だが、夏生にとっては、授業中が一番安らげる時間だった。みんな前を向いているからだ。この時間だけは、別のことを考えることができた。もっと授業が長ければ、などと思うのは彼女くらいだろう。

 その安心した時間を得る為には、なによりもまず、一番後ろの席を確保しなければならない。その席取りが大学生活において必須だった。

 突然、携帯電話にメールが届いた。メールは非通知で送られてきた。夏生は一瞬凍りついて動けなくなった。非通知でメールを送ってくる友達や知り合いは誰一人いない。心当たりのある1人を除いては。姿なき男からのメールなのかどうかは、実際にメールを開かなければならない。見ないわけにはいかないのだ。

 夏生は息を整えながらメールを開いた。やはり見なければ良かった。十分に暖房が効いている教室なのに背筋が寒くなってきた。


『お前さ、携帯の番号変えてんじゃねぇよ。調べるのめんどくせぇじゃねぇか。僕から逃げようたってそうはいかないからな。今からお前の恥ずかしい画像を送ってやる』


 しばらくすると、彼の言う通りメールに添付された画像が送られてきた。恐る恐る画像を覗く。すると、それは夏生の部屋の画像だった。これはどう見ても部屋の中に侵入して撮った画像である。


『ほんと汚ねぇよな、お前の部屋。女ならもっと綺麗にしとけよ。いつ誰に見られるかわからねぇぞ。それにしても、結構狭い所に住んでんだな。まぁ、ボロアパートだからしょうがねぇか』


「やめて!」

 静かだった教室は更に静かになった。みんなが振り向いて注目していた。

「何をやめるのかな?」

 教授も驚いて授業が一時中断した。

 夏生は教授の声で我に返ったが、居ても立ってもいられなくなった。だから、勉強道具をそのままにして教室を飛び出した。

 夏生は頭を抱えながら廊下を走った。そして、廊下の窓を勢いよく開けた。

 もう限界だった。こんなことがずっと続いたら頭がおかしくなりそうだ。私はなんにも悪いことしてないのに、どうしてこんなに毎日毎日悩んで苦しんで、辛い日々を送らなくちゃいけないのだろう。こんなことなら、いっそのこと死んでしまおう。

 しかし、窓の下の地面はかなり遠かった。こんな所から飛び降りれば一発だろう。

 そのとき、夏生はふと思い出した。この窓は、以前に誰かが飛び降り自殺を図った場所だ。あのときは救急車や警察が来ていて、ちょっとした騒動になっていた。もし、自分がここから飛び降りれば、またそうなるのだろうか。そういえば確かあの事件は、この大学の学生が犯人を自供に追い込んだらしい。学内の噂によると、事件を解決したのは名探偵研究会の会長だとか。あの噂は本当なのだろうか。

 夏生はそんなことを考えると静かに窓を閉めた。そして、ボーっと何かを考えながら、ふらふらした足取りでその校舎から出た。


        *


 授業が始まって30分後。夏生は名探偵研究会の部室に向かって歩いていた。

 実は夏生は、この何者かによるストーカー行為を2度警察に訴えていた。しかし、警察は1つも取り合ってくれなかった。証拠がないからだ。

 ストーカーに付きまとわれてもう3年目になる。入学してしばらくしてから始まったのだが、その年は無言電話が多かった。そのことでまず警察に訴えた。しかし、無言電話だけでは立証できなかった。

 手紙を送ってくるようになったのは大学2年からだった。このときは手紙が証拠になると思い、もう一度警察に訴えた。警察はそれを事件として扱ってくれた。ところが、手紙の送り主を特定することができなかった。このとき初めて思った。警察は当てにならないと。

 ストーカー行為を警察に訴える人は多いらしいが、その多くは証拠がない為に捜査をしてくれない。また、捜査をしても、ストーカー行為を立証するのは困難なのだ。

 だから、夏生はひたすら耐える道を選んだ。そして、丸2年が経過したのだ。

 ところで、聞いた噂では大学公認のサークルとして存在している名探偵研究会の会長は、以前の自殺事件で警察よりも早く解決させたらしい。あくまでも噂なので本当なのかわからないが、もしそうなら、当てにならない警察より信頼できるのではないか。

 そんな思いで、夏生は名探偵研究会の部室のドアの前に立った。今は授業中なのでいないかもしれないが、一刻も早くその会長に接触したかったので、とりあえずドアをノックしてみようとした。すると、すぐそばの階段から話しながら登ってくる女性2人がいた。

