第3話 いざというときの根性
突然、弓兵の首が刎ねられた。
魔法をいつでも発動可能状態にし、必中の機会をうかがっていた魔法使いは思わず声を上げる。
「え!?」
聖女は未だ遮蔽物の陰にいて、明らかに手刀が届く距離ではない!
聖女が魔法使いのほうを向く。今の声で居場所がばれてしまった。
魔法使いは準備状態だった〈炎の魔法:剣の型〉を発射する。
巨大な剣の形をした炎が聖女に向かって猛進するが、しかし聖女は手刀であっさりそれを切り払った。
(魔法を切った!?)
魔法使いは直感的にその場で伏せ、聖女の視界から身を隠した。
直後、後ろの壁に亀裂が走る。あと一瞬遅れていたら首を切断されていただろう。
ここで魔法使いは、聖女が邪神を討伐するために召喚された存在だと改めて思い知る。
そもそも、だ。なんでも切断できる手刀程度で邪悪な神性存在をどうやって倒すというのだ。それを現実に倒したというのなら、聖女の力はもっと次元の高い能力、そう”切断”という現象そのものを……
不意に訪れた浮遊感が魔法使いの思考を打ち切る。彼女のいるバルコニーが切り落とされたのだ。
「ごきげんよう」
聖女がニコリと狂気的な笑みを浮かべる。
「待って! 陛下のいる場所に案内するから見逃して!」
これは時間稼ぎだ。魔法使いは聖女の力の情報を少しでも集めるため、味方につく振りをしようとした。
「いけません。いけませんよ魔法使い様。裏切り者になれば、処罰されるのはあなただけでなく、ご家族にも類が及んでしまいます。その人達を守るためにも、あなたはここで名誉の戦死を遂げる必要があるのです。大丈夫、王様は自分でなんとかしますから」
聖女は本気だと魔法使いのは悟った。優しさと残酷さが、異常なほどに両立している。
苦難に陥った者に手を差し伸べる救世主のごとく、聖女は魔法使いの首をはねた。
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近衛隊長、弓兵、魔法使いは王国にその名を轟かす達人であり、彼らの惨敗は兵士たちの士気を完膚なきまでに粉砕しした。
生き残った兵士たちは王宮からの撤退を決め、戦えぬ者たちの避難を優先した。
一方で、聖女は逃げる者を追いかけなかった。彼女は狂人だが、愚か者ではない。
そもそも追いかける必要など無いのだ。聖女が王宮に居座り続ければ、王国はそれを奪還しようと兵士を送り続ける。そこを来た順に殺していけば良い。実に合理的な判断だった。
敵を待つ間、聖女は自分が殺した者たちの体と首を並べ、敷地内にある花畑から持ってきた花を一輪ずつ供える。
聖女にとって死者は敵ではない。なぜなら自分を攻撃したり悪意を向けないからだ。
敵でないのなら、最大限の礼儀を持って弔うのが自分の務めであると聖女は考えていた。
弔いを終えたあと、聖女は体を十分に休めて次の戦いに備えた。
3日後、王宮の周囲に広がる草原に大軍が現れた。
数はおよそ1万から3万といったところ。おそらく国境の防衛や街の治安維持などの必要数を除き、即座に動員できる全てを集結させたのだろう。
聖女はその様子を王宮の最上階から双眼鏡で見ていた。
東西南北すべての方向に軍がいる。ネズミ一匹逃げ出せない完全包囲だ。上空から見下ろせば、王宮は鉄の輪に閉じ込められているよう見えただろう。
この状況は聖女にとって誤算だった。
王子を殺したとは言えしょせんは女ひとり。敵は少数精鋭を送り込んでくるだろうと予想しており、まさか大軍で王宮を包囲されるとは思わなかった。
敵軍で何かが光った。魔法による攻撃だ。
巨大な火の玉が王宮に直撃し、激しい振動で聖女はわずかによろめいた。
非常にまずい状況だった。
このままでは弔った遺体が戦いに巻き込まれて無残に損壊してしまう。聖女は死者の尊厳を守りたかった。
軍が王宮になだれ込む前に皆殺しする方法は一つしか無い。これは一種の賭けだ。これからやろうとすることは邪神との戦いですら試したことがない。
だが死者の尊厳を守るためにはやらねばならない。
聖女は右手を掲げる。するとまばゆいばかりの光が生じ、王宮の最上階はさながら灯台めいて輝いた。
息を乱さないよう、大きくゆっくり呼吸する。常に笑みを浮かべていた聖女の顔は強張り、額からふつふつと汗が吹き出ていた。
そして十分な力の高まりを感じた時、聖女は遠くで待ち構える軍隊に向かって手刀を振るった。
聖女が立つ場所を起点にし、不可視の力が扇状に広がり、王国軍の一角を通り抜ける。
花が咲くように王国軍の一部に赤色が広がった。兵士たちの首が刎ねられて血が吹き上がったのだ。
聖女が膝をつく。たった一度の攻撃で、何時間も戦い続けたかのように消耗していた。
「頑張りなさい! ここが踏ん張りどころですよ!」
自らを叱咤しながら聖女は歯を食いしばって立ち上がる。
それから聖女は三度手刀を振るった。全方位へ発露されたその力は、王宮を包囲している兵士たちの首をことごとく刎ね飛ばした。
全滅。全滅である。たった4度の攻撃によって、数万の兵士が皆殺しにされた。
無論、それほどの力を振るったのだ、聖女にかかる負担は絶大だった。もともとは王国を救うための存在である彼女は、それに値する膨大な魔力を有していた。それを完全に使い果たしてしまった。
一瞬で精根尽き果てた聖女はその場で崩れ落ちるように意識を失う。