バディ 5 100:30
にわかに信じがたい事が起きた場合、人は興奮してパニックを起こすか冷静になり事実を確かめようとするか大体どちらの行動をとる。ジェイクはもちろん後者だ。特殊部隊配属時に嫌というほど訓練させられた。
とはいえ、目の前で人間が形成されるという事象を飲み込むのに五秒も要してしまった。実戦ならアウト、訓練ならペナルティを課される時間だ。ジェイクは長い息を吐くと、エレナを見据える。
なぜ人知れず室内に入れるのか。
なせオリビアの捜索時に突然現れたのか。
その時のエレナの動向について時系列で説明する事を求めた。
「つまりは分子になった状態で俺の車に乗り、現場には壁をすり抜けて階段の物置に隠れていたオリビアを見つけたと」
「そう、分子の状態でも質量は変わらないから超能力者みたいにテレポートは出来ないの。その辺をなかなか分かってもらえなくて」
「無理もねぇ。壁をすり抜ける事が出来るのなら瞬間移動もありだと思うだろ」
「そんな魔法使いみたいなことできないわよ」
小首を傾げて肩をすくめているエレナに、ジェイクは呆れて口をつぐむ。
こいつはありえねぇ事をしでかしてるのに気付かないのか?
ジェイクの目がうろんとしたのを見て、エレナは慌てて手を顔の前でふって説明をしだす。
「オリビアを探しに行く時もちゃんと、車に乗っていたのよ? だいたい助手席かな、ジェイクの隣にいるの。ただ、今度からはPCを車内に持ち込んでくれるとうれしい。遠隔で署内のデータソースを動かすのってしんどくて。隣りでやっていた方が速いわ」
「いや、ない。次はない」
「え?」
小さな口をぽかんと開けてエレナはジェイクをみた。
「こんな得体の知れない奴に背中預けられるか、明日にでもバディは解消だ」
「それこそ無理よ、だってジェイクはサインしてるもの」
「サイン?」
忘れたの? とエレナが呆れたようにくびれのない腰に手を当てた時、ジェイクの尻ポケットとテーブルにあるインカムが同時に震え出した。
ジェイクは携帯、エレナはインカムに同時に手を伸ばす。
『ジェイク、ドクターもそこに居るか? 至急署まで戻ってくれ。緊急召集だ、ホセが消えた』
最後の一言に二人の目線が合う。
「奴を最後に見たのは?」
「パトカーで署から護送されていくのを見たわ。任意動行だし、オリビアは自分がお願いして居させてもらったからホセは悪くないの一点張り。彼女の両親が来た時には今後一切会わないと約束させての釈放だったから、そのまま家まで送って行ったと思うのだけど」
ジェイクはホセと対話した時に感じた首筋の警戒を思い出していた。あの透明感のある瞳に潜む得体の知れない警鐘はこれだったのか?
詳細は追って話す、というラルクに短く返事をして通信を切る。すると気配なく横にきたエレナからインカムを渡された。
「つけて。私、この姿を維持するの、まだ短時間しかできないの。もうしばらくすれば分子に戻ってしまうし、今日はもう実体になれないかもしれない」
「いらねぇ。俺は一人でも動ける」
「ダメ。バディはあなたみたいに飛び出していってしまう人を単独行動させないための規則でしょ? 最低限のルールが守らなければ現場にも行けないわよ?」
ジェイクの物言いにも動じずに淡々と事実を伝える翠の瞳が、かつていっしょに組んだ親友の顔と重なる。
「全然似てねぇのに……物言いはそっくりかよ」
「なにいってるのか意味分からないけれど、とにかくもらって。そろそろ、つらいの」
ぐっと眉間に力が入ったエレナの呼吸が荒い。仕方なく奪うようにインカムを掴んでつけると、エレナはほっとした顔をした。そしてあどけないまぶたがゆるやかに閉じると、その存在が空気に霧散する。信じられないことに目の前の有った少女の姿がなくなった。
「……消えたのか?」
『いいえ、あなたの側にいる』
インカムからの声と共にふわりとジャスミンの香りがした。覚えのある匂いにジェイクは眉をしかめて舌打ちをする。
捜査に向かう車内やホセを捕まえた時に微かに薫っていた。その時々に近くに居たであろうエレナの存在を認めざるを得ない。
「とにかく現場だ。ついてこれなければ置いていく」
身をひるがえして銃ホルダーを肩にかけながら車のキーを掴むと、エレナがPCをお願い、と強く耳元で言ってくる。
「それどころじゃねぇって!」
そう言いながらも寝室に飛び込んでサイドテーブルのノートパソコンをプラグごと引き抜いてくる。階段をかけ下がってアパートメント裏に留めてあったマスタングの助手席にPCを投げると、ひとりでに電源がつき、やがてカタカタとキーが鳴り出した。
「信じられねぇ」
『幽霊じゃないから!』
マスタングのエンジンをかけ、警察署ではなくホセの自宅へ向かうルートを取る。すると釈放時に念のため付けたというマーカーでホセを追跡していたエレナが対象が移動していると告げた。
「ラルクとインカムを共有」
『了解。……繋いだわ』
「ラルク、俺らはこのままホセの追跡へと向かう。情報共有してくれ」
『相変わらずだな、ジェイク。ドクター、彼の抑えとなってもらわないと困るのだが?』
ラルクからすぐに許可が出ないのはエレナを見極めているのかもしれない。が、事は急ぐのだ。
「ラルク、一旦戻るより直で行ったほうがいい、分かるだろ?」
苛立ちを言葉とアクセルに乗せると、エレナの涼やかな声がインカムから流れた。
『情報共有の為に一旦戻るメリットとその時間差から犯人を逃すデメリットをシミュレートすると、圧倒的に後者の方がリスクが高いのです。私たちの行動は最善だと思います』
声だけを聞いていると、とても先ほどの少女が喋っているとは思えない。いや、そもそもあの姿が仮なのか。
ラルクの深いため息を吐きながら了承の旨を伝えてくる。ジェイクは頷きながら、走り慣れたルート23に車を走らせた。