 1人は、茶色が混じった漆黒のロングヘアーを腰まで垂らした女性。彼女はとてもスタイルが良かった。ベージュのニットのワンピースがそれを物語っていた。Vネックの襟元から、綺麗な両肩と鎖骨、胸の谷間を出している。豊かなバストであることは、ワンピース上部の膨らみで分かる。引き締まったウェストであることは、黒いベルトの締め具合で分かる。大きなヒップであることは、ワンピース下部の膨らみで分かる。黒のハイヒールに花柄の刺しゅうの入った黒のストッキングを履き、その長い脚を自慢するように太ももを露出させている。アクセサリーは左手の腕時計と右足首のアンクレットだけで、それ以外の貴金属は身に付けていない。

 美人とは、こういう人のことを言うのだろう。眉毛、目、ともに左右対称で整っている。長いまつげが大きな瞳をさらに大きく見せている。その整った美顔にはあまり化粧を塗っていない様子で、薄っすらとピンクのアイシャドウ、真っ赤な口紅にグロスを塗って光を輝かせているくらいだ。同性の夏生から見ても、うっとりしてしまう美しさだ。

 それに対し、もう1人の女性は小柄で童顔だった。真っ直ぐ肩まで垂れたセミロングで、真っ白のセーターにブラウンのロングスカート、白のソックスに運動靴を履いている。縁のない眼鏡をかけていて大人しそうだ。

 対照的な2人の女性は、話しながらこちらに近付いてきた。

「華奈って視力いいよね?」

 眼鏡をかけた童顔の女性は想像通り、声も子供っぽい。

「うん、両目とも1.2だからね」

 サングラスを頭に乗せた女性はやはり声も美声だ。

「いいなぁ。私なんて、メガネかけて1.0だからね。華奈がうらやましいよ」

「でも、メガネをかけてみたい願望はあるけどね」

「やめたほうがいいって、絶対。だいたいね、メガネってけっこう邪魔なんだよ。お風呂入るときは、いちいち取らないと上着が脱げないし、この前なんか朝起きてボーっとしてて、メガネかけてるの忘れて顔洗っちゃったし。夏は暑苦しいし。でも、華奈はメガネ似合うんじゃない? ちょっとかけてみてよ」

 童顔の彼女は自分の眼鏡を外すと、サングラスの女性にかけてやる。

「うわぁ、結構似合うね。すごい知的になったよ」

 2つの眼鏡をかけた女性は腰に手を当てメガネをずり上げると言った。

「ってことは、普段のわたしって知的に見えないってこと?」

「そりゃそうよ。だって華奈のその……」

 そこまで言うと、童顔の彼女は口を手で塞ぎ、サングラスの女性から眼鏡を取り戻してその場から逃げ出そうとした。

「ヤッベ」

「ののちゃん、なに逃げようとしてんの?」

 と、今まさに2人の鬼ごっこが始まろうとしていたが、夏生の存在に気が付いた2人は会話をやめ、軽く会釈をすると、童顔の女性を先頭に部室に入ろうとした。だが、夏生はすかさず下を向いて通り過ぎようとした2人の女性に声をかけた。

「あの、すみません」

「は、はい」

 童顔の彼女はしどろもどろになって、最初夏生の目を見ようとしなかった。

「もしかして、名探偵研究会の方ですか?」

「そ、そうですけど」

「部長さんて、いらっしゃいます?」

 すると、童顔の彼女は後ろのサングラスの女性と目を合わせた。サングラスの女性はすかさず笑顔になって話しかけてきた。

「もしかして入部ですか? どうぞどうぞ。じゃ、中に入りましょう」

 その女性は部室のドアを開けて「どうぞ」という仕草をした。まあ、入部と思われても仕方がないだろう。夏生は両手を振りながら入室を拒否した。

「いいえ、違うんです。その……、入部とかじゃなくて」

「そうなんですか。それじゃ、どんなご用件でしょう?」

 入部ではなかったにもかかわらず、サングラスの彼女は依然笑顔だ。

「その、部長さんに会いたくて」

「部長はわたしですけど」

 この人が部長? 名探偵研究会と言うから、てっきり眼鏡をかけた真面目そうな男が部長なのかと思った。それより、このサークルの部長に頼ろうとしたのはバカな考えだったかもしれない。

「水咲って言います。興味が出たらでいいですから、ぜひ覗いていって下さい。遊びに来るだけでも構わないですよ。いつでも歓迎しますから」

 水咲と名乗る部長は、相変わらずの笑みをこぼして髪をかき上げていた。

 果たして、本当に警察よりも早く事件を解決させたのが彼女なのだろうか。夏生は半信半疑で話を切り出すことにした。

「私、夏生といいます。実は水咲さんに、ちょっと相談事があって来ました」

 夏生の真剣な表情から読み取ったのか、水咲から笑顔が消え、不思議な顔をして首を傾げた。

「知らない人から相談事なんて何だろう?」

 隣りの眼鏡の女性も一緒に首を傾げていた。



 第8話 歪んだ愛情~事件編《前編》【完】

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