第4話 勇者の戦い
勇者は足元に転がる国王の首を見下ろしていた。
王族の威光を守るために、現場へ出ていたところを聖女に殺されたのだろう。
王宮を包囲していた王国軍が全滅し、死体の平原となった場所を勇者は歩いていた。
目の前の凄惨な状況に、勇者の心は微動だにしていない。それは彼が勇気あるものでもなければ、邪神討伐の旅で死体だらけの場所に慣れているからでもない。
逃げた街の先で、乱心した聖女を討伐するために王国軍が王宮を包囲するという話を聞いた時、部隊は全滅するだろうと勇者は思った。
それほどに聖女の力は圧倒的だった。
勇者とてなんの根拠もなく勇者と認められたわけではない。
筋肉と肉体強度を高める〈金剛力の魔法〉。
魔法によって剣に様々な効果を付与する〈エレメンタル剣殺法〉。
それら2つによる超人的な戦闘力を持っているからこそ勇者と呼ばれているのだ。
それでも、だ。勇者は仮に聖女と戦っても自分は手も足も出ないと思っていた。
聖女の力。彼女だけが持つ〈切断の魔法〉は次元が違う。あれは切断という現象そのものを発生させ、対象が物理的だろうと概念的だろうと区別なく切断する。
ドラゴンの鱗だろうと、超合金のゴーレムだろうと熱したナイフでバターを切るかのように切り裂く。
殺しても100年ごとに復活する邪神に対しても、魂そのものを切断して二度と復活できぬよう完全抹殺した。
どんな存在であれ、存在している以上は〈切断の魔法〉を完全防御することは不可能だ。
加えて、聖女自身の戦闘力も〈切断の魔法〉ありきではないのだ。異世界の人間ゆえなのか、彼女は魔法など使わなくとも始めから超人的な運動能力を持っていた。
聖女は最強だ。けど、今ならどうか?
聖女が使う〈切断の魔法〉は万能の攻撃だが、高度な使い方をするほど負担が大きくなる。遠く離れた場所にいる大量の敵の首を刎ねてしまえば、魔力が枯渇して気を失っているかもしれない。
とはいえ、寝込みを襲って来た敵を撃退したこともあるので、殺気を感じて目覚めるかもしれないし、もしかすると激しい消耗で殺気に気づかないかもしれない。
確率としては五分。おそらく聖女を殺すチャンスとしてはこれですら最大限にして唯一だろう。聖女の暴走を恐れて逃げ出した勇者が戻ってきたのはそのためだ。
勇者は聖女がいる王宮の最上階を目指す。
だが、意外にも先客がいた。
「王女様? 何故ここに」
国王と王子が殺された今となっては、最も高い王位継承権を持つ人物がいた。
王女の後ろには護衛の男がいた。勇者は彼を知っていた。一流以上の実力を持ち、依頼主を絶対に裏切らないと信頼も厚い傭兵だ。
おそらく、転移のマジックアイテムを使ってここに来たのだろう
「勇者様こそ、なぜ? 聖女を止めず、兄上を見捨てて逃げ出した臆病者が」
王女の刺すような視線に勇者は恥じ入るが、今は自分の尊厳をいちいち気にする状況ではない。
「聖女を殺すために戻りました。今なら機会があるかもしれません」
「それはなりません。彼女の力はまだまだ必要です」
「王族二人と、大勢の兵士が聖女に殺されたのですよ」
「だからこそです。王国は弱りきっています。聖女を説得し、他国への抑止力とする必要があります」
「無理です。聖女はこの国を敵と判断しました」
勇者の言葉に、王女は情けないものを見るような、哀れみのこもった眼差しを向ける。
「勇者様、聖女様も話せばわかっていただけるでしょう」
「話せばわかる? そんな言葉は、他人は自分の言うことを聞いて当然という思い上がりがなければ出てこない」
勇者は腰の剣を抜く。
「あなたに国の舵取りを任せていると、冗談抜きで民が皆殺しにされる!」
それまで黙って隣で控えていた傭兵が動いた。素早く踏み込んで勇者に斬りかかる。
勇者はその攻撃をギリギリのところで防御する。その事実は傭兵が〈金剛力の魔法〉を使った勇者と互角だと証明している。
噂によれば傭兵は心臓と肺に魔力を込めることで、全身を強化する〈活性心肺法〉なる技術を身に着けているという。
〈金剛力の魔法〉以外に体を強化する方法は存在しないのが定説だったので、勇者は〈活性心肺法〉に半信半疑だったが、どうやら事実のようだ。
「そのまま勇者様を抑えていてください。私は聖女様の説得に向かいます」
「かしこまりました」
王女が階段を駆け上がって最上階へ向かう。
勇者はすぐに追いかけたかったが、今は目の前の傭兵を倒さなければならない。
相手の剣を弾きあげ、即座に回し蹴りを繰り出すが、傭兵は真後ろに跳んで避けた。
勇者は〈エレメンタル剣殺法〉で剣に雷の力を付与しつつ再度攻撃を試みる。
敵が持つ剣も鎧も金属製だ。防御しても感電してダメージを追う。
だが傭兵は〈土の魔法〉で床の石材を分解し、即席の石の盾を作って防御する。
勇者は剣が盾にぶつかった瞬間に、付与する力を炎に切り替える。
超高熱の刃が石の盾を溶断し、そのまま傭兵の体を切り裂く。
じゅうじゅうと人肉が焼ける匂いを漂わせながら、傭兵はどっと後ろに倒れた。
「馬鹿な。一目散に逃げた腰抜けに負けるとは」
「お前は知らないからそう言えるんだ。あいつと四六時中いっしょにいて、それでも勇気を保てるやつは生まれながらの狂人だ」